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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

吾輩は異世界転生猫である

作者: ☆ほしい

 俺は、前世でただのサラリーマンだった。平凡な日々を繰り返し、ややブラック気味な会社に勤めながら、コンビニ弁当をむさぼり食うような生活を送っていた。仕事はつらく、上司は口うるさく、残業は減らず、どこへ行く余裕もなかった。それでも、極端に不幸だと思うことはなかった。なんだかんだ言って、普通に生きられていたからだ。


 ところがある日、通勤中にトラックと衝突し、あっけなく命を落とした。人間なんて本当にあっさり死ぬものなんだな、と朦朧とした意識のなかで思った記憶がある。


 そして――気がつくと、俺は見知らぬ場所の地面に寝そべっていた。体を起こそうとするが、視界に映る俺の腕……いや、足がやけに短い。毛に覆われた四本の足。それはどう見ても“猫”のものだった。


 「にゃ……?」


 言葉を発しようとしたのに、出てきたのは愛嬌のある鳴き声。パニックになりながらも、周囲を見渡す。

草原のようにも見えるが、やけに背の高い植物が生い茂っている。いや、俺の目線が低いからそう見えているのか。それに空は薄紫色がかっており、遠くには大きな二つの月らしきものが浮かんでいる。どう考えてもこれが地球とは思えない。


 「ここはいったい……?」


 人間の姿ではないため、言葉は声帯からは出せないが、意識のうえでそう問いかける。すると、突然脳内に不思議な感覚が広がった。まるで何かのシステムが起動したかのような――


 【個体識別:名称未定。種族:ネコ。ステータスを表示しますか?】


 「ステータス?」


 思考に反応するように、視界の片隅に半透明のプレートが浮かび上がる。どこかゲームのステータス画面を想起させるビジュアルだった。


 ――――――――――

 名称:なし

 種族:猫

 レベル:1

 HP:10/10

 MP:5/5

 筋力:2

 敏捷:5

 知力:3

 魔力:3

 スキル:なし

 ――――――――――


 「うそだろ……本当に猫じゃん!」


 ステータス画面を見て驚愕する。しかも、スキルが何もないとは。こんな状態で、どうやって生きろというのか。俺は人間として再スタートできるものだと思っていたが、その期待は見事に裏切られた。


 幸い、ここがどこかは分からないが、草むらを歩く限りは天気も良く、静かな場所のようだ。ひとまずどう動くか考えないことには始まらない。


 だが、とりあえず腹が減った。猫として味覚がどうなっているのか分からないが、ともかく食べ物を探さなければ。そう思い、ひょこひょこと猫の姿で草むらをかき分けながら進んでいく。


 すると、ほどなくして見つけたのは小さな虫のような生き物だった。緑色の甲殻があるテントウムシのようだが、大きさは俺の猫の体から見ても手のひらほどある。まるでミニモンスターか何かだろうか。


 「うわ……でかいな……」


 そんな風に引き気味になりながらも、「猫なら虫を食べることもあるのか?」という疑問が頭をよぎる。実際の猫は虫をちょっかいで追い回すことはあっても、食べるかどうかは微妙なところ。


 しかし、ほかに食料のあてもない。おそるおそる近寄っていくと、その虫がこちらに気づき、羽を震わせながらこちらを威嚇してきた。


 「こいつ……モンスターなのか?」


 虫の体が淡く光り、次の瞬間、小さな光弾がこちらに飛んできた。


 「にゃっ!」


 急いで飛びのく。猫の敏捷性はなかなか優秀だ。先ほどステータス画面に出ていた敏捷5という数値が役立っているのかもしれない。


 「すごい、体が軽い……!」


 人間だったときよりも素早く感じる。瞬発力もなかなかのものだ。相手が射程の短い光弾で攻撃してくるのなら、こちらが素早さを活かして懐に入り込み、爪で反撃すれば勝機があるかもしれない。


 俺は一気に距離を詰める。虫が焦って光弾を放とうとしたが、そこで俺の前足が虫の背にガツンとヒット。鋭い猫の爪が意外な破壊力を発揮し、パリッという甲殻の割れる音がした。


 緑色の体液が飛び散る。すかさずもう一撃。虫はゴロリと転がり、ピクリとも動かなくなった。


 「勝った……」


 ゲームのように何かメッセージが出るかと期待したが、特に変化はない。しいて言えば、画面の隅に【経験値+5】と表示されたくらいだ。


 そんなわけで、この虫らしきモンスターをとりあえず食べるしかない。匂いはそれほど悪くないが、だがやはり虫食は抵抗がある。


 「うっ……でも食わなきゃ死ぬ」


 意を決してかじりつくと、これが驚くべきことにそこまで不味くはなかった。半熟のエビやカニの味に近いような? 俺は気づけばむしゃむしゃと食べ進めている。


 「猫になったからか……なんというか、意外とイケるぞ」


 不安がやや和らいでいく。猫としての身体能力は十分あるようだ。となれば、このまま狩りをして経験値を溜めれば、なんとかやっていけるかもしれない。


 こうして俺は、異世界に猫として転生してすぐ、未知の虫型モンスターを狩り、その肉を食しながら生き延びる決意を固めた。


***


 虫モンスターを食したあと、体内にエネルギーが溜まっていくのを感じた。ステータス画面を意識すると、自分がわずかに強くなった感覚がある。

 試しにステータスを開いてみると、


 ――――――――――

 名称:なし

 種族:猫

 レベル:1

 経験値:5/10

 HP:10/10

 MP:5/5

 筋力:2

 敏捷:5

 知力:3

 魔力:3

 スキル:なし

 ――――――――――


 あと5ポイントでレベルアップらしい。ゲームで言えば一匹目の雑魚を倒して経験値を稼いだようなものだ。


 「もう一匹狩ればレベルが上がる……!」


 猫の体に生まれ変わったとはいえ、こうして数字が可視化されていると、自然と“レベル上げ”に意識が向いてしまう。少しの間、休憩してから次の獲物を探しに行くことにした。


 すると、少し移動した先で、似たような虫モンスターを二匹ほど見つけた。先ほどと同じように光弾を飛ばしてくるが、こちらはすでに対処法を学んでいる。素早く動き回って光弾を避け、相手が攻撃後の硬直状態のときに一撃を加える。


 爪でガリッと引っかいて、素早く離脱。また相手が攻撃しようとしたら一気に回り込む。人間だった頃にゲームで培った“相手の隙を突く”戦法が案外猫の状態でも通用する。何より、この体は動きやすい。


