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和田義盛という男

 鎌倉幕府の侍所の庭で、甘粕重兼と岩松時兼は少し間隔をおいて座らされていた。政所の正門で起こした喧嘩騒ぎについて、侍所別当の和田義盛の裁定を受けるためである。

 やがて、義盛が姿を見せた。

 (ひさし)に腰を降ろして二人を見下ろす。

「刀を抜いたのはどっちかな?」

「岩松殿です。拙者は抜いておりません」

 義盛の問いに、重兼が答えた。

 時兼が睨み付けてくるが、知らないふりをする。

 事実であるし、時兼なぞ庇う義理も義務も意思もない。

「岩松、まことか?」

「……間違いありませぬ」

「何故に?」

 義盛がさらに続ける。

「年長者である拙者を愚弄するような物言いをしたもので」

「重兼、そなたの言い分を聞こうか」

「侮辱するつもりはありませんでしたが、口のききかたに問題があったかもしれませぬ」

「……」

 義盛は腕組みをして考え込んだ。

 少しして、口を開く。

「傷を負った者はおるか?」

「おりませぬ」

「そうであるか」

 義盛はやや、安堵したような表情を見せた。

「岩松、どのような事を言われたのだ。申してみよ」

「それは……」

 時兼は口ごもった。

 原因が、目の前にいる義盛と北条義時が対立している事に絡む話題だったので、言いにくいらしい。

 しばらくしても時兼が口を開かないので、義盛は重兼に聞いた。

「お主、何を言った?」

「鎌倉について、何も知らないのかと言われたので、知っていると答えただけです」

「まことか?」

「相違ありません」

 重兼はそう答えた。

 本当は、鎌倉で北条義時と義盛が対立しているのを知らないのか、と聞かれたのだが、そこまで詳しくは話さない。

 あと、時兼をからかうような事を言ったことも話さない。

 それによって、時兼が無思慮な行動をとったと思わせる、原因が時兼にあると印象づけるのが狙いなのだ。

 別に嘘をついているわけではない。

 説明不足なだけである。

「むぅ……」

 義盛が黙りこむ。

 そこへ、義盛の家人がやってきた。

左衛門尉様(さえもんのじょうさま)。将軍御所より使いの者が参りました。至急御所まで来るようにとの事です」

「実朝様が?」

 義盛は驚き、そして少し迷った。

 将軍の実朝が自分を呼び出すとは、何かあったのは間違いない。

 しかし、今は裁定の最中だ。

 中断させるのはちょっと躊躇ってしまう。

 しかし、実朝に対する忠誠心がためらいを搔き消す。

「岩松時兼は、所領に戻れ。おって沙汰があるまで鎌倉に出仕する事を禁ずる。甘粕重兼は岩松時兼の番役を負担せよ。以上だ」

 義盛はそれだけ言うと席を立った。

 主君、実朝のもとへ行く為に。



 義盛が去って、しばらくして時兼が立ち上がった。

 重兼や他の者には目もくれず、足早に去って行く。

 続いて、重兼が立ち上がる。

 裁定には満足していた。

 どちらかというと時兼の方が重い処分であっけど、所領没収などではなかったので、大きな遺恨は残らないだろう。

 これまで散々嫌がらせをされた仕返しとしては、充分だろう。

 すっきりした気持ちで、重兼は持ち場に戻る事ができた。


 将軍御所に着くと、警護の武士達が声をかけてきた。

「下馬のうえ、名乗っていただきたい」

「こちらは我が主、侍所別当の和田左衛門尉義盛様である。将軍のお召しにより参上した次第にござる」

 馬を降りる義盛に替わって家人が答える。

「将軍に義盛が参ったと伝えよ」

「はっ!」

 武士達が義盛に一礼して、そのうちの一人が足早に御所へ入っていく。

 やがて、近習の者がやってきた。

「将軍様がお待ちです。こちらへ」

 家人には、ここで待つよう伝えると義盛は実朝の待つ場所に向かった。


 そこは、普段は将軍出席のうえで評定を行う部屋なのだが、滅多に使われない。

 問題の殆どが、政所や門注所で処理されてしまうし、将軍が裁定するような重大な案件はここ最近起きてはいない。

 そこで将軍実朝が着座して待っていた。

「これはこれは将軍。お待たせして申し訳ございません」

「構わぬ。私こそ、忙しいそなたを呼び出した事を詫びねばならぬ」

「恐縮にございます」

 慌てて実朝の正面に着座する。

「して、何用でございましょう」

「うむ、実は……」

 実朝は、北条義時が義盛の解任を求めてきた事を話した。

 そして、それを却下した事も。

(来たか……)

 そう思った。

 義時が、政所だけでなく侍所をも掌握しようとしているのは義盛も気づいていた。

 それによって、幕府そのものを支配しようとしている事もだ。

 そんな事は断じて認められない。

「実朝様、義時めを政所別当から解任できませぬか?」

「できぬ。正当な理由がない」

 それともう一つ。

 実朝は口にしなかったが、母、政子の存在があった。

 弟の義時をたいした理由もなく解任するなど、政子が許す筈がない。

 義盛も、その事は知っていた。

 このような場合、実朝の父、頼朝ならば躊躇う事なく義時を罰していただろうが、頼朝にあった冷徹さが実朝にはない。

 それが実朝の長所なのかも知れないが……。

「承知しました」

 そして、少し考えてから意見を述べる。

「今度の件はこれで終わりにしていただきたく思います」

「義時に何もせずに良いのか?」

「構いませぬ」

 これは義時の挑発であり、下手に反応すると、義時がどんな風に動くか義盛には見当がつかないし、実朝にどんな影響があるかわからない。

 実朝に気苦労や迷惑をかけたくなかった。

「将軍の御代に、いかなる乱も起こすわけにはまいりませぬ。そのためならばこの義盛、いかなる事にも耐えてみせましょう」

「義盛……」

 実朝は、感激の表情になった。

「そちこち真の忠臣である。これからも頼りにさせてもらうぞ」

「御意にございます」

 深々と一礼した後、義盛は退出した。

 実朝への揺るぎない忠誠を抱いて。














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