5話 過去編1
大人は全員敵だ。
僕は7歳にしてそう悟った。
父親には殴られ、母親からは罵られ、村の大人からは石を投げられる。僕の父親は大きな功績を上げた退役軍人だ。機嫌が悪いとすぐに怒鳴り、殴ってくる。母親は僕が殴られているところをみていても何もしない。殴り終わった後に、僕のことを罵ってくる。
父親は村の人の物を奪うことがある。父はこの村の長のような立ち位置の上、退役軍人なのでとても強いので村の人は反抗できないでいる。それに加え、この村は都市から離れていて因習村のようになっている。そのため、村の大人たちは父への鬱憤を僕で晴らしている。
「ただいま」
今日は村の友達と遊んでいて、その帰りだ。
ドアを開けたら父が椅子に座っている。
「おかえり、あんま遅くまで遊ぶなよ。」
今日は特段遅くまで遊んでいないが、僕が遊びから帰って来た時は毎回そう言ってくる。
家に帰るといい匂いがしてきた。
「先、ご飯食べる?」
母が台所から覗いてきた。
「先に風呂入ってこい。」
僕はご飯を食べたいと言いたかったが父に先を越されてしまった。
さっぱりして風呂から上がるとテーブルにはご飯が並べられていた。
僕の好きなカレーオムライスだ。
一般的なオムライスの上にカレーがかかっている庶民的なものだ。
僕はそれをすぐに平らげ、自室に行った。
床には僕の好きな漫画がある。
少し前、この村に行商人が来た時に買ってもらったものだ。
主人公はとても強く、敵から街をを守っている。ケガをしている一人さえ助けようとする。みんなに希望を与えてくれる平和の象徴だ。
僕はこの漫画が好きだ。僕もいつか主人公のように強く、すべてを助ける存在になりたい。そして、僕のような子を助けてあげたい。
大人は敵だが、この漫画と村の友達は味方だ。
これのお陰で僕は生きたいと思える。
漫画に夢中になっているといつの間にか眠ってしまっていた。
朝、外が騒がしくなってきて目が覚めた。今日は父親との勉強が休みなので昼まで寝るつもりだったのだがいつもの朝より騒がしくて起きてしまった。
外に出てみると父と村の大人たちが何か話し合っていた。
「何話してるの」
「村の近くの森に大罪人の魔女が住み着いているらしい。あまり近づかないようにね。」
僕が聞いたら話している大人の一人が教えてくれた。
「おい、今日は家の中にいろ。」
父にそう言われ僕は渋々家に戻った。
大罪人の魔女。
母親から噂程度に聞いたことがある。
世界の花を一斉に咲かせる魔法を使った魔術師だと。
その魔法を使ったせいで様々な場所の生態系が壊れ、どこかの戦況が悪化したりどこかの村に飢饉が訪れたりしたらしい。もちろんその逆もあったようだが世界を混沌に陥れたとして、大罪人として指名手配されている。戦闘力はそこまでないが逃げ足が速すぎるがゆえ、捕まえることができないらしい。
大罪人の魔女はきっと全世界から嫌われて追われる身できっと辛い人生だろうな。僕はその人がどんな人か気になってしまった。
(近くの村にすごい魔術師が来たんやって。そのくせ大罪人やって。どんなしょぼくれた人なんやろ、どんなみじめな人なんやろ。)
僕はいつの間にか家をバレないように抜け出し、鬱蒼とした森をかき分け進んでいっていた。
数分探し回り、魔女らしき人物を見つけた。
しかし、そこに座っていたのはみじめな人でもしょぼくれた人でもなく、儚げに微笑む愛おしい魔女だった。
周りには花が咲き誇っていて別世界のようだ。
僕が魔女に見とれていると向こうが声をかけてきた。
「どうした、僕。」
その声は落ち着いて、ゆったりとして心地がいい。
そのせいで警戒が緩んでしまって僕は返答してしまった。
「あなたが魔女?」
「そんな呼ばれ方もしているね。けど君の好きなように呼んで構わないよ。」
「あなたの名前は?」