 気づけば二匹目、三匹目も倒していた。


 【経験値+10】


 続けて倒したことで、ついに経験値が15になった。そうするとまた画面に変化が現れる。


 【レベルアップ! レベルが2になりました】


 同時に、体内に熱い何かが駆け巡る感覚。筋肉がわずかに震え、世界が少しはっきり見えるようになった気がする。


 「これがレベルアップか……」


 改めてステータスを表示してみると、筋力や敏捷などが微増していた。それだけでなく、スキル欄に新たな表示がある。


 ――――――――――

 名称:なし

 種族:猫

 レベル:2

 HP:15/15

 MP:10/10

 筋力:3

 敏捷:6

 知力:4

 魔力:5

 スキル:『マナ感知(Lv1)』

 ――――――――――


 「マナ感知……?」


 どうやら魔力を察知するスキルのようだ。猫なのに魔法らしきものを扱うことができるのか? もしかしたら、これを利用して魔法を覚えられるかもしれない。


 試しに目を閉じ、意識を集中してみる。すると、空気の中に何か薄い霧のようなものが漂っている感覚を得た。心をこめてそれを集めようとすると、まるで手のひらですくうように周囲のマナが少しだけ集まり、猫の体内へと流れ込んでいく感覚がある。


 「おお……これはすごいな」


 人間のときには考えられないような不思議な感触だ。どうやら魔力というのは、この世界の空気や大地に満ちているエネルギーらしい。


 せっかく覚えたスキルだし、なんとかして魔法を使ってみたい。だが、魔法を発動するには詠唱や術式の知識が必要だとどこかで聞いたことがある。俺は前世でゲームや小説、漫画の知識をそれなりに蓄えていたが、実際の異世界で使えるかどうかはわからない。


 そんな疑問を抱きながらも、俺はマナ感知スキルを使い、意識的に魔力を自分の中へ取り込んでみた。すると、半透明のプレート画面のMP欄が微かに増えたように感じる。


 「なるほど……これで魔力を溜められるのか」


 狩りと魔力の収集を地道に続ければ、猫であっても強くなれるかもしれない。


 しかし、こんな広い草原で単独行動をしていては、いつか強力な魔物に遭遇するリスクもある。そもそも町や村、人間の存在なども確かめたい。


 「猫になってしまったけど……この世界の人間と接触することはできるのかな」


 懸念点は多いが、まずは自分が生き延びることが最優先。もう少し狩りを続けてレベルを上げ、魔法の手がかりを探してから、人間の文明を探す旅に出ても遅くはないだろう。


 こうして俺は、当面の目標を「狩りをしてレベルを上げ、最低限の戦闘力を手に入れる」と定め、猫としての狩猟本能をフルに活かしていくことにした。


***


 あれから数日が経過した。草原での生活は厳しい。夜になると気温がぐっと下がり、獣の遠吠えらしき声が聞こえることもある。俺が食料にしている虫モンスターも、ある程度狩って食べると近くから姿を消し、エリアを変えなければならない。


 猫の体は夜目が利くのはありがたいが、それでも寒さは堪える。幸い、毛皮のおかげで凍えるほどではない。


 それでもめげずに狩りを続けた結果、俺のレベルはすでに6になっていた。ステータス画面を見ると――


 ――――――――――

 名称:なし

 種族:猫

 レベル:6

 HP:30/30

 MP:25/25

 筋力:7

 敏捷:12

 知力:6

 魔力:10

 スキル:『マナ感知(Lv2)』『暗視(Lv1)』

 ――――――――――


 暗視スキルは、夜間の狩りを続けるうちに自然に獲得できたようだ。これがあるおかげで夜間の襲撃にも対応できている。


 さらに、少し前にはじめての“魔法”らしきものを感覚的に習得した。小さな火球を生み出す「ファイア・ボール」という、魔法の基本中の基本のような技だ。


 いきなり大魔法をぶっ放すわけにはいかないが、猫でも使えるという事実が俺を興奮させた。試しにファイア・ボールを撃つには、短いイメージの詠唱と魔力の集中が必要。詠唱といっても頭の中で「燃えろ、火よ!」と強くイメージして魔力を放出する感じだ。それだけで空中に小さな火の玉が現れ、数メートル先に飛んでいく。


 この火球の威力はそこまで高くないものの、虫モンスターや小動物なら十分に倒せる。肉弾戦だけでなく遠距離攻撃が可能になったのは大きなアドバンテージだ。


 狩りの幅が広がった俺は、これからどんな脅威が訪れてもなんとか乗り切れる確信を少しずつ得ていた。


 そんなある夕方、広い草原を歩き回っていると、視界の先に異様に大きな黒い影がうごめいているのが見えた。身体は四足で、山羊の角のようなものが二本、目は真っ赤に光っている。


 「あれは……獣型モンスターか?」


 この数日、虫と小型の爬虫類モンスターしか相手にしてこなかった俺にとって、それは明らかに危険度が高い存在に見えた。体格的にも俺の猫の姿と比べて圧倒的に大きい。下手したら一撃でやられるかもしれない。


 しかし、そう思って引き返そうとした矢先、その獣型モンスターがまるで俺の気配を察知したかのようにこちらを振り向き、唸り声を上げた。次の瞬間、驚くほどの速度で突進してくるではないか。


 「にゃっ!?」


 こちらも素早さには自信があるが、相手は一気に間合いを詰めてくる。俺はすかさず横へ飛び、避けると同時に魔力を集中させる。頭の中で「ファイア・ボール!」と唱え、口元から小さな火の玉を撃ち出した。


 火球は獣モンスターの横っ面をかすめる。その瞬間、獣が苦悶の声を上げ、こちらに血走った目を向けてくる。だが驚いたことに、火球の直撃により相手の体毛がわずかに焦げただけで、大きなダメージにはなっていないようだ。


 「硬い……!」


 獣は痛みの怒りに駆られたのか、再び突進。大きな角がこちらを狙ってくる。俺はギリギリで飛びのいたが、少しでもタイミングを間違えば即死だろう。


 「くそ……逃げたほうがいいか?」


 しかし、すでに全力で走っても振り切れるかどうか分からない距離まで詰められている。ならば応戦するしかない。


 俺は魔力をさらに集中させる。小さな火球ではダメージが通りにくいなら、より強い火力を込める必要がある。幸い、魔法の制御はこの数日である程度身についてきた。


 頭の中で火をイメージし、“より大きく、より熱い火球”を作り出すよう強く念じる。詠唱は簡単なもので足りるはずだが、強大な魔力を込めることで威力を上げる。


 すると、口元に先ほどよりも明らかに大きい火の玉が出現した。それをすかさず獣型モンスター目がけて放つ。


 「ファイア・ボール!!」


 火球は先ほどの倍ほどのサイズになり、空気を裂くように獣の胸元に命中。爆発音と共に炎が爆ぜ、獣が苦しげに声を上げて地面に倒れ込む。その体から煙が立ち昇った。


 「やったか……?」


 警戒しつつ近づくと、獣は息絶えているようだ。胸が大きく焼け焦げ、かなり深いダメージになっていた。


 視界の端に【経験値+50】という表示が出る。虫や小型の獣よりもはるかに多い経験値だ。どうやら強敵を倒せば、一気に成長できそうだ。


 「危なかった……」


 無理に強敵に挑むのはリスキーだ。次からは距離を保ちながら魔法で削る戦法を徹底したほうがいいだろう。


 倒した獣の肉は食えないこともなさそうだが、なんとも凶暴そうな外見をしているし、ちょっと尻込みする。しかし栄養を取るためなら仕方ない。俺はその肉をほんの少しだけ食べてみた。


