太史慈の声が聞こえる
家康から、対伊達家の政策を融和に転換するように要請があります
その会談の最中、ついに秀綱は転生体の太史慈の声が聞こえるようになります。
そして、最上家は伊達家への援軍として、秀綱を派遣することを決定します。
秀綱の周囲の状況が大きく変わることになります。
秀綱は、徳川家からの使者に相対していた。義光の許に来た使者は、服部半蔵正成と名乗った。
「徳川家の忍びを束ねる服部家の頭領が来たのだ。お主も顔を出せ」
義光からの声掛けで、秀綱も面会の場に立ち合うことになった。光安も同様だったようだ。秀綱の右隣の席についた。久しいな、と小声で話しかけてきた。
正成は、最上家の重臣たちが並ぶ中、挨拶の口上を簡潔に述べ、本題に入った。
「我が主君 家康が申すには、伊達政宗と協力関係を結ぶべし、とのことでございます」
義光は、右眉をピクリと動かした。
最上家と伊達家は、縁戚ではあるが、友好的とは言えない。かつては、伊達政宗の領土拡大路線で圧迫された大崎家の支援のため、政宗と戦ったことすらある。そのため、義光は政宗に対して警戒感を抱いていた。
「複雑な胸中は知っておりますが、これは主君 家康たっての願いでございます」
正成は続けた。
「天下の趨勢は、関白殿下の手によって統一されるがほぼ確実でござる。そして、天下には惣無事が敷かれ、戦の時代は終わりを迎えましょう」
「その惣無事とやらも、関白殿下のご機嫌次第のようだがな」
義光はにこりともせずに言った。正成を迎えた座も、冷え切っている。
「庄内の件、我らも承知してござる。これは、まったくもって不本意な結果になり申した。家康も抗議いたしましたが、関白殿下は大宝寺に戻すべしとの裁定を覆せず、無念でございました」
正成は申し訳なさそうに頭を垂れた。
「いやいや、家康殿のご尽力には、この義光、心より感謝申し上げておる。そこは、間違えないでいただきたい」
義光は、鷹揚に正成に家康への謝意を伝えた。その分、秀吉への不信感を露わにしている。
「ただし、その庄内の地になにやら手を加えて、上杉に渡した者がおるようで。我ら、内心では快哉を叫んでおりました」
正成は、秀綱に視線を向けた。秀綱は、素知らぬ風を装った。ややあって、正成は再び義光に言葉をかけた。
「これは内密に話すのでございますが、関白殿下は近く関東の北条家の討伐にかかる所存。その後は、奥羽にかかるは必定にございます」
義光は頷いた。既に、最上家は家康を通じて、秀吉に臣従する旨を伝えている。また、その答礼に秀綱が秀吉に面会している。しかし、甥の伊達政宗は、まだ秀吉に外交を行っていない。
――北条の後は、伊達だというわけだな――
秀綱は、納得した。いざとなったら、伊達政宗との決戦に最上は臨むだろう。だが、義光の妹・義姫への感情を考えたら、義光は伊達家とは戦いたくはないだろう。
「奥羽への惣無事は、いまだに完全ではございませぬ」
正成は、切り出した。
「そのため、伊達家が絡む戦は、関白殿下の威光をもっても制しできないものもございましょう。それを、我らは不安に思っておりまする」
『ははは、狸よのう』
秀綱の頭の中に、別の者の声が響いた。秀綱は驚いた表情を浮かべた。それを見た周囲の重臣や義光は怪訝な顔をしている。
「おう、秀綱も気付いたようだな。左様、惣無事はいまだに徹底されていない。だが、強力なお触れでもある。それを政宗殿は、未だに理解しておらず、いよいよ会津の蘆名義広との決戦を覚悟したようだ。お主も嘉蔵から聞いていよう」
光安は、含みのある目配せをしてきた。
――とりあえず肯定しろ、ということだな――
秀綱は理解した。
「左様、会津の蘆名攻めの噂は聞いており申した」
秀綱の言葉を聞いて、正成は頷いた。
「では、話が早い。蘆名義広は、常陸の佐竹家から養子にはいった者。それゆえ、佐竹家の一門の大名と見做されましょう。佐竹家と蘆名家合わせて、領土はおそらく150万石にはなるかと。しかも、佐竹家は、関白殿下への臣従をすませ、信頼厚い家でござる。このままでは、奥羽の束ねは、上杉家と佐竹家が行うことになりましょうな」
正成の言葉には含みがある。
