政宗と秀綱の遺恨
秀綱は政宗と対面します。
しかし、この席で、秀綱は政宗に辱められます。
不満が、秀綱たちに高まっていきます。
秀綱は、一人で米沢城の伊達政宗を訪問した。
政宗は、片倉小十郎景綱を脇において、秀綱と会見した。
「此度、伊達家への援軍を仰せつかった鮭延典膳秀綱にございます」
秀綱は恭しく挨拶をした。
「家康殿から話は聞いておる。叔父上とは今後、仲良うしたいゆえ、貴殿らの援軍を受け入れたわけじゃが、活躍は期待しておらぬ、ゆるりと蘆名攻めの見物などして過ごされよ」
政宗の言葉に、脇の景綱が顔を曇らせた。
「これは異なことを承る。某、主君義光の命で、伊達殿を助けに参った者。斯様な想いで、わざわざ米沢まで参ったわけではござらぬ。願わくば、先鋒の一陣に加えていただきたい」
秀綱は、政宗を詰めた。しかし、政宗はどこか退屈そうであった。
「これは、我が伊達の戦。最上の兵を当てにしておらぬし、領土を最上家に譲るつもりも余地もない。褒美も恩賞もやれぬゆえ、戦うなと申しただけのことよ」
「此度の援軍は、友誼のために参ったもの。もとより、恩賞など欲してのものではござらぬ」
政宗の態度に秀綱は少し喧嘩腰になった。景綱の顔が、愁いを帯びてきた。
「それはたいそう気前の良いことよ。されば、叔父上のお言葉に甘えると致そう。前線に入って、奮闘をされるがよい。軍役については、おって小十郎から指図させよう」
期待などしていない、という政宗の態度が明らかであった。
「さ、それよりも典膳の官職を名乗っておるからには、料理にうるさいのであろうな」
典膳という官位は、宮中では天皇の食事を司る内膳司の次官の職である。もちろん武家官位なので、実態は伴わない。だが、政宗はそれを揶揄しているのであろう。秀綱に対するからかいであった。
「さて、その内膳殿に、遠路の感謝を込めて馳走を用意いたした。まずは、召し上がられよ」
パンパンと手を叩いて、政宗は近習を呼んだ。近習に耳打ちして、政宗は秀綱に膳を運ばせた。膳には、前菜と吸い物が用意された。ついで、政宗と景綱にも同じものが出された。
「我ら伊達家は、食事を大事に至す。冷えた料理を出すなど、相手へのもてなしにはならぬ。それゆえ、出来立てを用意いたした。順々にお出しする。さ、まずは吸い物など召し上がってくだされ」
政宗は、秀綱に手を付けるよう勧めた。客人が、手を付けなければ食事は進まない。
「では、早速いただきまする」
秀綱は、吸い物を口にした。
「グッ…………」
秀綱は小さく呻いた。吸い物が煮えたぎったような熱さだったのだ。そんなものを出されるとは思っていなかった。だが、これは確かめなかった方の落ち度である。秀綱は、口内を火傷したが、文句は言えなかった。
政宗と景綱は、冷ましながら吸い物を口にした。その後、焼き物が運ばれてきた。しかし、口内を火傷した秀綱には食べるのが苦痛である。
「政宗殿、折角ではございますが、某行軍の疲れ故、食欲があまりございませぬ。これにて、失礼いたします」
秀綱は、怒り心頭に発していた。しかし、荒立ててはならぬと考え、穏便に政宗の前を去ろうとした。
「左様か。それはいかぬ。貴殿は貴重な戦力故、大事になっては私も困る。養生いたせ。のちに、小十郎を見舞いに遣わそう。下がられよ」
「ははっ」
秀綱は、政宗との面会の場を退出した。その背後から政宗の爆笑が聞こえてきた。景綱が諫めているようであった。秀綱は、静かに、怒りを滲ませて米沢城の廊下を歩いていた。
「鮭延様、ご案内いたします」
先ほど、膳を運んできた近習が歩み寄ってきた。秀綱は、無言で不機嫌に頷いた。
「主人の政宗の悪戯の度が過ぎたようで。誠に申し訳ございませぬ」
近習は深々と詫びた。
「お主に申しても詮無き事。されど、折角の遠路を駆けてきた武者にあのような仕打ちはなかろう」
秀綱は、鬱憤を近習にぶつけた。その語気は、徐々に荒くなった。近習は、詫びながら聞くだけであった。ひとしきり、ぶちまけたあと、秀綱は近習に詫びた。近習は、畏まっていた。
「誰があんな奴のために、戦うか。最上家との友誼をここまで軽んずるとは、許せぬ。目にものみせてくれるわ、若造が」
秀綱は去り際に、近習に向けて捨て台詞を吐いた。
最上の名将 鮭延秀綱と伊達政宗との間に遺恨が生じた、という噂が、翌日に米沢領内に広まっていた。秀綱からことの次第を聞いた、最上軍将兵も、政宗への不信感を露わにしていた。
翌日、とりなしのため重臣の片倉景綱が、秀綱のいる寺を訪れた。その折に、景綱軍の寄騎として働いてもらいたいということも伝えた。
「委細承知した」
秀綱は応じたが、その後、景綱は秀綱の家臣らからの詰問に対応せざるを得なかった。特に、若武者の鳥海勘兵衛、秀綱を慕う白石綱元は、言葉を荒げて景綱に政宗の批判をした。景綱は、詫びるだけであった。
この様子は、寺の外にも聞こえるほどのものであった。
米沢では、粛々と蘆名攻めの準備が進んでいる。秀綱たちのもとにも、必要な物資が届けれらた。しかし、対応は勘兵衛が行った。秀綱は、疲労のため休養すると称して、伊達家の使いとは一切顔を合せなかった。
騒動の数日後であった。秀綱の宿舎になっている寺に、同門の真言宗智山派の僧が修行の旅の途中に一宿を求めて訪れた。寺は、戦準備中だからと断ろうとした。
「斯様な折に、泊まれる場所などなかろう。それでは、あまりに僧に非礼。無作法な武者と同宿でよければ、泊まられよ」
秀綱のとりなしで、寺の一隅で休めるようにした。
「感謝申し上げます。拙僧は、龍慶と申します。野宿も覚悟しましたが、これで安心して休めまする」
そういって、深々と礼をした。
「せめてもの御礼に、皆さまの戦勝を祈願いたしとうございます」
龍慶は、少し休んでから本堂を借りて護摩を焚き始めた。
我らのために拝んでくれるならと、秀綱は、佐藤式部と鳥海勘兵衛、白石綱元らを従えて、龍慶の後ろに座って、手を合わせた。
護摩の炎は高く上がった。本堂の不動明王像も、暗い本堂の中、炎で赤黒く浮かんでいた。
次回、蘆名義広から秀綱に調略の手が伸びます。
秀綱は、政宗に怒り心頭ですが、応じるか否か。
また、伊達家中では、最上家は蘆名家に内応するのではという噂も出始めます。
伊達家と最上家の間に不穏な空気が広がる中、蘆名との決戦に伊達政宗は繰り出していきます。




