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動き出す陰謀

 新田党が帰ったあと、北条義時は自分の部屋に戻って思案していた。

(義盛めが動き始めたか)

 予想外ではない。

 想定内である。

 父、時政を追放した頃から義時は、政所と侍所の別当を兼任しようと考えていた。

 周囲は自分を執権とみなしているが、する事と言えば将軍を補佐する事であり、朝廷における摂政関白のような立場である。

 現将軍の実朝が若年であり、お飾りでしかない今は良いが、近い将来、自分の理念に沿って権力を行使するようになるかもしれない。

 そうなると、今度は自分がお飾りの立場に追いやられる可能性が出てくる。

 政所と侍所、内政と軍事を取り仕切る二つの部署を掌握しておけば、幕府を牛耳る事ができる。

 幕府の頂点に立つ。

 それこそが義時の究極の目的なのだ。

 そのためには、和田義盛は邪魔であり排除しなければならない存在だ。

 そのために、義時は様々な裏工作をおこなってきたが、最近になって義盛はそれに気づいたらしく、色々と動いている。

 もっとも、それは御家人達に幕府と将軍に対する忠誠を尽くす事を呼びかけると言う、義時からすればアホらしいものだ。

 おそらく彼は、自分こそが幕府の真の忠臣であり、実朝や自分の側に立ってこそ幕府の御家人と言える。本気でそう思っているのだろう。

 それだけで自分の地位を守る事ができるとも。

 笑止である。

 義時に言わせれば、初代将軍の頼朝ならともかく、義盛や実朝などに幕府を、武士によるこの日本のもう一つの朝廷とも言える組織を任せる事など出来ない。

 幕府は、御家人の統制や国内の治安維持、御家人同士の対立の調停、訴訟の受理およびその解決、そして(これが一番重大である)朝廷対策、というより駆け引きをこなさなくてはならない。

 それらの事を、槍働きしか能のない義盛にはできる筈もない。

 源頼朝と言う男には、それができたのだ。

 義時は、頼朝が伊豆の流人だった頃から知っている。

 冷酷で猜疑心が強く、自分勝手。

 人として良い部分が何一つ無い人間だった。

 その頼朝に、北条時政が義時の姉、政子を嫁がせて縁戚関係を結んだのだ。

 時政は、河内源氏の嫡流である頼朝と縁戚になっておけば、何か良いことがあるかも知れない。そんな考えを持っていたらしい。

 そして、それが大当たりしたのだ。

 時政の婿となった頼朝はその後、治承・寿永の乱を勝ち抜き鎌倉幕府を設立、伊豆国の小豪族に過ぎなかった北条家にとって、とてつもない奇貨となった。

 その頼朝が武家の頂点に立つまで義時はずっと側にいて、彼のやり方を見て、学んだ。

 いかにして、対立者や将来の禍根となりそうな者を排除するかを。

 頼朝が死んだ後、義時はその学習の成果を存分に活かした。

 ほぼ自滅に等しい梶原景時を除き、比企能員と畠山重忠を滅ぼし、しかもその過程で二代将軍頼家、信濃源氏の有力者平賀朝雅とその舅である父時政をも排除した。(父時政はさすがに殺さずに、伊豆に追放した)

 あとは、和田義盛を消してしまえば自分が幕府を支配できる。

 将軍である実朝は生かしておく。

 叔父である立場を利用して、朝廷の関白のように振る舞う為には、実朝の存在は必要であるし、実朝の母である姉の政子に配慮しなければならない。

 甥を利用して、幕府の実権を握る。

 それが義時の狙いである。

「こちらも動くとするか」

 そう呟くと、義時は立ち上がった。

 これから将軍御所に向かい、実朝に和田義盛を侍所別当から解任するよう訴えるためだ。

 もちろん理由が必要だが、そんなのはどうにでもでっち上げれば良い。

 そう考えていると、正門の辺りでなにやら騒ぎが起きているのが聞こえた。

(幸先が良い)

 笑みを浮かべつつ、義時は正門に向かった。



 甘粕重兼は、不快な気分だった。

 今日の割り当ては、日中の政所の警護なのだが、よりによって岩松時兼と担当する事になったのだ。

(なんでこいつと)

 それで、出来る限り顔を合わせないようにしてたのだが、正門のところで鉢合わせしてしまったのだ。

(最悪だ)

 そう思っていると、早速、こっちの事などお構い無しに話しかけてきた。

(あーあ、きたきた)