 噛むと血の味が強く、あまり美味ではないが、タンパク質が豊富そうだ。食べ続けられなくもないが、虫のほうが味はまだマシかもしれない。


 いずれにせよ、この世界で生きるには、強いモンスターとの戦いは避けては通れないだろう。レベルを上げ、魔法を強化し、スキルを増やす。猫のままでも最強を目指すしかない。


 俺は決意を新たにし、さらに魔法の研究と狩りに励む日々を送ることにした。


***


 草原での狩りはそれなりに安定してきたが、そろそろ別の地域に移動しようと思い立った。理由はいくつかある。


 一つは、草原のモンスターがあらかた狩られてしまったこと。獲物を探すのに時間がかかるようになってきた。


 もう一つは、レベルアップに必要な経験値が増え、同じ相手ばかりでは効率が悪くなってきたこと。俺のレベルはすでに10に近づき、今やそこそこ強い猫になりつつある。


 ステータスを開くと、現在の状態はこうだ。


 ――――――――――

 名称:なし

 種族:猫

 レベル:9

 HP:50/50

 MP:40/40

 筋力:12

 敏捷:20

 知力:9

 魔力:18

 スキル:『マナ感知(Lv3)』『暗視(Lv1)』『小火球(ファイア・ボールLv2)』

 ――――――――――


 ファイア・ボールは使い込みによってレベルが上がり、威力や射程が強化されている。さらに、小さな光弾を作る「ライト・ショット」や、身体能力を向上させる「キャット・ブースト」などの低級魔法も独自に試行錯誤してみた結果、なんとか実用段階にこぎつけた。


 そんな中、俺が次の狩り場に選んだのは、草原から見渡せる範囲に広がる“巨大な森”だ。遠くから見ても木々が鬱蒼と生い茂り、様々なモンスターが潜んでいそうだ。


 「森の中にはきっと新しい獲物や強力な魔物がいるだろう。次のステップに進むにはちょうどいい」


 そう考えた俺は、猫の軽快な足取りで森へと入り込んだ。


 森の中は昼間でも薄暗く、地面には落ち葉や枯れ枝が積もっている。時折、奇妙な鳴き声や、視界の隅を動く小動物の影が見える。


 草原に比べて障害物が多く、視界が悪いが、猫の柔軟な身体を使って枝の上を移動できるのは大きな強みだ。高所から敵の位置を確認し、隙を見て攻撃するという立ち回りが期待できる。


 少し奥へ進んだところで、木の幹に張り付く大型のトカゲ型モンスターを見つけた。体長は俺よりもやや大きく、舌をチロチロとのばしている。


 「よし、一匹試してみるか」


 俺は高い木の枝からそっと距離を詰める。相手が気づかないように慎重に近づき、上方からファイア・ボールを放つ作戦だ。


 猫のステルス性能はなかなか優秀で、トカゲもこちらに気づく様子がない。絶好のタイミングで、魔力を込めた火球を上方から投下する。


 ズドン! 火球がトカゲの背中で弾け、炎が広がる。トカゲが苦悶の声を上げるが、体勢を立て直す前に俺は枝から飛びかかり、爪で仕留める。


 【経験値+30】


 「よし! やっぱり俺も強くなってるな」


 こうした狩りの効率が良いのが森の利点だろう。木の上を活用すれば、驚きのアドバンテージが得られる。


 トカゲの肉はどうだろうと少し食べてみるが、少々クセが強い。それでも栄養補給になるので、腹が減ったらこれもアリだ。


 さらに森の奥へ進んでいくと、小川が流れている場所を見つけた。水のせせらぎの音が心地よい。ここは水源が確保できるという点でありがたい。猫だから魚もワンチャン狙えるかもしれない。


 と思った矢先、水面を覗き込むと、そこには青い鱗をした大きな魚のようなモンスターが泳いでいた。口には鋭い歯が並んでおり、どう見てもただの魚ではない。


 「これは……凶暴そうだな」


 下手に飛び込めば逆に食われそうな気がする。だが狙えるなら遠距離から仕留めたい。猫が水に入るのを嫌がるのは本能的なものだが、火球を放って倒せれば、川魚(?)の肉を味わえるかもしれない。


 俺は川辺の草むらに身を隠し、魔力を集中させる。魚の頭上を狙い、大きめの火球を放つ。


 ボシュッ! 火球が水面を焼き、蒸気が立ちこめる。ただ、水に入ると火球の威力は大幅に減衰してしまうようだ。魚モンスターは驚いて跳ねるが、大ダメージを与えられた感じはない。


 「厄介だな……どう攻めるか」


 しばらく粘ってみたものの、水中にいる相手を火球で狙うのは効率が悪いと分かった。


 「無理やり釣り上げる方法はないかな……」


 そう考えていると、ふと足元を何かが通り過ぎた。小さなネズミ型のモンスターだ。捕まえてみると、キィキィという鳴き声を上げているが、あまり戦闘力はなさそう。


 「お前、利用できるかもしれないな」


 俺はそのネズミモンスターをくわえたまま川辺に戻り、魚モンスターの気を引くために、わざとネズミを水面に近づけてみる。すると、魚モンスターが鋭い歯をむき出しにして飛びかかってきた。


 「今だ!」


 魚が顔を水面から出した瞬間に、猫の敏捷性を活かして爪を叩き込む。魚は反撃する間もなく頭部をかち割られ、そのまま地面に引きずり上げられた。


 「よし、やった!」


 こうして手に入れた魚の肉は、意外にも淡白で美味だった。虫や獣の肉に飽きてきた俺としては、これはご馳走だ。しばし腹を満たしたあと、川の水で喉を潤す。


 このように、森には多種多様なモンスターや生物が存在し、狩猟の幅が格段に広がっている。俺はこの地でさらに力を蓄え、いずれは森を抜けた先にあるであろう文明圏へ向かう。そのときには、ただの猫で終わらない――圧倒的な力を身につけて、堂々とこの世界を闊歩してやる。


