5.聞き捨てならん
城のとある一室では、静かに会話が行われていた。
「あれ程の禁断症状が出るなんて…イカレてるわ。サラを愛してるのは嘘じゃないようね。」
ドン引きした様子で、暴れまわったルウェル王子のことを思い出すシトロン王女。側近の執事も顔をしかめつつ頷いた。
「ええ。しかし…暴力的ではありましたが、主に剣術(投擲)と酒瓶による殴打でした。王の素質のようなものは見られない……となると…他の方が王の素質を持っているのかと…。」
その言葉に彼女が頷く。
「そもそも愛情は、完璧な王になるのに不要でしょう。過去の時代を生きた王の中には、愛人が人質に取られた際冷静な判断が出来ず、国を滅亡に導いた王もいたわ。父上も良い例でしょう。彼は私達を愛してなどいない。無感情な目をしていて、いつも頭の中は国をより良くすることしか考えていない人よ。」
そんな不要な愛を彼は持っている。しかもドン引きするほどのもので、嘘のようにも見えない。つまり、彼は王の素質を持っていないのは確実だわとシトロン王女がつぶやいた。その時だった。
コンコン。
扉が叩かれ、一人の男性が入って来た。サラサラとした青い髪で、目は少しいたずらっけに笑っていた。すらっとした長身で、高貴な赤い王子服を着ている。
「やあ、シトロン。僕よりも可愛くない妹ちゃん。……なんだい、そんなに王の素質を持つ者を探しているのか?そんなに必死になって…君も難儀だねぇ。」
にやにやと笑う彼に、彼女は少し苛ついた様子で微笑んだ。
「まあ、黙れですわ。貴方に何が分かると言うんですの。」
「そんな冷たいこと言っちゃって。図星か。残念だけど、僕は王の素質を持ってないからね。」
近くの椅子にどっかり座ると、それよりも何さ?と皮肉った様子で言う。
「最近ルウェルにばっか夢中になっちゃって。アイツ、婚約したらしいじゃん?略奪愛にでも目覚めたわけ?」
完全に怒った様子で、彼女は返事もしなかった。側近の執事に声をかけると、そのまま部屋を出て行ってしまった。見送った彼は、しばらく考え込んでいたが、不敵に微笑んだ。
「ふ~ん?あまりにムカついて返事もなし…か、もしくは…自分よりも下の存在に、マジで恋とかしちゃった感じ?滑稽じゃん。僕もあいつに会いに行ってみようかな。」
そう言うと、彼は椅子から腰をあげた。
「なあ。求めてるわけじゃないけど、昨日あれだけ俺に発狂しといて、すまんの一つもないんだよな?」
「うん。無いよ?」
「謝罪なしに賭けて正解だった。」
ぐびぐびと酒を飲むアルゴ。ちなみに先日、アルゴ王子のドライバーによる一部の窓の破損は、未だ修理が間に合わず、透明なガムテープで応急処置されている。翌日にまた俺のところに来る君も君だけどね、とルウェル王子が爽やかに言う。片手は剣のつかに置いたままだった。自分の部屋で自由気ままに過ごす男性二人を、困ったように交互に見るサラ。その後ろで紅茶を淹れるクロム執事。
ガチャ。
いきなり扉が開いた。四人が驚いて入口へと視線を向ける。青い髪の男性とふんわり銀髪ショートヘアの女性が立っていた。どちらも美男美女で、高貴な服を着ている。王族だろうと判断したアルゴ王子とサラが、即座に椅子から腰を上げる。一方ルウェル王子はリラックスした様子で紅茶へと手を伸ばした。その際にチラリと…奥で静かに紅茶を注ぐクロム執事と、目配せしあった。
「久しぶりだね、ルウェル。君が婚約したと聞いて、挨拶しに来たよ。妻のツキも一緒だ。」
「ああ。どうもありがとう、ケイ兄さん。ツキさん。」
爽やかに挨拶するが、席を立つ気は無い。紅茶を優雅に啜り、にっこりと微笑む。
