攻防 有屋峠
有屋峠の合戦、始まります。
奥羽永慶軍記などでは、小野寺軍6000 最上軍10000と記載されているんですが、当時の石高ではそこまでの軍勢の動員には疑問符が付きます。
そのため、軍勢を双方で半分にしています。
ですから、小野寺軍3000 最上軍5000 として書いてます。
ご了承ください。
秀綱は、光安とともに金山城主・金山与左衛門と軍議をしていた。金山与左衛門は、秀綱傘下の武将として、鮭延城の支城・金山城を守っていた。八柏道為の進軍の動きを掴んだのも、与左衛門であった。三人は地図を広げていた。
「この戦は、有屋峠をどちらが抑えるかで決まりますな」
光安の言に、秀綱と与左衛門は頷く。
「ただ、我らに峠を抑えつつ、城を守るまでの兵力はない」
秀綱は、腕を組み、峠の方向を睨んだ。
「援軍が来るまで城で持ちこたえるしかありますまい」
与左衛門は、実直な男だ。堅実な考えをする。そうした点では、誰も反対はされない意見を述べた。
「だが、」
秀綱は、与左衛門の意見を退けた。
「相手は、あの八柏の爺様だ。もし、峠を占領されたら、簡単に奪還できない。まずは、機先を制したい」
「八柏道為の戦を秀綱は知っているのか」
光安は問うた。
「ああ、八柏の爺様は、後ろで控えている軍師なんかじゃねえ。自らが最前線に出てきて、真っ先に斬りこんでいく軍師だ。部下は、八柏の爺様を死なせんとばかりに一丸となって攻めてくる。戦闘意欲も忠誠心も高い厄介な相手だ」
秀綱は腕組みしたまま、眉間に皺寄せて言った。
「何だか、うちの殿と話が合いそうだな」
光安が笑った。秀綱と与左衛門は、光安を窘めた。
「いや、冗談ではなく、説得できないものかな?小野寺は落ち目だ。味方にできないかな」
「それは無理だ」
秀綱は、光安の考えを即座に否定した。
「八柏の爺様は、先代の小野寺輝道と一緒に今の小野寺家の礎を築いたという自負がある。決して、小野寺を見捨てないだろう」
「ふーん、小野寺家の他の将兵とは違うみたいだね」
「ああ、八柏の爺様の言動は、厳しくてな。義道はじめ他の将兵も辟易している。だけど、私利私欲なく小野寺のために奮闘する八柏の爺様の言動に、誰も反対できないのさ」
「なるほど、家中では煙たがれているようだな」
今度は光安が虚空を睨んで、思案をし始めている。
「ともかく、援軍が来るまで峠を取らせないように守り切るしかない」
秀綱は、軍議を打ち切るように強く言った。
――さしもの鳳雛にも、今は打つ手はないようだな――
「では、俺が軍勢を率いて」
「待ってください。峠を抑えにかかる先手は、与左衛門殿のお願いしたい」
光安は、待ったをかけた。
「俺が信頼できないのか」
「違います、秀綱だったら、峠を越えて戦いを挑んでしまいそうだからです。ここは、実直に戦う与左衛門殿に、先鋒として峠を抑えておいてほしいのです」
光安は、微笑みながら秀綱を制した。
楯岡満茂の援軍が来るまでは、3日はかかるだろう。少数の兵で、峠の細道を駆使して守り切ることが重要だと秀綱は考えていた。
◇◇◇
八柏道為は、有屋峠街道をひたすらに南下した。小野寺の兵は2000 道為直属の兵は1000であった。道為は、直属兵を率いて、自らが先を急いだ。黒沢甚兵衛は、急ぐ必要はないと鷹揚に構えていたので、同行を諦めて、道為は手勢のみで有屋峠を抑えるべく、疾駆していたのである。
この戦いの帰趨は、峠にある。ここを抑えられたら、我らに打つ手はなくなってしまうのに。
――孺子、ともに謀るに足らず――
道為は、唇を噛んだ。秀綱ならば、きっと我が意を汲んで、ともに走ってくれるであろうに。道為は、緩んでいる小野寺家の内部に歯噛みした。
――だからこそ、危険なのだ。既に我らが動くの報は届いているはず。ならば、峠に既に軍を差し向けていよう――
道為が、有屋峠を伺う小高い岡まで来た。有屋峠のてっぺんには、いくつもの旗が翻っていた。
――やはり、だったか。だが、それも、計算のうちよ――
道為は、疾駆した軍勢を一旦、開けた場所で止まらせた。1000の手勢を、じっくりと見まわした。
「よいか、この度の戦い、ただの一戦に非ず。この先の鮭延城を守る鮭延秀綱は、将来間違いなく、小野寺の禍根となる。今、討ち取らねば機会を失おう。この戦いで狙うもの、それは鮭延秀綱の首、ただ一つ!それ以外の首は討ち捨てよ。よいか」
「応!」
1000人の声は、周囲の山塊に木霊し、木々を震わせた。
「皆の者、よいか!死は決して穢れにあらず!勇士は死を恐れるな!我もこの一戦に死生をかける覚悟!