 そんな野心めいた思いを胸に、俺は森での生活を本格的にスタートさせた。


***


 森を探索していると、ところどころに広い空間が存在するのに気がついた。大きな木が切り倒されたような跡や、地面が抉れている場所がある。どうやらこの森には「森の主」と呼ばれる巨大な魔獣がいるらしいという噂を、以前虫モンスターを追っていたときに、他の動物モンスターの会話(?)らしきものから察した。


 普通、猫が動物モンスターの言葉を理解できるわけではないが、俺は異世界に転生したからか、魔法的な力なのか、ある程度の「意図」や「感情」を読み取れるようになっている。明確な言語というよりは、テレパシーのようなものだ。


 ある日、森の更に奥深くへ進むと、巨大な足跡を見つけた。深さは数十センチ、幅は俺の体の十倍以上もある。


 「こいつが森の主か……?」


 緊張感が走る。もし森の主と鉢合わせしてしまったら、まともに戦って勝てるのか。だが、俺は負けず嫌いであると同時に、強い相手に挑みたいという狩猟本能のようなものが芽生えていた。


 足跡を辿っていくと、やがて木々が大きくなぎ倒された場所に出る。そこには体長十メートルはあろうかという巨大な熊のようなモンスターがいた。漆黒の毛並みに、背中には青い文様が走っている。目は深紅に輝き、その爪は太い木をも容易くへし折りそうな鋭さ。


 「うわ……やばそう」


 見た瞬間、魂が震えるような恐怖を感じる。しかし同時に、あえてここでこいつを倒せたら、莫大な経験値が得られるだろうという考えが浮かぶ。


 森の主と思しき熊モンスターは、近くの巨木を一振りの腕で倒し、唸り声を上げている。まさに圧倒的な存在感。この世界で猫として生まれた俺が挑むには、あまりにも危険だろう。


 しかし、幸いまだ距離がある。先制攻撃を仕掛けるなら魔法でできるだけ削ってから、逃げ道を確保して追撃するしかない。


 俺は木陰に身を潜め、最大出力の火球を準備する。魔力をぐっと高めてファイア・ボールを形成。今なら従来より大きく、熱量も増した火球が放てるはずだ。


 「行くぞ……!」


 狙いを定め、巨大熊の背後から火球を発射。火の玉は空気を裂きながら一直線に飛び、熊の背に命中――しかし。


 「ガウッ……!」


 熊は驚きながらも、体をひねって火球の大半をそらした。直撃とはならず、毛が焦げただけで済んでいる。しかも、わずかなダメージに怒ったのか、低い唸り声を上げてこちらをにらみつけた。


 俺は鳥肌が立つような恐怖を感じた。だがここで怯んでは何も始まらない。すぐに逃げるか、あるいは攻めるか。


 熊がこちらを視認すると、一気に地面を蹴って突進してきた。大地が揺れるような衝撃。こちらも大急ぎで横に飛びのくが、その一撃で周囲の木々がへし折られ、凄まじい風圧が押し寄せてきた。


 「なんてパワーだ……!」


 まともに当たれば猫の体なんて瞬時に粉砕されるだろう。やはり分が悪すぎる。しかし、あらかじめ退路を考えていなかった俺の落ち度だ。一筋縄では逃げ切れない気配がする。


 「ならばもう少し魔法で削ってやる!」


 俺は連続して火球を放つ。ファイア・ボールに加え、空気中のマナをさらに集め、「ウィンド・カッター」の要領で小さな風の刃を飛ばす試作品の魔法も試してみる。まだ完成度は低いが、当たれば多少は削れるかもしれない。


 しかし、熊はその頑丈な体と驚異的な反射神経で、攻撃のほとんどを避けたり、耐えてしまう。時折、毛皮から青い光が漏れ、まるで魔力のバリアを展開しているかのようだ。


 これは強い……! まさに森の主と呼ぶにふさわしい相手だ。


 「くそ、やっぱり厳しいか……逃げるしかない!」


 そう決断した瞬間、熊が口を大きく開き、禍々しい気を放出した。その口から放たれたのは、濃紺のエネルギー弾。


 「うわっ!」


 俺は咄嗟に横へ飛び退くが、エネルギー弾は地面をえぐり、一瞬で大きな穴を開けた。破壊力がすさまじい。


 幸い、こちらはかすり傷程度で済んだが、次はないかもしれない。もう全力で逃げるしかないと判断し、木の上へ跳び、枝から枝へと移動する。


 熊はウワァァと咆哮を上げて追いかけてくるが、その体躯ゆえに細い木の間をすり抜けるのは難しい様子。かろうじて振り切れるだろうか。


 「ふぅ……危なかった」


 なんとか熊のテリトリーから離れた場所まで逃げ延び、木陰で息を整える。レベル9の猫がいくら頑張っても、あの熊の相手はまだまだ分不相応だったと痛感した。


 しかし、あれを倒せるようになれば……きっと俺はこの森で最強クラスになれる。そのためには、まだまだ修行とレベル上げが必要だ。


 俺の中で、新たな目標ができた。いつかあの森の主を倒す――その日まで、さらなる努力を惜しまず、狩りを続けようと心に誓った。


***


 森の主との初対峙を経て、俺はさらにレベルアップを重ね、ついにレベル15に到達していた。もう虫や雑魚モンスター程度なら一撃で倒せるくらいの力を身につけている。魔法のバリエーションも増え、「ファイア・ボール」「ウィンド・カッター」「ライト・ショット」「キャット・ブースト」などを組み合わせて戦闘をこなしている。


 だが一方で、猫の小さな体では限界も感じていた。魔力の総量や耐久力は、やはり元が小動物だけあって、人型モンスターや大型モンスターと比べると不利があるのは否めない。


 「この先、もっと強くなるにはどうしたらいい?」


 そんな悩みを抱えながら、俺は森の奥深くにある巨大な木の根元で休息をとっていた。そこは外敵も入りにくいようで、ある程度安全が確保できる隠れ家のような場所だ。


 そのとき、脳内にシステムメッセージのようなものが響いた。


 【一定以上のレベルに達しました。種族“猫”の上位種への進化条件が整いました。進化を行いますか?】


 「進化……!?」


 驚きつつも、これはまたとないチャンスかもしれない。もし進化すれば、猫のままよりも大きな体や強力な魔力を得られるかもしれない。


 画面を表示してみると、そこにはいくつかの進化ルートが提示されていた。


 ――――――――――

 進化可能な種族:

