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太史慈転生伝~最上義光を放っておけないので家臣になって手助けしちゃいました~  作者: 黒武者 因幡
第1章 最上家の武将 鮭延秀綱編

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成実との諍い 現れた内応者

伊達家と秀綱たちの関係は修復不可能と伊達軍の中では噂が広まっています。

その隙間を狙って、蘆名の調略の手が、秀綱に伸びてきました。

 秀綱は、予感していた。

――近く、何かが起こるのだろう――

 その時に備えて、片倉小十郎が持ってきてくれた会津周辺の地図を眺めていた。猪苗代湖の存在が、秀綱には引っかかっていた。


『水の近くでは、風が強く吹くから気を配っておけよ』

 太史慈の声が聞こえた。

――赤壁でもそうであったろうからな――

 秀綱の念話を太史慈も肯定した。


――会津に入ったら、湖水に暮らす民に聞くべきだな――

 秀綱は、嘉蔵を呼び寄せようと思った。


◇◇◇


「鮭延典膳が家臣、鳥海勘兵衛でござる。主人 秀綱より片倉様への物資の融通を頼む書を持参いたしました」

 勘兵衛は、片倉小十郎景綱の屋敷を訪れ、門番に面会を申し入れた。しばし待たされて、勘兵衛は中に通された。


 勘兵衛は書院に通された。間を置かず伊達の軍師 片倉景綱が現れ、勘兵衛から書を受け取った。

「なるほど、委細承知いたした」

 景綱は、満足げに頷いた。

「主 秀綱は、小十郎殿に『かかったぞ』と伝えよと仰せでございました」

 景綱は微笑を湛えて、勘兵衛に応えた。


成実しげざね、入るがよい」

 景綱の言葉を待っていたように、脇の襖が開いて、屈強な若武者が現れた。


――この方が、伊達家の武の象徴 伊達成実か――

 