「ああ、知らなかったのか。そうだな、私は…テラ、ただのテラだ。」
「テラさん。」
彼女の名前を復唱し、心の中でその名前を反芻する。
「それで…」
僕が耽っていると魔女は困ったように声をかけてきた。
僕の名前を聞いているのかもしれない。
「僕はシオン。シオン・アリステア」
「シオン、それで君は何をしに来たんだい?森には入るなと大人たちに言われなかったのか?」
確かに森にはいるなと言われた。
だが、この世のすべてから拒絶されてる人間がどんな人間か気になってしまった。
「まあ、いいや。これ以上ここにいると親に心配されてしまうよ。」
僕は黙って頷き、家へ戻った。
家のドアを開け、なかにはいると父がこちらに気づいた。
その瞬間僕は気づいた。
失敗した。
窓からこっそり抜け出したのだから。
同じように帰ってくるべきだった。
「おい、どこいってた。」
殺意の籠った目で睨まれる。
返答を誤れば殺されてしまいそうだ。
「少し、遊んでいただけだよ。」
少しだけ間を置いてゆっくりと答えた。
「森には入ってねえだろうな。」
緊張感が高まる。
父の体勢や雰囲気は変わっていない。
ただ、そう言っただけで死を身近に感じてしまう恐怖があった。
「入ってないよ。」
僕は下を向きながら答えた。
「嘘つくんじゃねえよ!」
本が僕の耳をかすめた。
壁にぶつかり、鈍い音が響く。
机のうえにあった本を父が投げてきていた。
「森に行ってただろ。魔女には会ったのか。」
「会った。」
「俺はお前のために言ってんだよ。お前自分のせいで魔女がこの村に攻めてきたら責任取れんのかよ。責任取るのは俺だろ?お前を守るのも俺だろ?余計な手間かけさせんな。」
「はい。」
「とりあえず、風呂入ってこい。」
僕は何も考えず風呂に入った。
その後、夕食を食べたが、味を感じなかった。
ご飯は美味しかったと思うがいつもの半分しか食べれなかった。
食べ終わったらすぐに自室に行き、タオルで顔を隠しながら音を殺して咽び泣いた。
大声で泣くと怒鳴られてしまうから。
次の日、父と母と目が合ったが会話をせず家を出ようとした。
「おい、どこ行くんだ。」
「図書館。」
「そうか気をつけろよ。」
父に聞かれ、答えたが父は特に何も気にしていなさそうだった。
外に出ると村人の視線が僕に集まった。
みんな迷惑そうな顔や不快な顔をして僕を見ている。
「おい、余計なことすんなよ。」
一人の村人が僕に向かって言った。
「ごめんなさい。」
僕は下を向きながら足早に図書館に向かった。
図書館と言っても少し本の多い小屋のような場所で町にあるデカい図書館ほどではない。
「シオン。魔女に何もされなかった?」
可愛らしい声が聞こえた。
僕が本を読んでるところに声をかけてきたのは友達のユリだ。
明るい茶髪を三つに編み、無邪気な表情が愛らしい女の子。
「大丈夫だよ。」
「よかった!シオンが傷つくと私、悲しくなるからね。」
満面の笑みに僕は目を奪われた。
「ちょっとユリ、こっちに来なさい。」
そう言ったのはユリの母だ。
ユリの腕を引きながら僕を睨みつけて去っていった。
どうして大人は僕のことを睨みつけてるんだろう。
やっぱり、大人はみんな敵なんだ。
だから僕に怒鳴ったり、叩いたりするんだ。
僕は死んだほうがいいんだ。
「そんなことないよ。」
その声を聞いた時僕は一瞬で落ち着いた。
視野が広がり、周りを見ると周りに花が咲き誇っていた。
僕はいつの間にか魔女のもとに来てしまっていた。
「君に敵なんていないよ。最初から敵なんていなかったんだよ。」
魔女は僕にまっすぐ目を向けて訴えた。
その後、僕は優しく抱きしめられた。
細い腕で、僕より体温が低いせいか肌同士が触れているところは冷たく感じる。
だけど今までにない安心感がある。
母親の胎内にいるような心地。
親から感じたことのない気持ちだった。




