7.化けの皮
「婚約おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
会場では、ルウェル王子がそれなりに挨拶をしていた。とはいえ、今まで異様な行動を取りまくっていたせいで、それなりの視線が向けられていた。よく婚約出来たな…相手が一般人だからか、なるほど…などのひそひそ話が飛び交っている。そして彼の隣には、アル中のアルゴ王子。情報屋の王子が隣にいるとなると、ルウェル王子が何か企んでいるのではないかと囁く者、アルゴ王子が気になるほどの秘密をルウェル王子が持つのではと疑う者など、探りを入れようとする者も多々現れた。
「馬車が地面の窪みにはまってしまってね。ドレスを汚すわけにはいかないから、俺とアルゴ王子だけで歩いてきたんだ。今アルゴ王子の使用人が協力してくれていて、馬車を救出次第サラは来るよ。」
そういう設定。アルゴ王子が気にするな、俺の城が近くて良かったと微笑む。本当はサラも送迎出来たら良かったんだが、あいにく俺のとこの馬車が壊れていてなと、申し訳ない演技をする。会場には優雅な曲が流れ、既に各国の貴族や王族が踊っている。その様子を横目に見ていると、ケイ王子と妻のツキが近づいてきた。
「やあ、ルウェル。パーティーは楽しんでいるかい?」
「勿論さ。開催してくれてありがとう、ケイ兄さん。」
「そうかい、せいぜい楽しんで。まあ、君にはダンスなんて踊れないだろうけどね。」
そう言うと二人は小さく笑いながらその場を去っていった。王子二人は顔を見合わせる。アルゴ王子は頭を横に振り、ルウェル王子が肩をすくめる。
その時、会場の入り口方面の扉が開いた。ルウェル王子はさっと移動し始めた。
きらびやかなドレス、華やかな内装。会場に着いたサラは、初めて見る光景に圧倒されていた。呆然と入口に立っていると、パッと誰かに手を取られた。
「わっ。」
慌てて顔を横に向けると、いつもの顔がそこにあった。にこにこの笑顔。
「ルウェル様!」
「やあ、サラ。うわー!ドレス可愛い、めっちゃ似合ってるっ。絶対写真撮ろう!本当はもっと褒めちぎりたいけど…中央の方へ行こう。今回の主役は俺達だ。まずはダンスを見せてあげないとね。一緒に踊ろう。」
彼が手を引きながら、踊っている人混みの中へと突き進んでいく。するとその姿が見えたのか、自然な流れで演奏が終わり、踊っていた人たちがはけていく。周囲に誰もいなくなったのを見てサラが動揺していると、彼は静かに微笑んだ。
「大丈夫。どのパーティーでも、主役はこうなるんだ。ほとんどは緊張して、結構ミスをする人が多いよ。まあ、主役の顔見せが目的だから、ちゃんと踊らなくてもいいんだ。中にはわざとふざける人もいる。」
その言葉を聞くと彼女は驚いていたが、スイッチの入ったような目をした。それに気付いた彼が不敵に微笑む。
「流石だよ、サラ。」
手を抜くつもりがなく、本気で踊ろうとしている彼女の前で、彼は小さく頷いた。手を取り、踊る構えをする。
演奏が始まった。
「……!」
二階でカメラを構えていたアルゴ王子は、小さく息を飲んだ。演奏が始まり、ルウェル王子とサラが最初のステップを踏んだ途端、会場の空気が一変するのを感じた。
「……驚いたな、これは。」
震える声で呟く。ちらと周囲へ視線を向けると、誰もが踊る二人に魅入られていた。会話をしている人など一人もいない。もう一度、二人の方へ視線を戻す。サラのドレスは白地に金色の装飾で、ルウェル王子とおそろいだった。彼女の手の先、足の先にまで集中した身のこなし、品のあるステップと、少し伏し目がちな目と優しい微笑み。一方で、今までのいい加減な対応をしていたルウェル王子は別人のようだった。彼女のダンスと曲に完璧に合わせ、優雅さを前面に出しながら、視線をサラへと向けている。誰がどう見ても、二人は王子と姫だった。
「……。」
思わぬ光景にケイ王子と妻のツキも二人を見ていた。
(出来損ないの弟め…!あんな女性が一緒にいるなんて…あり得ない。)
(どうして…あんな一般人が私よりも優雅に踊れるの…?おかしい。認めないわよ!)