「たった今、隣国のアルゴ王子が、お祝いに来てくれたところでね。」
「初めまして、ケイ王子。隣国のアルゴ・プロトンです。」
アルゴ王子が二人の前に近づき、軽く挨拶する。丁寧にお辞儀するが、酒臭さは誤魔化せない。ケイ王子の横で一瞬、妻のツキの笑顔に亀裂が入った。だが何事もなかったかのように、誰もが振る舞った。
「そして僕の横にいるのが、婚約者のサラ。」
「は、はじめまして。」
「彼女は、ここの生活に慣れるよう頑張ってる最中なんだ。」
サラがぺこりとお辞儀をする。その様子にツキがくすりと微笑む。
「それでしたら、私も協力いたしますわ。一緒にお茶でも致しましょう?二人だけで。使用人は知らない、暗黙のルール等をお教えしますわ。」
「ありがとうございます…!」
嬉しそうに微笑むサラ。そうだ、僕はルウェルと話があるから、その間にでも二人でお茶してきなよとケイ王子が言い、二人は別室へと向かった。ルウェル王子が紅茶を優雅に飲みながら、何気ない様子で聞く。
「……なんだい、話って。ケイ兄さんが俺に用があるなんて、珍しいじゃないか。」
「まぁ自分ごとじゃないから、別にどうでも良いんだけど…。次男として三男に言っておくよ。結婚相手は選んだ方が良いんじゃない?」
小馬鹿にしたような目。だが、彼はにっこりと微笑んだ。
「兄さん。俺が兄弟の中で一番出来損ないなの、知ってるだろ?……悔いは無いよ。俺なりのベストが彼女さ。俺には彼女が女神に見えてる。」
揺らがない満面の笑みを見て、ケイ王子はやれやれと首を横に振った。いつのまにかワインを飲んでいるアルゴ王子を横目に見つつ、軽く笑う。
「もう少し気品のある人を、身の回りに置くべきだ。まぁ、王の素質でもなければ、お前には無理かもね。…ああ、そうだ。言い忘れていた。明日、パーティーを催すつもりさ。君の婚約祝いにね。勿論、君も来るだろう?既に貴族の方々や他の国の王族にも声はかけてある。…すまないね。将来王になるかもしれないのに、こんな奴らが周囲にいたら笑われてしまうかもしれない。必要なら替えの人を、君の隣に配置するよ。勿論、参加しなくても咎めない。」
「気にしなくて良いよ、ケイ兄さん。俺は王になるつもりはないし、素質もないし……なにより、俺よりも兄さんたちの方が優れてる。それに…見かけによらないものさ。彼らといると居心地が良いんだ。明日のパーティーには参加するよ。俺はサラを愛してる。替えは不要さ。」
申し訳ないんだけど、そろそろアルゴ王子とお話ししたいんだ、話の続きはまた今度でも?と彼が言うと、ケイ王子はそれじゃあ失礼するよと言って、部屋から出ていってしまった。
途端にアルゴ王子が殺意の湧いた目を扉の方に向ける。怒りを押し殺した声で呟く。
「お前の兄の目は節穴か…?サラが…なんだと…?」
「まあまあ……落ち着こうよ。仕方ないさ。」
クロム執事から新たに注がれた紅茶を優雅に飲むルウェル王子。その様子に気づいた彼は渇いた笑い声を上げる。
「発狂中じゃないだけ、運が良かったな。あの時は、俺ですら殺されそうになったぐらいだぜ。」
「ああ。本当に運が良かったみたいだ。」
穏やかな表情で、皿の上にカップをかちゃりと置く。
「………罠にかかってあげるよ、兄さん。出来損ないで可哀想な、弟のフリをしてね。」
優しい口調と共に、恐ろしく完璧な笑みを浮かべるルウェルを見て、少し怯える酒飲み王子。その様子に気が付いた彼は、優しく微笑んだ。
「まぁ、まだ君はサラの良さが分かってるからいいさ。……後悔させてやる。あんな言葉を投げられちゃ、聞こえていない訳が無いんでね。さて、クロム執事。準備は出来ているかい?」