「何故、義盛殿の言った事を正直に話したのです?」

「えっ?」

 意外だった。

 いつものように上から目線の自慢話でもするかと思っていたのだが、予想は外れた。

「あんな事を言えば、義時殿が義盛殿にますますよからぬ感情を持つかも知れんのに」

「……」

 そして、いつものように上から目線の表情を見せる。

「あっ、もしかしたら義盛殿と義時殿の仲が悪くなっているとは知らなかったのですかな?」

「そのくらい存じてますよ」

「えっ?」

 重兼の答えに、時兼は驚きの表情をみせた。

 本当である。

 額戸経義からすでに聴いているので、言われるまでもない。

 それに、最近の重兼は時兼に対して優越感を覚えるようになっていた。

 自分は歴史を、これから起こる事を知っているが時兼は知らない。

 これからの人生で直面する様々な状況で、それは絶対的に有利だ。

 その事に気づいたのだ。

 それを、表に出さないようにしてきたのだが、表情は出てしまったらしい。

「何を笑っている!?」

 時兼の声と表情が険しくなった。

「別に笑ってなどいないですよ」

「とぼけるな!」

 これまで下にみてきた重兼の態度が以前と変わったのが気に入らないのか、やたらと突っかかってくる。

(からかってやるか)

 そう思って、わざとおどけた口調で話す事にした。

「そんな大声を出すと、周りが迷惑するのではありませんかな?お体にも障りますよ」

「……」

 たいした挑発ではない。

 重兼はそう思っていた。

 しかし、反応は凄かった。

 時兼は刀を抜いて、斬りかかってきたのだ。

「なっ……」

 咄嗟に飛び退いてかわしたが、本当に際どいタイミングだった。

「何をする!」

「黙れ若造!」

 重兼は唖然とした。

(こいつ、こんなにキレやすい奴だったのか?)

 自分も刀を抜こうと思ったが、さすがに躊躇ってしまう。

 真剣に刀で斬りあった事が無いので、勝つ自信が無いし、たとえ勝ったとしても、この状況では罪に問われるのがオチである。

(まずい……)

 すると、騒ぎを聞いたのか、何人かの武士が駆けつけてきた。

「何をしておる!」

「いや、実は」

 説明しようとする重兼の声を、時兼の怒声が消した。

「こやつの無礼、我慢ならん!」

 無礼というほどでもなかったと思うが、言っても聞きそうにない。

「岩松殿、控えられよ!」

「やかましい!」

 周りの制止も耳に入らないようだ。

 隙を見て、一人の武士が時兼を羽交い締めにして止めた。

 甘粕や岩松の郎党ではなく、北条の郎党のようだった。

「場所をわきまえられよ!」

「放さぬか!」

 重兼はもちろん、他の者もその男の手助けをしたいのだが、時兼が刀を振り回しているので近寄る事が出来ない。

 もう、こっちも抜くしかない。

 そう考えていると、

「何をしておる」

 声が響く。

 皆が振り向くと、冷たい表情の北条義時が立っていた。

「義時様!」

「相模守様(義時の官職)」

 その場にいた誰もが片膝をつく。

 激昂していた時兼も刀を放り出して膝をつく。

「何の騒ぎだ?」

 義時は、時兼を抑えていた武士に顔を向けた。

 やはり、その男は彼の家人らしい。

「はっ、岩松殿がいきなり甘粕殿に斬りかかったので、皆で取り抑えようとしておった次第です」

「まことか?」

「……」

「まことにございます。ただ、時兼殿とのつまらない口論がきっかけであり、どなたも手傷を負いませんでしたので、あまり騒ぎにしたくはありません。義時様には寛大な処置をお願い致したく存じます」

 言葉がない時兼より先に、重兼が口を開く。

 そうすることにより、私は時兼を庇おうとしてますよー、とアピールするのと、すべての責任は時兼にありますということにする。

 それが狙いである。

「わかった。とりあえず岩松も甘粕も宿所に戻れ。おって沙汰を伝える」

 重兼の思惑など気にする事なく、それだけ言って義時は立ち去った。

 あとに残された者達で、まず、義時の家人が最初に立ち上がり口を開いた。

「甘粕殿、岩松殿はお帰り願いたい。他の者は持ち場に戻られよ」

 その言葉で、それぞれが立ち去って行く。

 岩松時兼も、刀を鞘に納めて去った。

 重兼も、時兼と少し時間差をおいてその場を去った。

 あまり大事にはならなさそうだ。

 そう思いながら。



 しかし、重兼はもちろん、誰もが気づいてはいなかった。

 立ち去る時の義時の顔に笑みが浮かんでいたのを。


















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