あまりの優雅さに嫉妬を覚えずにはいられなかった。二人とも奥歯をかみしめ、ぎゅっと手を握りしめていた。
踊りながら、自分たちのいる位置を把握する。自然な流れでサラの手を引き、踊るエリアをはみ出さないように気を付ける。だが、その一方で夢中で踊っている彼女を見て、彼は嬉しそうに微笑んでいた。
「……サラ。俺の方を見てくれる?」
その言葉に彼女が彼の方を見る。まっすぐな目。その視線にいくつかの光景がフラッシュバックした。
一本の剣と真っ白な王子服に広がる血液。火の手が広がる部屋。ワインに毒を盛る瞬間…。そして、傷だらけの彼女と、黒いフードを被った彼女、使用人の恰好をした彼女…。どの時も、今みたいな真っすぐな目をしていた。
「ああ……。」
ぎゅっと彼女の手を握ると、驚く彼女に、彼はうっとりとした表情で微笑んだ。
「気持ちが高ぶってどうしようもない。君とずっと踊っていたいな。」
その瞬間だった。
それが現れた瞬間、誰もが気づいた。当たり前だ、二人は全員の目を引き付けていたのだから。
突然、ルウェル王子の頭上に青と黒が混じった…もやもやとしたものが浮かんだ。サラが気づき、驚いた様子でルウェル王子の方を見る。彼の視線はどこか遠くを見ており、サラの手を強く握っていた。腰に回した手も動かない。
「ルウェル様…?!」
演奏もいつの間にか止まり、二人はその場で立ち止まっていた。彼女が身動きが取れなくなったのに気付いたアルゴ王子が二人の元へと駆けつける。周囲の貴族や王族は誰もが呆然とした様子で、暗い色のもやもやとしたものを見上げていた。
「おい、ルウェル!どうしたっ。」
アルゴ王子が硬直したルウェル王子の肩を揺さぶるが、彼は何も反応しなかった。二人が困っていると、遠くからクロム執事が切羽詰まった声を上げた。
「お二人とも、お逃げ下さい!」
直後、太くて真っ黒な剣が四方八方に飛んでいった。人に当たることは無かったのものの、会場の白いテーブルやいす、人のすぐ傍の壁にぶっ刺さった。ガラスの割れる音、テーブルが壊れる音と共に、沢山の悲鳴があがる。サラとアルゴ王子のすぐ傍の床にも剣が刺さっていた。青ざめた二人が黒と青のもやもやへ視線を向けると、既に剣の先が何個も見えている。次のが放たれるのは目に見えていた。
「くそが!」
アルゴ王子の叫びと共に、再び剣が四方八方へ飛びまくる。ルウェル王子は遠くを見て微笑を浮かべたまま、動かなかった。悲鳴をあげて逃げる人々。今のところはいないが、そのうち死傷者が出るのは明らかだった。クロム執事が二人の元へ来ると、口を開いた。
「急いで逃げましょう。今はまだ初期症状ですので、人に害は及ぼしませんが、これからどんどん逃げられないほどのものになってきます。」
「いや、ここは俺に任せてくれ。」
アルゴ王子がすっと片手を出すと、小さくつぶやいた。
「この手は出来れば使いたくなかったんだがな…。仕方ねえ。」
懐からコインを取り出し、ピンっと指ではじく。コインが床に落ちる前に、もう片方の手でパチンと指を鳴らした。途端に彼の目の前にカードの山とスロットが出現した。空中に現れる二つはどちらも金色。スロットが回転し始めると、アルゴ王子が小さくストップと言う。その瞬間スロットが止まり、数字が3と現れた。
「ちっ……今回は三枚かよ。まあいいや。ギャンブルの血が騒ぐ。」