 戦わなくてもわかるほどの威圧感が体から放たれていた。成実は、景綱から渡された書を見て、軽く2度頷いた。

――凄い!俺もこんな風な武者になりたい――

 勘兵衛は、成実に憧れの目を向けた。


「勘兵衛殿、だったな。これより鮭延殿の一軍は、我が指揮下に入るであろう。ただ、遺恨含みであるゆえ、我ら粗略に扱うぞ」

「承知仕りました。では、我らもことごとく刃向かうことと致します」

 景綱と成実は、視線を合わせて含み笑いをした。


「では、陣中でひと騒動を起こすか。敵味方に噂を広められるようにのう」

 成実は、茶目っ気を含んだ言い方をした。

「では、それがし、成実様と相撲を一番、とりとうございます」

「こやつ!」

 成実は、哄笑した。


「勘兵衛殿は、おそらく腹心なのだろう。では、秀綱殿にこう伝えてくれ。猪苗代盛国(いなわしろもりくに)が、内応すると」

 勘兵衛は、まだその意味をとらえられていなかった。


「秀綱殿に伝えよ。きっと慌ただしくなろう。ただ、これは極秘事項ゆえ、慎重にな」

 景綱は念押しをした。

「その前に、相馬領を攻める。これは、相馬を封じるための戦だ。あまり派手派手しい戦はしねえ。けれど、うちらでひと悶着を起こすには十分な舞台だ。いや、土俵だな」

 成実は、ニヤリとした。

「では、その日を楽しみにしておりまする」

 勘兵衛は、早々に片倉邸を後にした。


◇◇◇

 次の日、軍議が開かれた。遺恨が生じた秀綱の処遇について、成実の許において監視すべしという意見が、赤田、宮園の二名から提案された。

「もっともじゃ。奴らが騒ぎを起こしたら、抑え込めるのは成実しかおるまい」 

 政宗の一言で、秀綱たちは片倉景綱の指揮下から、伊達成実の指揮下に配置換えとなった。


 軍議が終わったら、赤田と宮園は、秀綱の抜けた補充ということで、片倉景綱の指揮下に編入された。


◇◇◇

 4月に入って、伊達政宗は米沢を進発し、蘆名領内に侵攻した。4月24日 片平親綱が内通し、政宗は片平城を難なく接収した。

 5月、蘆名領内の安子島城と高玉城を攻め落とすと、突如、政宗は相馬家の領内に攻め込んだのである。


――そろそろ一騒動起こすとするか――

 秀綱は、成実の陣内に顔を出した。


「ここで急に相馬家に攻め入るとは何事か。政宗殿は臆したか」

 秀綱は激しく政宗を詰った。

「いや、これは相馬をけん制するための戦。背後を突かれたら何かと面倒でございますゆえ」

 成実は、最上家の援軍の将である秀綱を一応敬う姿勢を見せている。秀綱は、そこに乗っかった。

「最上は斯様な温い戦はせん。このままでは蘆名に準備の時間を与えてしまうではないか」

 秀綱の言葉に成実は反応した。

「そのような考えであるから、庄内を失ったのではないですか」

 成実は、鼻で笑った。

「何、もう一度言ってみろ」

「何度でも申しましょう。向こう見ずな戦を行うから、最上家は庄内を失ったに相違ございますまいか」

 秀綱と成実は、一刀の間合いで睨みあった。

「もとより我らは、伊達の指揮を受ける身ではない。相馬に向かってやるが、都度都度勝手に戦わせてもらう」

 秀綱は、捨てセリフを吐いて踵を返した。

「問題となる行動を取ったら、お主らを罪に問いますぞ」

 成実もドスの効いた声を秀綱の背中にたたきつけた。



 翌日、伊達陣内では成実と秀綱が衝突したという話で持ちきりだった。

 最上家が軍を引き上げるのではないか

 秀綱の許に蘆名家から調略の手が伸びるのではないか

 秀綱殿は、伊達家への報復を決意しているようだ

 などの噂が各所でささやかれていた。


 5月19日 伊達軍は相馬領において、駒ケ嶺城を落とした。この戦で、秀綱は成実の突撃の指示に従わず、傍観を決め込んだ。咎めた成実に対して、

「我らは蘆名と戦うために援軍に参った者。相馬などと戦うために、貴重な最上の兵を無駄に費やすことはできぬ」

 と言い放った。

 怒った成実は、秀綱につかみかかったところ、秀綱配下の鳥海勘兵衛が成実と組み合う形となって、投げ飛ばされた。それでも、成実に足元に縋って、成実を倒れさせた。

 

 この後、伊達家中では、成実と秀綱の関係修復は不可能だと噂された。


 この話が政宗の許に挙げられた。

「最上風情の兵に何ができようか。捨て置け」

 と一蹴して、相手にしなかった。


 秀綱たちは、伊達軍の中で孤立した。


 5月20日 伊達軍は蓑首城を落城させ、相馬家の勢力を大きく減退させ、大森城に戻った。


 孤立して、腫物扱いされている秀綱たちのところに、秀綱を成実の配下にすべしと進言した宮園阿波みやぞのあわ赤田日向あかだひゅうがの2名が、詫びに来た。

 二人は、自身の進言で秀綱が肩身の狭い思いをさせてしまったことを詫びた。


「いや、お二人の所為ではございますまい。気に病みまするな」

 秀綱は鷹揚に応えた。


「されど、あのような無鉄砲で無礼な若造が、果たしてここまでの勢力を有してもよいか疑問でござますな。今後、我ら最上にとっても害しかないのではないかと危惧しておる……おっと」

 秀綱は口を噤んだ。そして、二人ににらみを利かせた。

「これは口が滑ったゆえ、ゆめゆめ口外致されるな」

 秀綱は、威圧をかけた。

「よいではございませぬか。もはや伊達は我らの味方にあらず。むしろこの機会に駆逐すべきでありましょう」

 脇にいた勘兵衛は、声を荒げた。

「お主のような若造が何を抜かすか。下がれ!」

 秀綱は勘兵衛を叱責した。勘兵衛は不承不承下がった。


「見苦しいところをお見せした。だが、これはそもそも政宗が俺を辱めたことから始まっているのだ。俺は、どうしたらいいのかわからん」

 赤田と宮園は顔を見合わせていた。頷き合って、宮園が切り出した。


「鮭延殿、龍慶殿も仰っていたでしょう。伊達を駆逐すれば、蘆名家と佐竹家が最上家を悪いようにはせぬと」


「では、お主らはやはり」

 秀綱は二人を見つめた。

「蘆名義広の手の者でござる」

 赤田が認めた。


「ここまで調略の手が伸びていようとはな。驚いた。よし、俺も腹をくくった。蘆名に味方を致そう」

 赤田と宮園は、満足げに頷いた。

 秀綱もまた、満足げに頷いたのである。

次回は、摺上原の戦いに向けて大きく動き出します。

そこで、秀綱はどう行動するのか


お楽しみに!

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