3.保護者登場
「俺には分かるぞ。その力は、一体何を犠牲にした?」
一人の男性がルウェル王子に向かって、真剣な表情で言った。
遡ること3時間前。
「なんか…起きたら…肋骨あたりが痛いんですが…。」
「ルウェル様が誤って折ってしまったそうです。」
サラが困惑する前で、当の本人は騒いでいた。
「ごめん!俺がサラを運ぶ際中にこけてしまったばっかりに…。看病は任せてくれ。完璧にこなしてみせるから。アアアアアアアアアアアアアアアアア本当にもうっ嫌だっ。サラに嫌われたらどうしよう!いや、嫌われても俺は好きだけどっ違うそうじゃない。サラを傷つけてしまった俺が、俺自身が俺を許せないっ。こんなポンコツなんて許さなくて良いからー!うわーん!」
泣き出す彼の前で、サラが驚いたように言った。
「そういえば私…昨日の夕食後眠ってしまって…。申し訳ありません。ルウェル様にご迷惑を…。」
「いや、良いんだよ。むしろ、お姫様抱っこしながら寝顔を拝めるという貴重な機会をありがとう。幸せ過ぎて、しばらく自分の部屋に戻っても寝付けなかったよ。そのせいで今日は少し眠いけど、気にしなくて良いからね。この眠さが幸せの証だから。」
少し引き気味のサラの前で、執事がコホンと咳ばらいをした。
「ルウェル様、サラ様のお手当は私共が行います。というのも、本日は隣国のアルゴ様がいらっしゃいます。」
「アルゴ・プロトンか。彼の国は資源が豊富な上に、各国の情報を握っていたな。王族関連の噂は少々気になる部分もあるが…まあ、仲よくしておいて損はないだろう。しかし意外だね。一体誰が目当てでここに来るのかい?」
「ルウェル様でございます。」
執事の言葉に彼は驚いた。ベットの上で話を聞いていたサラは、良く分からない様子でいた。クロム執事の声色が少しだけ慎重になる。
「恐らくですが、今までこちらに関心を寄せなかったということから…何かしらの情報を掴んだのではないかと。もしくは、ルウェル様ご自身から何か情報を引き出そうとしているのかもしれません。相手は情報屋ですから、こちらの王族関連の情報を得ようとするのは考えられます。特に、ルウェル様はサラ様と婚約なされたばかりでございます。そこら辺の情報を得ようともしているのかもしれません。」
サラが少し不安げな顔をした。やっぱり他の人からみたら…自分は一般人だから…。そんな彼女の不安を吹き飛ばす勢いで、横にいるルウェルは目をらんらんと輝かせていた。
「それは?!サラのっ良さをっ、布教できるんじゃないか?!」
口から飛び出た思わぬ発言に、サラとクロム執事が唖然とする。彼はノリノリな様子で、嬉しそうに言った。
「いや、渡さないけどね?俺だけの婚約者だけどね?手を出して来たら則切り殺すけども……もし僕達の婚約に気をもってくれているのならっ、特にサラが気になっているのであればっ!布教するチャンスじゃないか!世界一可愛いサラを沼らせてやる。その上で俺がいるから手出しできないという葛藤に陥れ、目の前でイチャイチャしてこれ見よがしに溺愛を見せつけ、メンタルをボコした上で情報屋からありとあらゆる情報を引きずり出させてやる。完璧じゃないか!」
「良いのですか?サラ様を危険にさらすことになりますが。」
クロム執事の言葉に彼は目が覚めた様子だった。一瞬で青ざめ、がたがたと体を震わせる。
「なんたることだ…俺としたことが。なんておぞましい考えを…。サラを第一に思っておきながら、一番危険にさらすなんて…。自分だけじゃ収まり切れない愛を、誰かに共感してほしかっただけなんだ…。決して君を他に渡そうとしたわけじゃないし、危険にさらすつもりも無かった。ああ、昨日から俺はなんてバカなことばっかり!ううっ…。どうしてこう空回りしちゃうんだろう…。大好きな君の前で情報屋から情報を引き出すというかっこいいところを見せたいのに…。」
「…行きましょう、ルウェル様。もうすぐアルゴ様が来られます。」
ルウェルの悲痛な叫び声が部屋に響く。執事にずるずると引きずられながら、部屋を出ていった。サラは苦笑いしながら手を振り見送った。