 1. マジックキャット:魔力特化型。体はやや大型化し、魔法適性が上昇する。

 2. ワイルドキャット:物理戦闘特化型。体躯が強化され、爪や牙が強力になる。

 3. シャドウキャット:隠密特化型。暗闇への適応や特殊行動に優れる。

 ――――――――――


 どの進化を選ぶかで、今後の戦闘スタイルが大きく変わりそうだ。


 「どれにしよう……」


 俺は散々悩んだ末、これまで魔法での遠距離攻撃を主軸としてきたこともあり、魔力特化型のマジックキャットを選択した。大型モンスターへの対抗策として、強力な魔法をより扱えるようになりたいという思いが強かったからだ。


 進化を決定すると、体が熱くなり、視界がぐにゃりと歪む。細胞の一つひとつが変化するかのような、不思議な感覚が走る。


 「うっ……ぅ……!」


 痛みと快感が同時に押し寄せ、思わず呻き声を上げるが、やがて感覚が落ち着くとともに、視界が明瞭になった。


 「これが……進化した姿?」


 見ると、俺の体は以前より一回り大きくなり、光沢のある黒い毛並みがより長く美しくなっている。足や尻尾も筋肉が引き締まった感じだ。視力や聴力も向上し、周囲の気配を鮮明に感じることができる。


 ステータスを確認すると、各種能力値が大きく上昇しており、特にMPと魔力が顕著に伸びているのが分かる。


 ――――――――――

 名称:なし

 種族:マジックキャット

 レベル:1(ただし進化後のレベル表記)

 HP:60/60

 MP:100/100

 筋力:20

 敏捷:25

 知力:15

 魔力:40

 スキル:『マナ感知(Lv4)』『暗視(Lv2)』『ファイア・ボール(Lv3)』『ウィンド・カッター(Lv2)』『ライト・ショット(Lv2)』『キャット・ブースト(Lv2)』

 ――――――――――


 進化によってレベル表記は再度1に戻っているが、実質的には格段にパワーアップしているのが分かる。それに伴い、今まで使ってきた魔法もレベルが底上げされ、威力と効率が良くなっているようだ。


 「これは……かなりすごいパワーアップじゃないか?」


 今なら、あの森の主との再戦も夢ではないかもしれない。むろん油断はできないが、火力とスピード、さらに魔力の総量が大幅に増えたことで、対抗手段は一気に広がったはずだ。


 「さっそく試し撃ちしてみよう」


 俺は森の開けた場所に移動し、思いきりファイア・ボールを放ってみる。すると、以前よりも大きな火の玉が生成され、速度もアップしている。木の幹に命中したときの爆発力は、目を疑うほどの威力。


 「これは……やばいな」


 自分でも驚くほどの破壊力に、思わず笑みがこぼれる。念のために“キャット・ブースト”を使ってみると、足腰のバネがさらに高まり、木々の間を驚異的なスピードで駆け回れるようになった。


 「よし、これならあの熊にも立ち向かえるかもしれない」


 意気揚々と、俺はかつての因縁の地へ足を向けた。森の主を倒せば、この森での最強格になれる。もしそれに成功すれば、次の目的地――きっと人間やエルフなど、異世界の知的種族が暮らす街へ向かう足がかりになるだろう。


 こうして俺は、新たな力を得てさらなる強敵に挑もうと決意を燃やすのだった。


***


 進化を遂げた俺は、森の奥まで意気揚々と進んでいった。目指すはもちろん、あの巨大熊――森の主である。前回はまったく歯が立たなかった相手だが、今の俺ならあるいは……という強い自信がある。


 森の主がテリトリーにしているエリアは、以前と変わらぬ荒涼とした雰囲気。倒された巨木や掘り返された地面が生々しく、その力の凄まじさを物語っている。


 「どこにいる……?」


 周囲を警戒しながら、マナ感知を働かせる。すると、不気味なほど強い魔力を持った存在を感じ取った。間違いない、あいつだ。


 視界に入った瞬間、再び背筋が凍るような殺気を感じる。あの巨躯、あの鋭い眼光、そして背中に走る青い文様――まさしく森の主。だが、今回は俺も怯まない。


 「ガオォォォ……!」


 熊が低い唸り声を上げると同時に、こちらを威嚇するように一瞬で突進してきた。そのスピードは前に見た時よりもさらに速い気がするが、俺も進化によって格段に敏捷性が上がっている。