「お任せ下さい、ルウェル様。」
ぺこりと頭を下げる執事の様子を見て、アルゴ王子が驚く。
「おいおい。一体何をするんだ?」
二人は顔を見合わせると不敵に微笑んだ。
少し時間をさかのぼるが、サラとツキは別室に来ていた。
使用人がおらず、緊張した様子で椅子に座っているサラに、ツキは不思議そうに言った。
「貴方。ルウェル王子に本当に愛されてるとでも思ってるの?」
「……え?」
思わぬ言葉に硬直する彼女に対し、ツキはため息を吐いた。
「大体、普通一般人と王族が結婚するなんてこと、あるわけないじゃない。美貌も礼儀も劣化品。マナーを覚えるのに何年かかると思ってるのよ。何か事情があって貴方と結婚したに違いないじゃない。それも、特に嫌な事情で。」
今までの言動を振り返ってそんなわけないとは思いつつも、心が揺らぐサラ。追い打ちをかけるように、冷たい声が飛ぶ。
「全国民の中で選ばれた、自分は凄い人とでも思った?…言っとくけど、さっきのお辞儀を見る限り、貴方にこっちは不向きよ。今すぐ元の生活に戻った方が良いわ。少しでも天国気分を味わえて良かったとでも思うのね。」
「……でも…ルウェル様は……そんな…。」
しどろもどろに言う彼女に、ため息を吐くツキ。気だるそうな視線を向ける。彼女の言葉に被せるように言う。
「あのね、はっきり言うけど。迷惑なのよ。貴方みたいな一般人がここに居座られても。彼だって本当は迷惑に違いないわ。好きでもない女性を、好きなフリし続けるのは。私の”貴族”という品位も貴方みたいな一般人と同程度ってことになって、落ちるの。とっとと別れた方が良いわ。両者のためにもね。貴方が彼を愛してるとか、愛してないとか、別に問題じゃないのよ。貴方だけで考えてるつもり?貴方の家族だって、本当に上の人から冷たい視線を浴びるのよ?親の身も考えなさいよね。」
ものすごい勢いで言葉がふっかけられる。ああ、そう。明日、貴方達の婚約祝いのパーティーをするのと彼女は言い、小さく微笑んだ。
「それよりもはやく別れるのを推奨するわ。それ以降は…別れるのも大変でしょうし。はっきり言って迷惑だもの。」
その時、扉が数回ノックされた。ケイ王子が入ってくると、ツキが立ち上がった。
「そろそろ帰ろうか、ラト。明日のパーティーの準備もあるし。」
「ええ。また明日ね、サラ。貴方のダンス楽しみにしてるわ。」
二人が出ていくのをサラが見送った。入れ替わるように入って来た使用人が、黙っている彼女を気遣うように言った。
「…サラ様。私からの勝手なご意見とさせて頂きますが…お気になさらないでください。警備のため、扉の向こう側におりましたが…。失礼ながら、先程の会話を聞いてしまいました。ですが、あれはツキ様自身のご意見でございます。ルウェル様はサラ様を本気で愛しておられるはずです。」
「……そうよね。」
サラは静かに微笑んだ。
「ありがとう。私は元々一般人だしって確かに揺らいじゃったし、ルウェル様の立場に変に傷をつけてしまうのも怖くて…何も反論することが出来なかったけど…。心の中ではそんなはずないって思ってる。もっとちゃんと断言できるくらいそんなはずないって言いきれたら良かったんだけど…。まさかあんな態度を向けられるとは…。なんとなく良くは思われないだろうとは覚悟してたんだけど…。」
まだまだ未熟みたいと言うと、彼女は笑った。でも片目から静かに落ちた涙を見て、使用人はぶんぶんと顔を横に振った。