さて、いざ隣国の王子アルゴ・プロトンと面会となったが、ルウェル王子は完全にテンションが落ちていた。城の玄関にいるが、両目が虚空を見ている。彼の正面には、長髪の赤髪の男がいた。灯を思わせるオレンジ色の目は、ルウェル王子に興味津々な様子だった。
「俺の名前はアルゴ・プロトンだ。」
「どうも。」
完全に負のオーラをまとっている人間を目の当たりにし、隣国の王子アルゴは笑った。
「おいおい、同い年の王子がこんなにテンション落ちてるの見たことないぞ。どうした、競馬か?女か?それとも酒か?なにかしらの賭けごとにでも負けたって顔だ。仕方ねえな、俺とちょっと手合わせしようぜ。気分が落ち込んだ時はこれが一番だ。」
近くの使用人に声をかけて、中庭の少し広い場所へ向かった。いや俺は…サラが…とぶつぶつ言うルウェル王子を無理やり連れ、自分と真向に立たせると、アルゴは言った。
「安心しろ、真剣は使わない。互いに王子だもんな。木刀で勝負しようぜ。」
使用人から用意してもらった木刀を一本ルウェル王子の方へぶん投げた。彼が慌てて受け取ると、即座にアルゴが間合いを詰めて来た。振りかざした木刀をどうにか防ぐが、反動で体が後ろへ数歩下がる。どうにか倒れはしなかったものの、驚いてアルゴを見ると、相手もまた驚いていた。
「へえ。この不意打ちに対応するか。なかなかの力量だな。やっぱ同じくらいの強さがないと、面白みに欠けるな。俺を楽しませてくれそうだ。……よし、ワインを一本持ってきてくれ。」
使用人がワインを持ってくると、アルゴはその場でワインをごくごくと飲み始めた。
「おい?!まだ、朝だぞ?」
「朝だからだろ。楽しいをもっと楽しいにするには、飲まなきゃやってらんねえよなあ。おら、行くぞっ。」
そう言って木刀を構えたが、すぐに思い出したように使用人を呼んだ。小さな紙切れをポケットから出す。
「……ちょっとさ、競馬見ててくんない?馬券渡しとくから、俺の馬券が当たったか教えて。あ、あとできれば3連単で買ってるからさ、当たらなかった場合のトップスリーの馬の名前も記録しておいて、俺に教えて。」
使用人がやや困惑気味に頷き、馬券を持ってその場を離れる。ルウェル王子がそれを見送りながら、静かに言う。
「え…馬券…?競馬やってんの…?」
「当り前じゃねえか。パチンコもやってるぞ。当たった時が一番楽しいのよ。もう毎日、何かしら賭けてる。楽しいぞぉ?酒もあれば文句なしだな。」
そうこの男、生粋のギャンブラーであり、アル中であった。その噂はなんとなく聞いていたが、ルウェル王子はあまり信じていなかった。なにせ王子だし、そんなわけない…。だが、この時確信に変わった。間違いない。噂は本当だ。
「俺から攻撃したからな。今度はかかって来いよ。」
片手をくいくいとして、余裕の表情を見せる。ルウェル王子が覚悟の決まった目で、間合いを詰め木刀を振りかざす。…が、アルゴに避けられた挙句、勢いよく振りかぶったせいで自分のすねに木刀をぶつけてしまった。
「いっでぇーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
半泣きになりながら、その場に崩れ落ちる。使用人が慌てて駆け寄ろうとしたが、アルゴが制した。すねをさすっている彼に真剣な表情を向けた。
「お前実はポンコ…ゴホンっ。ごめんな。俺が今の一撃受けきれば良かったな。…ところで、ちょっと使用人抜きで話がしたいんだが、使用人にどいてもらうことは可能か?俺はお前が気に入った。少し情報を共有したい。」
「ああ、構わないよ。」
使用人たちをその場からいなくならせると、アルゴは未だに痛がっているルウェルに向かっていった。
「……お前、わざとだな。今の、俺に当てようと思えば当てられただろ。噂でポンコツ王子とか言われてるのを聞いたが、それはフリか?俺の目は騙せないぞ。」
「なんのこと?」
とぼける彼に、アルゴは不敵に笑った。