 「キャット・ブースト!」


 自身にスキルをかけ、周囲の時間がゆっくりに感じられるほどの速度で熊の突進をかわす。地面に大きな爪痕が残るが、当たらなければ意味はない。


 すかさず背後からファイア・ボールを放つ。今の火球は従来よりも遥かに大きく、熊の毛皮を焦がす。大きく揺さぶられる熊の体。ダメージを与えている実感がある。


 「悪くない……!」


 しかし、熊も負けじと口を開き、濃紺のエネルギー弾を放つ。威力は相変わらず絶大で、かすっただけでも大木を吹き飛ばす衝撃を起こす。


 俺は地形を利用して木の陰に隠れながら遠距離攻撃を続ける。魔力は豊富になっているが、無駄撃ちするとすぐに尽きる可能性もある。効率的にダメージを与えなければ。


 「ウィンド・カッター!」


 鋭い風の刃を複数放ち、熊の四肢を狙う。体格が大きい分、熊はこれらを避け切れず、脚や脇腹に浅い切り傷を負う。血が滲むのが見えた。


 「いいぞ、効いてる……!」


 だが、熊はなおも怯まない。その凶暴性は増すばかりで、腕を振り回す一撃で木々をなぎ倒す。破片や土埃が舞い、視界が一瞬奪われる。


 「くっ……!」


 その隙を突いて熊が距離を詰め、前脚を振り下ろしてきた。俺は辛うじて横に飛び退くが、衝撃波で体が吹き飛ばされ、地面を転がる。


 「ぐぁ……痛っ……」


 HPが一気に削られた実感がある。油断すれば即死だ。


 それでも、俺は立ち上がる。マジックキャットになったおかげで、耐久力も上がっているのが救いだ。


 「まだ……やれる!」


 再びファイア・ボールを生成し、これまでで最大の魔力を込める。すると、火球はまるで火の鳥のように燃え上がり、空気を震わせるほどの熱量を放つ。


 熊は再び口を開き、エネルギー弾を放とうとしている。まさに力比べといったところだ。


 「これで終わりにしてやる……ファイア・ボール!!」


 俺の火球と、熊のエネルギー弾がぶつかり合い、激しい爆発を起こす。周囲の木々が熱と衝撃で大きく揺れ、落葉が舞い散る。


 視界に広がる炎と煙の中、俺は全力で後退し、爆風をやり過ごした。すると、煙の向こうで熊の姿が見える。さきほどまでの威圧感はかなり弱まっているようだ。


 「息が荒い……やったか?」


 熊は体中が焦げ、ところどころから血を流している。それでもなお殺気を放っているが、明らかに弱っているのが分かる。


 最後の一撃を加えるべく、俺はウィンド・カッターを連射。刃が熊の喉元を斬り裂き、ついに巨体がドサリと倒れ込む。


 「ハァ……ハァ……」


 俺も限界ぎりぎりだが、勝った――森の主は息絶えた。


 勝利の実感とともに、経験値の上昇を示すメッセージが視界を覆う。膨大な経験値が一気に流れ込み、レベルがガンガン上がる感覚。


 【レベルアップ! レベルが5になりました】


 【レベルアップ! レベルが6になりました】


 ……立て続けにメッセージが入り、最終的にレベル10まで一気に到達していた。魔法やスキルのレベルも上がり、新たな力が体に満ちてくる。


 「すごい……これが強敵を倒す旨味か」


 達成感と高揚感に包まれながら、俺は疲れ切った体を休めるため、周囲の様子を確認する。もう森の主に怯える必要はない。ここでゆっくり傷を癒やそう。


 「いつかは人間の街へ行こうと思っていたけど、これなら十分にやっていける自信がついた」


 俺は熊の亡骸を前にして、満足げに尻尾を振る。これからも俺はもっと強くなる――猫からマジックキャットへ進化し、さらなる高みを目指す異世界最強への道は、まだ始まったばかりだ。


***


 森の主を倒したあと、俺はしばらく森の中で余韻に浸っていた。だが、いつまでも森に籠っているわけにはいかない。この世界をもっと知りたいし、できれば人間社会にも興味がある。


 「よし、そろそろ森を出てみよう」


 そう決意し、森の外へと足を運ぶ。南の方角に進んでいくと、次第に樹木が少なくなり、やがて舗装……とまではいかないが、獣道のような通りやすい道が現れた。


 その道を進んでしばらくすると、遠くに木造の建物が何軒か見える。どうやら村か集落のようだ。


 俺は警戒しつつ、しかし好奇心を抑えられないまま近づいてみる。すると、畑を耕す人間や、見回りをする人間の姿がちらほらと見えるではないか。みんなごく普通の人間のように見える。


 「まさか、本当に人間が……」


 当たり前かもしれないが、こうして転生して初めて人間を目の当たりにし、妙に胸が高鳴る。自分もかつてはこういう姿だったのだと思うと、変な感覚だ。


 そのまま近づいていくと、警備らしき男がこちらを見つけて声をあげた。


 「おい、あそこに猫がいるぞ」


 「随分と立派な毛並みだな……迷い猫か?」


 農具を持った老人と警備の男が近づいてくる。俺は自分が危険視されていないと判断し、大人しく座り込んだ。


 「にゃーん」


 適当に猫らしい鳴き声を出してみる。すると、老人が目を細め、優しい表情で言った。


 「おやおや、かわいい猫じゃのう。どこから来たんじゃ?」


 「この辺りじゃあまり見ない色合いだな。しかも体が大きい……まさか魔獣じゃないよな?」


 警備の男が警戒するのも無理はない。俺は今やマジックキャットという、魔力を帯びた上位種だ。下手をすれば危険視されてもおかしくない。


 しかし、そこは猫のかわいらしさで乗り切れるかもしれない。俺はできる限り愛嬌を振りまき、ゴロゴロと喉を鳴らしてみせる。


 「はは、こいつは人懐っこいな。大丈夫そうだ」


 「この村に来た猫なら歓迎するよ。最近ネズミが増えて困ってたんだ。猫が住み着いてくれたら助かるぜ」


 どうやら俺はあっさりと受け入れられたらしい。とりあえず危害を加えてくる様子もないので、村へ足を踏み入れてみる。


 村の中は人間が十数人いる程度の小さな集落で、木造やレンガ造りの家がぽつぽつと建っている。畑や牧場もあり、鶏や牛の鳴き声が聞こえる。


 「ふむ、この世界の普通の暮らしはこんな感じなのか」


 かつての地球と比べると中世ヨーロッパ風の文化水準だろうか。電気やガスはないと思われるが、どこかのんびりしていて心が和む。


 しばらく歩き回ると、一人の少女が俺を見つけて興味津々の様子で近寄ってきた。


 「わぁ、黒猫さん! なんて綺麗な毛並みなの……」


 少女はまだ10歳前後か、優しい瞳をしている。俺は警戒されないよう静かに喉を鳴らし、近づいてみる。すると少女は嬉しそうに俺の背中を撫でた。


 「ふふっ、ふわふわ……こんな猫、初めて見たわ」


 人間に撫でられる感触は不思議と心地よい。前世では猫を飼ったことはなかったが、猫として撫でられるのがこんなに気持ちいいとは思わなかった。


 「ここに住むのかい? もしお腹が空いてたら、うちにミルクがあるわよ」


 少女はそう言って、自分の家まで俺を誘導してくれる。小さな家だが、清潔に保たれており、暖炉で火が焚かれている。


 少女の母親らしき女性が驚いた様子で「まあ、随分と大きな猫ね」と言いつつも、ミルクをお皿に注いで出してくれた。


 「遠慮せず飲んでちょうだい」


 「……にゃぁ」


 猫の体である今、ミルクの匂いはかなり食欲をそそられる。遠慮なく舐めてみると、豊かなコクがあり、とても美味しい。虫や獣の生肉とは全く違う味わいに、思わず幸せな気分に包まれる。


 少女も母親も、俺の姿にまったく警戒心を見せない。そうか、村人たちにとって猫は害獣駆除のありがたい動物ということかもしれない。


 「ここならしばらく安住の地になるかもな……」


 そう思いつつ、村の様子を観察する。平和な暮らしだが、遠くにある城壁のようなものや、武装した騎士の噂など、気になる話題も耳に入ってくる。どうやらこの国には王都や貴族の街が存在し、そこでは冒険者ギルドという組織があるらしい。


 「冒険者ギルドか……面白そうだな」


 もし可能なら、俺もそのギルドに関わりたい。猫のままではどう行動すればいいか分からないが、魔物を倒せばその素材を売るなどしてお金が得られるかもしれない。


 そんなことを考えていると、村の外が急に騒がしくなった。どうやら何者かがやって来たようだ。少女と母親も慌てて外に出ていく。


 俺も後を追うと、そこには2人の冒険者風の人間が立っていた。革の鎧を着た青年と、ローブを纏った女性。二人ともそれなりに装備が整っていて、冒険者ギルドの紋章らしきものを身につけている。


 「おい、ここで休ませてもらえないか? 近くの森で強力な魔獣が目撃されたって噂を聞いて、退治に向かったんだが……」


 青年が村人にそう声をかけている。ローブの女性は疲れ切っている様子だ。どうやら森の主が倒された現場を確認しに行ったのだろうか?


