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三代将軍 源実朝

 鎌倉幕府、将軍御所にて。

 征夷大将軍、源実朝は不愉快な思いを必死に隠そうとしていた。

 政所別当の北条義時が、重要な用件であると言って面会を求めてきたのだ。

 実朝にとって義時は母の弟、叔父なのだが、

 どうしても好きになれない人間であった。

 義時の言動からは、「幕府の事は私に任せておきなさい。お前は何もしなくていいんだよ?余計なことを考えるなよ?」と言わんばかりの思惑が感じられるのだ。

(これは正しかった)

 それでも、将軍としての役目は果たさねばならない。

相模守(さがみのかみ)、何用であるか」

 目の前で平伏している北条義時に声をかける。

 その言葉は、主君が配下にかける物であって肉親の情など全く含まれていない。

「ご多忙にもかかわらず、拝謁をお許しいただき有り難く存じます」

 顔を上げた義時の表情には、武家の棟梁たる将軍に対する敬意など少しも感じられなかった。

 世話のやける駄々っ子を相手にしている大人。

 そんな感じだった。

「用件を述べよ、そなたの言う通り私は忙しいのだ」

 これは皮肉である。

 幕府に持ち込まれる問題のほとんどは、所領絡みの訴訟や犯罪に対する対応策の決断と実行であって、政所や門注所、侍所で処理されてしまう。

 よほど重大な案件でない限り、将軍である実朝が関わる事はない。

 そして何よりも、将軍に仕事をさせないようにしている人物が北条義時なのだ。

 おかげで、将軍のする事と言えば、寺社仏閣を参拝する事、流鏑馬を見物するといった儀式めいた行為ばかりである。

「左様でございますな。和歌や蹴鞠(けまり)でお忙しいでしょうからな」

 義時も皮肉で応酬した。

 武家の棟梁たる将軍がそのような事で良いのか。

 そう言いたいのだろう。

 これには実朝も反論出来ない。

 確かに実朝は、流鏑馬よりも和歌や蹴鞠のほうが好きである。

 これは、伝え聞く京都の華やかな文化に憧れているからだ。

 それに、将軍といってもお飾りでしかないので、やることなど無い。

 それならば、京都、朝廷との関係を強化してより高い官職を得たほうが権威を高める事につながるはずだ。

 朝廷、公家社会とのつながりを強める為に和歌、蹴鞠にいそしみ、その道の師範を京都から招聘する。

 それによって貴族とのパイプを複数作る。

 それを昇進に役立てる。

 それが実朝の狙いなのだ。

 しかし、その事を義時なぞに話す気は無い。

 どうせ、邪魔するだろうから。

「用件を言え」

「侍所別当の件でございます」

「和田義盛がどうかしたのか?」

 実朝が真剣な表情になる。

 和田義盛は、自分に対して心底から敬意を払い、忠誠を尽くしてくれる数少ない御家人である。

 御家人の殆どが実朝を親の七光にすがる、頼りないお飾り将軍としか見ないが、彼は本当に忠実な御家人である。

 そんな義盛を、実朝は心底から信頼していた。

「解任した方が良いと思われます」

「何だと!?」

 冗談としか思えないが、それにしても酷すぎるとしか言いようがない。

 和田義盛は、父の頼朝が挙兵した時から仕えてきた宿将であり、一時期を除いてずっと侍所別当を勤めてきた功臣なのだ。

 それを解任するとなると、他の御家人達にどんな影響を及ぼすかわからないし、実朝が信頼出来る人間を遠ざける事につながる。

「理由は?理由はあるのか?」

「ございます」

 動揺する実朝とは対照的に、義時が冷静に答える。

「御家人の統制ができておりません。誰もが義盛殿を侮り、職務をないがしろにしている有り様です」

「……根拠は」

「つい先程、政所の門で大番役の御家人が刃傷騒ぎを起こしました。義盛殿の統制が行き届いておるなら、そのような事はおこらぬと思われますが」

 どう反論すべきか。

 元々、政所や侍所、門注所といった幕府の役所は将軍御所にあったのだが、父頼朝の頃に、「門注所での訴訟で起こる口論がうるさくて仕事にならない」という苦情が頻発して、それぞれが別の場所に移転したのだ。

 それによって大番役、警護をつとめる御家人を増員する羽目になり、それ以前に比べて騒ぎが増える事になってしまった。

 それでも、そのような場合は侍所別当が裁定して処分を下すのが通例であり、解任は大げさだろう。

「和田義盛に知らせて処分を決めさせよ。あと、御家人達の規律を引き締めるように伝えるように。解任は認めぬ。」

 実朝は、義時の反論を予想して精一杯の威厳を込めて言った。

 それに対し義時は

「承知いたしました」

 あっさり聞き入れて、頭を下げた。

 以外な反応だった。

 実朝は、義時がネチネチと理屈を並べ立てて自分を言いくるめようとするだろうと思っていたのだが、拍子抜けだった。

「それでは、それがしはこれで失礼させて頂きます」

「うむ」

 義時は退出した。



 実朝は考えこんでいた。

 義時が義盛と対立しており、義盛を蹴落とそうとしているのは実朝も知っている。

 それだけに、あっさり引き下がったのが納得出来ない。

 もう少し、しつこく言ってもおかしくないはずだ。

「将軍」

 近侍の武士が声をかけてきた。

 彼もまた、義時の言動に困惑しているようだ。

「……義盛を呼べ」

 考えるだけでは何も変わらない。

 とりあえず、義盛にこの事を伝えて注意を促そう。そう思った。



 政所に戻る途上で、義時は今後の展開について思考していた。

 義盛解任が却下されるのは予想していた。

 別に構わない。

 重要なのは、それが義盛に伝わる事である。

 この事が義盛の耳に入ったらどうなるか。

 あの男のことだ。すぐに行動を起こすだろう。

いくつか予想は出来る。

 実朝に自分の解任を求める?

 理由がないし、仮に実朝が承知しても実行するのは難しいはずだ。

 実朝の母である政子が認めるわけがない。

 姉である政子と義時は、幕府の内部で北条家の勢力を増大させる事で、方針は一致している。

 実朝はその政子に頭が上がらないのだ。

 母の意向を無視して叔父である義時を解任するなど、実朝には無理だろう。

「北条義時を討つ」

 和田義盛がその名目で挙兵する。

 それが義時にとって一番望ましい。

 和田一族を滅ぼせば侍所を掌握出来るし、

 和田一族の所領も手に入る。

(さて、義盛めはどうするかな)

 義時はすでに、自分が手にする勝利と栄誉を疑ってはいなかった。









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