不敵な笑顔で、彼はカードを引き始めた。一枚目。
「パチンコ、競馬を半年禁止。その代わり高級ワインを毎日二本手に入れる。まあ…別に良いか。」
続いて二枚目。
「情報屋として持っている情報の三分の一を消す。…結構痛手だな、これは。また集め直しかよ。」
最後の三枚目。
「片腕と片足を骨折する。くそ………割と最悪だな。結局メリットはちょっとかよ。ツイてねえの。」
彼が重い溜息を吐くと、カードとスロットが全て消えた。その代わり、空中に黄金の天秤が現れた。片方には先ほど引いたカードが乗っている。彼は真剣な顔で言った。
「今引いたカードの内容を代償に、ルウェルのこれを止めろ。」
チャリという音と共に、片方にチップが積まれる。そしてカードとつりあうと、天秤はふっと消えた。途端にルウェル王子が気を失ってサラとクロム執事の方に倒れ込み、アルゴ王子が悲鳴をあげ、その場に崩れ落ちた。クロム執事がルウェル王子を支えながら、アルゴ王子の方を見る。サラが大丈夫ですか?とアルゴ王子の方へ叫ぶと、彼は涙目で言った。
「さっきの代償だ…。右腕と左足が折れた。まあ、でもマシな方だろうな。肝臓とか、臓器系奪われたらやばかった…。」
いつの間にか、四方八方に飛んでいった黒い剣は消えていた。怯えていた他の貴族や王族たちもやっと落ち着いてきたのか、アルゴ王子の助けに使用人を借り出していた。ケイ王子は気絶しているルウェル王子に信じられない視線を送る。
「……あんなの、見たことない。どう見ても普通の人じゃない。あれはまさか…王の素質…?でもそれにしては、まがまがしい色だったけど…。」
隣で妻のツキも驚いた表情を浮かべていた。
「うそ…。王の素質を持つのは、ケイ様では…無かったということ……?出来損ないと噂の彼だというの…?」
パーティーは突然の事態が起こったため、そのまま終了となった。アルゴ王子は近くの自分の城から、自身の使用人に迎えに来てもらい、そのまま帰っていった。ルウェル王子とサラはクロム執事に連れられるまま、馬車に乗り込んだ。ケイ王子とツキが来て事情を伺ってきたが、クロム執事が何も知りませんと一点張りで、強引にその場を離れた。馬車の中でサラが不安げな様子でルウェル王子へと視線を向けていた。
「ルウェル様は…一体…。」
クロム執事は何も答えなかった。サラもそれ以上は聞かず、二人とも沈黙のまま城に着いた。そしてルウェル王子を寝室へ運ぶと、クロム執事はようやくサラの方を向いた。
「サラ様。本日のダンスは非常に素晴らしいものでした。ドレスも似合っております。本日はお疲れのことでしょう。お早めにお眠りください。」
「は、はい……。」
有無を言わさぬ口調に、彼女はただ頷いた。ドレスを脱ぎ、メイクも落とし、風呂にも入る。世話をしてくれた使用人に礼を言い、ベットに入るが、その日は全く眠れなかった。
「ルウェル様…。」
小さくつぶやくと、布団の端をぎゅっと握った。
こんにちは。星くず餅です。
これから半年ぐらい多忙につき、投稿頻度は不定期になると思います。
ですが、投稿日は必ず土日と決めているので、お手数ながら時折見に来ていただけると幸いです。
こちらの都合で誠に申し訳ありませんがご了承ください。
今回は、今までとはちょっと違ったテイストで。少ーし、物語の根幹へ触れました。
次回は未定です。