者ども、続け!!」
道為は、軍勢に背を向けて、有屋峠に馬を駆けさせた。従う騎馬武者は、道為の周りを固めた。手には火縄銃を掴んでいる。道為の軍勢は、そのまま一丸となって、有屋峠の頂上に陣取る金山与左衛門の手勢に攻めかかった。
◇◇◇
「本当に攻めかかってきた」
策もない突撃であるように、金山与左衛門には見えた。山上に陣取る側は有利であるというのは、兵法の常識であった。しかし、そんなこと構わずに、八柏道為の軍は攻め上ってきた。
――いや、小野寺の軍師の軍だ。無策ではあるまい――
そう思ったが、今は攻め上ってくる敵軍へ対処せねばならない。山上の有利を活かすべしと考えた与左衛門は、弓隊を前面に立てて、向かい撃たせた。
「放てええ!」
与左衛門の命令で弓隊が一斉に矢を射た。空を割く音を響かせて、矢が飛んでいった。だが、馬上で姿勢低く鉄砲を構える騎馬武者たちに効果はなかった。
「騎馬鉄砲隊、一陣より次々放てい!!!」
地獄の底から聞こえてくるかのような道為の声が響いた。
ズドン!ズドン!という銃声が木霊した。
与左衛門の弓隊の前衛が、悲鳴を上げて倒れた。最初に鉄砲を撃った騎馬武者たちは、鉄砲を捨てて抜刀。与左衛門の陣に斬りこんできた。与左衛門の陣に混乱が生じた。
ズドン!ズドン!と再びの銃撃音が響く。第二陣の騎馬武者が、突っ込んでくる。この波状攻撃は、4陣まで続いた。
「凌げ、凌げ、もはや鉄砲はないぞ!」
与左衛門も敵と切り結びながら、味方を叱咤した。その後、追いついてきた足軽たちも戦闘に加わって、狭い峠道で乱戦になった。
「敵は手強し、退けい!」
道為の撤退の指示が飛んだ。与左衛門は、それを聞いて、味方に追撃を命じた。
「敵は退くぞ!追撃する!かかれえ!」
少し先に頭巾を被った将の姿が見えた。与左衛門は、それこそが八柏道為であると認識した。
「かかれ、あの頭巾の将こそ、総大将なり。討ち取ったならば、恩賞は法外なものとなろうぞ!」
与左衛門の軍は、一気に陣を駆け降った。そして、峠道を中腹まで下りたころであった。道為の右手が不自然に上げられた。
ドン!という轟音が山中に響いた。遅れて、空を切り裂く矢の音が、ひっきりなしに聞こえてきた。
――しまった、伏兵か!――
与左衛門が気づいた時は遅かった。左右の山林から、足軽たちが与左衛門たちに襲い掛かった。逃げていた道為の軍も、反転して襲い掛かってきた。道為は、騎馬武者が落とした鉄砲を足軽に拾わせ、伏兵を鉄砲隊に変えていたのである。
与左衛門の軍は、狩る者から狩られる者に変わった。立て直しが利かない混乱が、与左衛門の軍に生じた。与左衛門はほうほうの態で、峠を明け渡し、敗走した。最上軍の死傷者は、500名に及ぶ大損害であった。
「えいえい応!」「えいえい応!」
有屋峠山上には、八柏道為と小野寺家の旗が翻った。
秀綱たちは、城から峠を見上げることしかできなかった。
八柏道為の巧みな用兵によって、有屋峠を奪われた秀綱たち
次回は、秀綱たちの反撃と光安の策を描きます。
次回更新は、11日の午後になる予定です。変わっちゃったら、ごめんなさい!