『ええい、回りくどいのう。さっさと言ってしまえ、秀綱。とは、いかぬわな。含みを持たせたままで、会話せねばならんのは、いつの時代も、国も変わらぬらしい。わっははは』
懐かしいけれど、初めて聞いた声であった。
――どうやら、俺も気がふれてしまったのやも知れぬな――
落ち着かない秀綱に光安が、今は取り繕うように小声で伝えた。
そして、光安は素知らぬ風で、義光に言上した。
「殿、そんな蘆名家に大事があったら大変ですな。伊達殿を制しないといけません」
光安はニヤリと笑った。義光も、意図を理解したようだ。
「確かにのう。政宗と蘆名家の間を取り持つことが大事じゃな。惣無事を敷くためには、のう。されど、あの政宗を制御能うか」
「難しゅうございましょうな」
『がははは 三文芝居のようなやりとりじゃな、秀綱よ。お主も、儂の声がいよいよ聞こえておるのだろう。察しの通り、儂は太史慈だ。お主の体に入って、しばらく過ごしていたが、そろそろ儂の声を聞かせてもよかろうと思ってな。先日、強力な相手とも出会ったことだしな。おっと、儂との会話は、儂が手を貸したいと思った時だけ聞こえるようになっている。言葉は、頭で思い浮かべよ。それで、儂にはわかる』
太史慈の転生だと理解していたが、魂までの体に共存していると秀綱は思っていなかった。しかも、このような席で唐突に知らされるとは。
――だが、実際に聞こえてしまうのだ 仕方がない。では、聞く。こんな席で、俺に話しかけるようになったのは、なぜなのだ――
秀綱の念話は、太史慈に伝わったようだった。
『何、お主が政宗と友誼を結んだ方がよいと思うたからよ』
――なぜ――
『その方が面白いだろうからな。わっはははは』
――そんな理由でか――
秀綱は、太史慈に抗議した。
『何、冗談よ。だが、考えてもみよ。秀吉は、いわゆる魏の曹操のようなものだ。それに対抗するには、気に食わなくても劉備と結んだ呉のように,味方を育てねばならぬ。状況は異なるがな、伊達が滅んだら次は最上だ。だが、二家が結んだら、簡単には手が出せんだろう』
――まあ、確かにそうだが――
「秀綱よ、いかがした。気分が優れぬか」
念話で眉間に皺でもよっていたのだろう。義光が心配そうに聞いてきた。
「お主には、上杉との交渉など無理をさせてきたからな。下がって休んでもよいぞ」
「いえ、大事ございませぬ。それよりも、惣無事に従えなくても、今のうちは仕方がないのではございますまいか。奥羽へは徹底されておらなんだこと、上杉家は証明しておりますゆえ」
秀綱の言葉に皆が頷いた。
「もし、何かあっても家康から関白殿下にとりなしましょう。既に、最上義光殿を通じて伊達政宗への制御を願っている旨、関白殿下に伝えておりまする。跳ねっかえりを制御するは難しかろうが、頼むとの言葉をいただいてござる」
正成は、この奥羽の伊達への働きかけは、家康の管理下におかれていると示した。最上家に危険は少ないと言えるだろう。
「ならば、誰かを政宗の許に派遣して、戦を制しなければなりますまい」
光安の言葉で衆議は決まった。派遣されるのは、秀吉からも、上杉からも一目おかれている秀綱に決まった。秀綱でもダメでした、と秀吉に言い訳できるように、との人選であった。
『これで面白くなろう。秀綱、蘆名家を滅ぼしてしまおう』
太史慈の声が頭で木霊した。
上杉と蘆名・佐竹に圧迫されたままでは、最上家も苦衷に陥る可能性が高い。蘆名家を伊達家の名目で追い出すことができれば、最上家にとっても有利になる。
――それに、悔しいが、楽しみで仕方がない――
大敵相手の戦は、しばらく経験していない。伊達家の戦術も、どのようなものか知れれば、今後の参考になるだろう。
急に聞こえてきた太史慈の声
今後築かれるであろう伊達家との縁
今まで以上の大軍が戦う大戦の予感
周囲の状況が大きく変わっていく予兆を、秀綱は感じていた。
伊達家への援軍に、頼みの爺 鳥海兵衛は、年齢を理由に引退を決意します。
代わって、鳥海家の家督を勘兵衛が継ぎますが、これがなかなかの猪武者でした。
次回は、伊達家への援軍に秀綱が、不安なまま向かうことになります。