 「森の主は……何者かに倒されていた。とんでもない大魔法の痕跡があったけど、まさかもう狩られているなんて」


 女性が信じられないという面持ちでつぶやく。俺は内心ドキリとするが、もちろん知らないふりをしておく。


 「俺たちの手には負えない相手だと思ってたんだが……誰が仕留めたんだろうな。Aランク以上の実力者に違いない」


 青年も驚嘆した様子。こちらとしては、猫が倒したなんて誰も思うまい。


 「にゃーん」


 俺はとぼけて鳴いてみる。彼らにはただの猫にしか見えないだろう。今のところ、正体がバレるのは得策ではない。


 人間の社会もそれなりに物騒だということが分かったが、同時に「冒険者」という存在に強い興味を抱く。彼らと一緒にクエストに行けたら面白そうだ。だが、俺は猫の姿。どうやって関わればいいのか、それが今後の課題だ。


 ともあれ、この村で少し情報を集め、次の方針を考えよう。そう決めた俺は、まんまと人間たちに溶け込むべく、猫の愛らしい姿で新生活を始めるのだった。


***


 村に住み着いて数日が経つ。毎日ミルクをもらえるし、畑に出るネズミや小型のモンスターを狩っていれば、村人からも重宝される。まるで飼い猫のような優雅な生活が手に入った。


 しかし、俺の本質は“より強くなりたい”という闘争心にある。平和な猫ライフに満足するつもりはない。いつかはもっと大きな街へ行きたいと思うようになった。


 とはいえ、どうやって行く? 猫の姿のままギルドへ行っても、門前払いか、下手をすれば捕まって研究対象にされるかもしれない。


 そんなことを考えていると、冒険者の青年と女性が再び村にやって来た。今度はもう少し滞在して、近くのダンジョンに向かうらしい。どうやら依頼を受けてモンスター退治と素材集めをするのだとか。


 俺は彼らの会話を盗み聞きしつつ、頭の中で作戦を練る。この二人にこっそりついて行き、ダンジョンを探索できれば、さらに強いモンスターと戦えるし、経験値も稼げるかもしれない。


 「おい、猫ちゃん。そこ邪魔だぞ」


 青年が俺に気づき、軽く笑いながら言う。俺は慌てて道を譲る振りをしてついていく。女性は俺に興味を示しているようで、撫でようと手を伸ばしてくるが、少しだけ顔を近づけて匂いを嗅ぐフリをする。


 「すごい魔力の残滓がある気がするけど……気のせいかな」


 彼女はそう首をかしげるが、俺はとぼける。どうやら敏感な魔術師タイプのようだ。危うくバレそうになるが、今のところ怪しまれてはいない。


 翌朝、二人の冒険者は村を出発した。彼らが目指すのは、森をさらに抜けた先にある「廃坑ダンジョン」という場所らしい。


 俺は木陰で彼らを見送るフリをしつつ、遠巻きに追跡を開始する。猫のステルス能力と身軽さを活かし、こっそり後をつけるのだ。


 道中、冒険者たちは雑談をしながら歩いている。どうやら二人はパーティ仲間というよりは恋人同士のようにも見える。合間に甘い会話が混じっていて、なんとなく気恥ずかしい。


 2時間ほど歩くと、石造りの門のようなものが見えてきた。朽ちかけのアーチの下に洞窟が続き、中は暗くひんやりとしている。入口にダンジョンの看板が立てられ、冒険者ギルドの紋章もある。


 「ここが廃坑ダンジョンか……」


 青年が刀を抜き、女性が杖を構える。二人は慎重に進んでいく。俺は入り口付近の草むらに隠れ、彼らが入ったのを確認してから、ひそかに後を追うことにした。


 洞窟の中は薄暗いが、俺には暗視スキルがあるので問題ない。天井には所々に魔石ランプの残骸があり、冒険者が通った形跡も見受けられる。


 奥へ進むと、ところどころでコウモリ型やゴブリン型のモンスターが現れた。青年と女性は手慣れた様子で撃退している。レベルはそこそこ高そうだ。


 俺もこっそり背後からモンスターを狙おうとするが、目立った行動をとってはバレるかもしれない。途中、こぼれ落ちた魔石の欠片や素材らしきものを見つけても、簡単に拾うことはできない。


 「うーん、こうやってついて行くだけじゃ経験値も稼げないし、素材も手に入らないな……」


 とはいえ、先行してモンスターを倒せば絶対に怪しまれる。ここは慎重を期すべきか。


 ダンジョンをさらに奥へ進むと、朽ちた木材や錆びついたレールが見えてきた。かつては鉱石を運ぶトロッコが通っていたらしい。巨人の骨が転がっていたり、古い宝箱が朽ち果てていたり、不気味な光景が続く。


 その先で、冒険者の二人が足を止めた。どうやら奥の部屋に、やや強力なモンスターの気配があるらしい。緊張が走る。


 「行くぞ、リサ!」


 「ええ、ルーク!」


 二人が武器を構えて部屋に突入すると、そこには鎧をまとったアンデッドナイトが数体。赤い瞳を光らせ、錆びた剣を引きずりながら近寄ってくる。


 「ゴオォォ……!」


 不気味な声が響き、戦闘が始まる。青年ルークは刀でアンデッドの骨を砕き、女性リサは炎の魔法で焼き払う。手際がよく、なかなかの実力。


 一方、俺は陰から様子を見守る。さすがにこのレベルのモンスターなら、俺にも対処可能だが、下手に出て行くと二人に疑われる。


 「うん、やっぱりまともに冒険者と同行するには、人型の姿でもないと厳しいな……」


 猫のまま冒険者パーティの一員になれるかと思ったが、現実はそう甘くない。せいぜいマスコット程度の扱いだろう。


 彼らがアンデッドナイトを倒し、ドロップアイテムを回収しているとき、部屋の奥からさらなる気配を感じた。大型のアンデッドモンスターだろうか。


 予感は当たり、ガシャガシャという鎖の音とともに、漆黒の甲冑をまとった巨大な騎士が姿を現した。赤黒いオーラを放ち、圧倒的な殺気を漂わせている。


 「グラッ……ルゴォ……!」


 青年と女性は焦りの表情を浮かべる。これは想定外の強敵らしい。戦いが始まると、その騎士は高い魔力を操り、黒い斬撃波を放ってくる。二人は必死で回避するが、圧倒され始めた。