「俺の不意打ちを受けきったのは、お前が初めてだ。それも、一見一回しか攻撃してないようにみえるが、後ろからもう一回攻撃している。会話中にな。服を少し裂くぐらいの威力で攻撃した。使用人たちは気づかなかったようだが、お前の服は全く破れていないうえに、俺の攻撃を受け止めた感触が確かにあった。俺の見えない攻撃に、お前だけは気づいていたというわけだ。」
ルウェル王子は黙っていた。アルゴは疑惑の目を向けた。
「昔、禁忌の裂け目に入った者がいたらしい。噂では小さな子供だったそうだ。禁忌の裂け目には恐ろしい魔物が住んでおり、夜な夜な雄たけびをあげるそうだ。が、その魔物の声がある日突然しなくなったらしい。他にもう一つ。お前たち王族には、王の素質を持つ者が現れる。そいつは願えば特別な力を持てる代わりに、何かを失う。ごまかしても無駄だ。王の素質を持つのはお前だろう?俺には分かるぞ。その力は、一体何を犠牲にした?」
ルウェル王子が口を開きかけた時だった。
「ルウェル様、大丈夫ですか?」
心配げな顔でサラが遠くから走って来た。二人の元へ来ると、慌てた様子で言った。
「ごめんなさい。お取込み中でしたか?…使用人の方から、ルウェル様がケガをしたという話を聞いて…心配で…。」
「サラ!心配かけてごめんよ。ありがとう来てくれて。大丈夫、大したケガじゃないよ。それより君の肋骨は?大丈夫なのかい?ああでも、心配してくれたなんて、俺の脳が溶けそう……。」
嬉しそうにニコニコしているルウェルと、少し安堵したようなサラを交互に見るアルゴ。すっと酒に手を伸ばし、その場でごくごくと飲む。その様子に気が付いたルウェルが、不思議そうに言った。
「どうしたんだい、アルゴ?」
「いや、なんでもない。ちょっと酒が上手く感じそうな気がしたんだ。それでは俺は失礼しよう。今日は予定があるんだ。また今度話そう、ルウェル王子。次は彼女も一緒で。」
「入口まで送ろうか。」
「いや大丈夫だ。途中で馬券も回収する。」
そう言うと二人を残し、その場を離れて行ってしまった。残された二人は不思議そうに顔を見合わせた。
一人の使用人が、ルウェル王子の昼食を用意していた。こっそりと睡眠薬を仕込んでいる。その時だった。
「俺の馬券は当たったか?」
入口から聞こえた声に思わずびくっと体を震わせた。赤髪のアルゴが入口に立っていた。声色は飲酒していてふわふわしているが、その目は真剣である。使用人は必死に笑顔を取り繕い、睡眠薬入りの瓶を隠した。
「はい。当たっていましたよ。」
「そうか。ところで、睡眠薬仕込んでいたな?」
思わぬ発言に、使用人が黙り込む。彼はさっと剣を抜くと、にっこりと微笑んだ。
「ルウェル王子に睡眠薬が仕込まれようが、俺に被害は無いし別に構わないが…。あんな見ていて酒のつまみになるカップル、そうそういない。俺の至福を絶やそうとする人間は消すしかねえ。さよならだ。」
悲鳴をあげられる前に、急所を刺した。剣の切り裂く音と共に、血が垂れる。さっと剣をしまうと、アルゴは酒を再び手に取り、血に染まった馬券を残念そうに眺めた。
「あーあ。当たってたのにな。まあ、良いか。それよか、写真だ写真。」
ポケットから一枚の写真を取り出すと、その場に座り込み、写真を眺めながら酒を飲んだ。先ほどのサラとルウェルの二人が映っている。それをにやにやして、鼻の下を伸ばしながらアルゴが酒をざばざば飲む。
「進むねぇ、酒が。俺は保護者視点で、これからの動向を見守らせていただくとしよう。」
ニコニコしながら、近くの棚の中に死体を隠すと、鼻歌を歌いながらその場を離れた。
こんにちは。星くず餅です。
第三話目にて、やばい男が登場しました。
生粋のギャンブラーでアル中からの最後、使用人を殺害。
ルウェル王子たちを守るためとはいえ…。
王子でなく普通の一般人の場合を考えたら…ヒイイ。
とは思うものの、この人がいなければあの二人に危害が及んでいたかもと思うと、必要な存在なのかもしれない…?
次回で四話目です。
明日の一時頃に投稿いたします。
読んでいただけると幸いです。