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近づく終局

 北条泰時は、少しずつ戦の流れが自軍の方に傾きつつあるのを感じていた。

 きっかけは、先刻の土屋義清の討ち死にだった。

 彼は一軍の将らしく、馬に乗って先頭を駆けていたのだが、そのせいで逆に目立ってしまい、狙い撃ちされたようだ。

 彼の死によって、一部の兵が動揺しているのが見て取れた。

 おそらくは土屋党の兵だろう。

(馬を降りてよかったのかも知れぬ)

 内心ほっとした。

 もし、この状況で自分が義清のようになったら自軍は崩壊し、敵は将軍実朝や父義時のいる法花堂になだれ込んでいただろう。

 そう思うと、自分の決断が間違っていなかったと確信できた。

 そこへ、さらなる朗報が飛び込んできた。

 一人の武士が駆け込んで告げた。

「千葉成胤殿の勢が到着しました!」

 意外だった。

 千葉党は相模国の東部からやって来る敵勢を防ぐ為に、鎌倉の北東の六浦道を守っていたはずだが。

 間もなく、千葉成胤が泰時のもとにやって来た。

「間に合ったようですな、泰時殿。 これより加勢いたす」

「有り難い、成胤殿。 しかし、何故ここに? 貴殿は六浦道を守っていたはずでは?」

「いや、万が一に備えて物見をこちらに置いていたのだが、貴殿が劣勢だと知らせがあったので駆けつけた次第でござる」

「助かった。 まさに地獄に仏でござる。 これで我等の勝ちが見えてきました!」

「礼はあとでたっぷりしていただこう。 今は敵を蹴散らすのが先決ですな」

「いかにも」

 泰時は配下の兵を鼓舞するべく、自分の手勢に向き直った。

「者ども、怯むな! 千葉成胤殿の軍勢が駆けつけたぞ!!」

 泰時の声に、歓声が応えた。

 意気上がる北条軍と対照的に、和田軍は全体が動揺し始めた。

 敵勢が増えただけでなく、武将がまた一人討ち死にしたのだ。

 どうしても士気は低下してしまう。

 それでも名のある武士達は、必死に部下達を叱咤する。

「臆するな! まだ戦いはこれからぞ!」

「数は我等が勝っておる。 敵を押し潰せ!」

「千葉、北条の首を取れ!」

 様々な怒声が上がる。

 その中で、一際若い声が上がった。

「和田の強者、怯むな! 和田経氏はここにある。 我が後に続け!」

 泰時の目に、若い騎馬武者が見えた。

 和田経氏。

 和田義盛の次男、義氏の長男である。

 義氏の姿が見えない事から、父とは別行動を取っているのだろう。

 後方の味方に呼びかけるのに夢中で、前方の泰時達に注意が向いてないようだ。

(隙あり)

 泰時は弓に矢をつがえた。

 経氏を討ち取れば、敵はより動揺するだろう。

 上手くいけば士気崩壊を起こすかも知れない。

 慎重に、経氏の後頭部に狙いをつける。

 が、泰時が矢を放つ前に経氏が落馬した。

 周りの兵が駆け寄る。

「何だ?」

 泰時の疑問に答えるかのように、声が響き渡った。

「上野国の住人、新田大炊助義重の四代の後裔新田政義! 和田経氏を一矢で仕留めたり!」

 歓声と感嘆の声が上がった。



 政義は、歓喜を通り越して恍惚に近い気分を味わっていた。

 政義の新田党は、屋根から降りて建物の隙間から敵を狙い撃ちにしているのだが、政義は主戦場になっている鶴岡八幡宮の前を見渡せる場所に移動していたのが幸いした。

 和田経氏が味方を励ます為に、後ろを向いた時を狙って矢を放つと、見事に喉元に命中したのだ。

 あれは生きているなどあり得ない。

 はっきり確信できた。

 弟に続いて自分も二つ目の兜首を挙げたのだ。

 武士としての面目を大いに施しただけでなく、抜群の勲功と言うべきだろう。

 これで戦後の恩賞は、所領の加増や官職の獲得は約束されたようなものだ。

(重兼の言う事を聞いてよかった)

 心底からそう思った。

 弟の献策で、産業の振興による収益の増大のみならず、的確な時勢の判断によって新田家は大きく飛躍しようとしている。

 家祖義重以来、幕府から冷遇されてきた歴史が変わろうとしているのだ。

 しかし、それはこの戦いに勝って、生き残ればの話だ。

 まだ戦いは続いており、勝敗の帰趨は定かではない。

 しかし、政義の戦意は昂ぶっている。

(勝ち残ってみせる)

 政義は次の獲物を探しながら再び矢をつがえた。



 兄の討ち取りの名乗りの声は、重兼にも聞こえていた。

「やったか……」

 呟きに、称賛がこもる。

 政義はどうやら、自分と同じように騎馬武者を狙って仕留めたらしい。

 しかも、それが和田一族に連なる者だったのだから敵味方に与える影響は大きいはずだ。

(負けてはいられない!)