 「やばい……これは強すぎる……!」


 青年の腕にはすでに傷を負い、女性も魔力切れが近いようだ。ここで倒されれば、俺が救ってやってもいいが、思い切り人間に干渉するのもリスクがある。


 だが、放っておけば彼らは確実にやられる。俺は迷いながらも、心のどこかで「助けたい」という気持ちが芽生えていた。彼らは悪人ではなく、親しみやすい人間だ。


 「仕方ない……行くか!」


 決意した俺は、隠れていた場所から飛び出す。そして、強力な火球――ファイア・ボールを放った。


 ドゴォン! と爆発音が響き、黒甲冑の騎士が一瞬たじろぐ。その隙をついて、青年が刀を振り下ろし、女性が雷の魔法を放つ。だが、それでも相手はまだ健在だ。


 「畳み掛ける!」


 俺は更なる火球を連打し、騎士の防御を崩す。青年と女性も連携して剣と魔法で攻め立て、ついに騎士の甲冑を砕いた。


 「やった……か?」


 アンデッド騎士が崩れ落ち、燃え尽きる。残された魔石の輝きが消えていくのを確認し、俺たちはようやく安堵の息をついた。


 「まさか猫が助けてくれるなんて……!」


 女性が驚いた声を上げる。青年も「な、なんだこいつ……?」と困惑している。そりゃそうだろう。猫が強力な魔法を使ってアンデッド騎士を倒すなんて、常識ではありえない。


 「に、にゃーん……」


 俺はどう誤魔化そうか迷っていると、女性が鋭い視線を向けてきた。


 「あなた、もしかして人間……いえ、違うけど、少なくとも普通の猫じゃないわね。言葉はわかるの?」


 追及されるのは覚悟のうえだ。俺はしばらく黙った後、仕方なく小さく頷いてみせる。すると、女性の目がますます驚きに満ちる。


 「しゃ、喋ることはできないの……?」


 「にゃ……」


 言葉は出せないが、うなずいたり首を振ったりはできる。それだけでも、猫以上の知能を持っていることは伝わるだろう。


 「ふむ……これは興味深い……」


 女性は好奇心を示すが、青年は戸惑っている。


 「リサ、どうするんだ? こんな猫、見たことないぞ」


 「でも私たちを助けてくれたし、悪い存在ではなさそう。ギルドに報告したら、何かしら対応策が決まるかも」


 そう言って二人は俺を連れて、ダンジョンを後にする。人間と関わるのはリスクもあるが、逆に新たな道が開けるかもしれない。


 「まぁ、なるようになれ……」


 俺は腹をくくる。こうして奇妙な猫と冒険者の奇縁は始まり、俺の異世界生活は新たなステージへと進みだした。


***


 ダンジョンでアンデッド騎士を倒した一件は、あっという間にギルドの知るところとなった。青年ルークと女性リサが「強力な魔法を操る猫と出会った」と報告したからだ。


 ギルドの上層部は半信半疑だったらしいが、実際にルークとリサの話を聞き、俺が持つ魔力の痕跡を調べるうちに、どうやら事実らしいという結論に至った。


 正直なところ、普通であれば保護対象にするか、あるいは危険生物として捕獲を命じられる可能性もある。だが、俺はアンデッド騎士を退治してギルドにも貢献した形になっており、何よりルークとリサが「悪意のある存在ではない」と強く推したおかげで、事なきを得た。


 こうして俺は、正式に“ギルドの友好存在”として認められることになった。もっとも、ギルドカードを発行してもらえるわけではなく、あくまでも“保護対象の特殊生物”という扱いだ。


 しかし、ダンジョン潜りや魔物退治への参加は、ルークとリサのパーティに同行する形であれば許可されることになった。報酬は彼らが代わりに受け取り、後で俺に相応の食事や魔石を提供してくれるというシステムだ。


 「どうだ、猫……じゃなかった、なんて呼んだらいいんだ?」


 ルークは苦笑いしながら俺を見やる。確かに名前がないのは不便だ。


 リサが少し考えて、「漆黒の毛並みを持つから、“ノア”というのはどうかしら?」と言った。俺は軽く首をかしげるが、悪い気はしない。前世では人間としての名前があったが、今は猫として別の人生を歩んでいる。


 「にゃん(ノアでいいよ)」


 それを了解のサインと受け取ったリサは笑顔を浮かべる。「じゃあ、今日からあなたはノアよ。よろしくね」


 こうして俺は、冒険者パーティに“マスコット枠”として加わることになった。もっとも、その実力はマスコットどころか、既にパーティの主力と言ってもいいかもしれないが。


 ルークとリサは新たなクエストとして、大陸北部にあるドラゴンの棲む山域へ向かう準備を始めるという。ドラゴン討伐とまではいかないまでも、その周辺のモンスター退治や素材回収の依頼が絶えないのだ。


 「ドラゴンか……この世界にもやっぱりいるのか」


 俺は内心で闘志を燃やす。いずれドラゴンとも戦う時が来るかもしれない。そのためにも、さらに力をつけなければ。


 ギルドやパーティのメンバーと行動を共にすれば、より強いモンスターに挑戦し、よりレアな素材を手に入れる機会が増える。それは俺が“最強”を目指すうえで、この上ない足がかりとなるだろう。


 「ノア、行くわよ。装備や荷物を整えたら、明日にでも出発するからね」


 リサに呼ばれ、俺は気合いを入れて尻尾を立てる。


 人間たちと行動を共にすることで、俺の存在は徐々に世に知れ渡っていくだろう。最初はただの猫と侮られるかもしれない。しかし、いざ戦えば魔法でモンスターを一掃する“猫の英雄”として噂が広がる日も遠くはない。


 こうして、異世界に転生した猫・ノアの無双劇は幕を開けた。森の主を討ち、ダンジョンの強敵をも倒したその力は、今や誰にも止められない。


 ――俺はこの先も成長を続け、やがては世界最強の存在へと登り詰めるのかもしれない。ドラゴンであれ、魔王であれ、立ち塞がるすべてのモンスターを狩り尽くす……!


 遠くには、険しい山々がそびえ、雲の向こうに翼を広げるドラゴンの影が見える。新たな冒険の予感に胸を弾ませながら、俺は仲間たちと共に旅へと踏み出すのだった。


***


 かくして、異世界に猫として転生した主人公は、驚異的な戦闘力と魔力を発揮し、最強の道を邁進し始める。


 人間の社会に溶け込みながらも、その正体を知る者は少ない。猫ならではの可愛らしさで人々を魅了しつつ、いざ戦場に出れば圧倒的な魔法とスピードで無双する。


 森の主を討伐した実績が、じわじわと噂になり、ギルドの中でもノア(主人公)の名前を知る冒険者が増えるだろう。いつの日かドラゴンすらも屠り、魔王さえも打倒する“伝説の黒猫”として語り継がれる未来も、そう遠くはないのかもしれない……。

ここまで読んで、

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