「サラ様は誰よりも、ご立派でございます。ルウェル様はサラ様の立ち振る舞いに、拍手を送るに違いありません。」
使用人の言葉にはっとした様子で、顔を手で覆い、涙を隠すサラ。小さく体を震わせ、絞り出すように呟いた。
「……婚約の場が初対面だったから、どうして私を選んだのかとか、まだ知らないの。だからこそ…もし本当に、私のことを愛しているフリなら…私は別れるべきなのかもって、思ってしまって。自分から別れを切り出すなんて選択肢、私には無いとは思ってたから、自分の気持ちにも疑問が生じてしまって…。」
お相手のルウェル様は王族ですから、選択肢がないと感じても無理はありませんと使用人が言いながら、ハンカチをそっと手渡した。
「突然の婚約だったということもあります。この方と一緒にいて良いのか、なんてすぐには答えが出ない場合もございます。…ですが、何年かルウェル様のおそばに使えている身としては、とても優しい方だと思いますよ。ルウェル様にお仕えしてよかったと言いきれます。」
サラがハンカチで涙を拭いながら、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。震える体を落ち着かせるようにふぅ…と息を吐くと、ハンカチをギュッと握りしめ、部屋の扉の方を睨みつけた。少し涙目でありながらも、言葉を吐き捨てる。
「何が貴族だ……。私のこと何も知らないくせにあーだこーだ言いやがって…!テーブルマナーも所作も完璧になって、文句の一つも言えないようにしてやるっ。実力で超えてやるからな?!いまに見てろよ!」
鼻息荒くハンカチを握りしめる彼女に、使用人は少し驚いた様子だった。それに気づいたサラが慌てて、両手を振る。
「……あ…えと…その。」
どうにか誤魔化そうとしたが、本心を隠したり怒りを抑えるのも嫌で結局しおしおしつつ、呟く。
「……ごめんなさい……。けど、ムカついた。」
使用人はしばらく驚いていたが、小さく笑った。
「いいえ、良いのですよ。その怒りを現場では必死に抑えていたこと、ルウェル様のこともしっかりと考えた上で反論しなかったこと、次こそはと意気込む様子も全て、ルウェル様の婚約者として満点でございます。このようなことに対して、反論せずとも後ろを向いていてばかりでは、ルウェル様も悲しみます。」
「そ、そうかな……?…その…なんか今……汚い言葉を思わず言っちゃったけど…。」
「大丈夫ですよ。今のを見て、喜んでいらっしゃる方々がいますから。」
「へ…………?」
ポカンとしている彼女に、使用人が笑いながら窓を指差す。そこには笑顔で拍手している、王子の服を着た成人男性二人がいた。
「ブラボー!」
「エクセレント!」
にっこにこな様子で言葉が飛んだ。
こんにちは。星くず餅です。
お久しぶりです。これから半年ぐらい多忙につき、投稿頻度は不定期になると思います。
ですが、投稿日は必ず土日と決めているので、お手数ながら時折見に来ていただけると幸いです。
こちらの都合で誠に申し訳ありませんがご了承ください。
さて、前回かなりルウェル王子たちがかなり暴れまわったので、今回は少し真面目に…
なりませんでした。か弱くていかにもヒロインみたいな設定のはずだったサラはヒーローの一面を見せ、
前回暴れまわった男たちがいつの間にか見てて拍手という、良く分からん方向へ飛んでいきました。
作者にも彼らは予測不能です。
ちなみにもう一つのⅡの後継者達は既に終わりまで考えてあり、続きを書いてはいますが、一話の字数が多い為、多忙期間が過ぎてから続けようと思っております。そのため、こちらは次回が検討中です。ご了承ください。