 重兼は戦いの興奮、熱狂に身を委ねて次なる戦果を求める事にした。

 しかしそれによって、自分が敵を仕留めている。

 つまり、人を殺しているという事を完全に忘れ去っていた。

 それを自覚する事もなく、重兼は叫んだ。

「皆の者、騎馬の敵を狙え!! 兜首を挙げる好機だぞ!!」


 その頃、和田勢の背後から攻撃を企図していた三浦義村の別働隊は動きを止めていた。

 小町大路から若宮大路に入った途端、敵勢に遭遇したのだ。

 横山時兼率いる横山党の主力である。

「しまった……」

 その数はざっと見たところ、三浦党の倍はいる。

 義村は貧乏籤を引いた(或いは引かされた)事を知った。

 だが、このまま逃げるわけにはいかない。 

「放て!!」

 棟梁の号令とともに、三浦党の陣から無数の矢が放たれる。

 ほぼ同時に敵陣からも矢が飛んでくる。

 双方の何人かが矢に当たって倒れた。

 しかし、このままだと数の差で負けてしまうのは目に見えている。

「退け、退け!」

 義村は後退を命じた。

「義村様。 退くって何処へ!?」

 近くにいた郎従が不安そうに聞いてくる。

「釈迦堂切通しの方だ! 急げ!」

 若宮大路の南端を東西に走る大町小路を東に行くと、八雲神社がある。

 その東側を東北に向かう小路があって、それが釈迦堂切通しだ。

 義村はそこへ退くように命じているのだ。

「しかし、あそこは……」

「いいから退け! 理由は生きていたら教えてやる!」

 相手の反論を許さずに命ずる義村に、兵達は従った。

 三浦党は退却し始めた。


 義村には、郎従が何を言いたいのか分かっていた。

 釈迦堂切通しは山あいの入り組んだ小路で、逃走には不向きなのだ。

 しかし、伏兵を配置するにはもってこいの場所であり、その事は敵だって知っているはずだ。

 それ故に、追撃を緩めるかも知れない。

 義村はそこに賭けたのである。

 やがて、横山党は追撃を打ち切った。

 義村は賭けに勝った。

 そう思い、安堵のため息をついた。



 若宮大路の西を並走する武蔵大路では、武田信光率いる武田党が和田勢と交戦していた。

 和田勢の将は、義盛の次男義氏、四男義直と5男義重だった。

 その下の弟達、六男の義信、七男秀盛は未だ立ち直れない父、義盛の側についている。

「手強いな……」

 義氏が呟く。

 数では互角のようだが、若干敵の方が押しているように見える。

 さすがは精強で知られる甲斐の兵、と言ったところだろうか。

 だが、感心している場合ではない。

 義氏達が率いる別働隊の目的は、この武蔵大路に少しでも多くの敵兵を引きつけて、敵の主力を減らすことであり、そのためには目前の武田党を圧倒しなければならない。

 しかし、現実はそれを許してはくれないようだ。

 配下の兵達も奮戦しているが、状況は一向に好転しない。

 その時、焦り始めた義氏のもとに一人の兵が駆けつけて告げた。

「義氏様。 御子息の経氏様が討ち死にとの事!」

「何だと!?」

 義氏は、愕然とした。

 息子を兄、常盛の指揮下に入れたのは、兵力の少ない別働隊にいるより安全だという親としての心遣いからだったのだが、無駄だったというのだろうか。

 だが、今は父義盛のように打ちのめされている場合ではない。

 動揺しているであろう本隊の兵を激励しなければならない。

「お前達、ここは任せた。 私は兄上の応援に行く」

「心得た!」

「兄者、頼みます」

 弟達にこの場を任せて、義氏は手勢を率いて若宮大路に向かった。

 だが、これは間違いだった。

 ただでさえ押され気味の部隊から、少数とはいえ兵を引き抜いてしまったのだから。

 しかし、今の義氏達にそれに気づく余裕はなかった。

(経氏……)

 義氏は悲しみを堪えて若宮大路へと馬を走らせた。



 しばらくして、武蔵大路に響いた声は義氏の耳に入らなかった。

「伊具盛重、和田義直を討ち取ったり!」


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