重兼、敵将を射る。
怒号、悲鳴、馬の嘶き、剣戟の音が響く。
泰時率いる北条方の本隊と、和田勢の戦いは激戦になっていた。
泰時勢の陣地の前には盾が並べられて、突撃に対する備えにしていたが、あっさり突破されてしまった。
こうなるともう、弓は使えない。
(まずい……)
泰時はそう思わずにいられなかった。
父、義時の作戦は次のような物だった。
まず、政所のある若宮大路の辺りに泰時の本隊が陣を敷き、そこに敵勢を引きつけ食い止める。
その隙に、いくつかの別働隊に敵の側面、背後を突かせると言うものだ。
兵力を分散させるのは危険ではないか、泰時の指摘に義時は、「とにかく持ち堪えるのだ。 時間を稼ぐ事に専心せよ」と答えた。
何らかの策があるらしい。
もしかしたら、新たな増援のあてがあるのかも知れないが、敵だって同じだろう。
それに今の時点で誤算が生じている。
敵は、全兵力を泰時勢に差し向けたようなのだ。
若宮大路が大兵力を展開させるには手狭といえど、これほどの兵力をぶつけられたら、数の力で押しつぶされるのは時間の問題だろう。
もっと深刻なのは、三浦義村に任せた側面からの攻撃が弱すぎるのだ。
数百騎でするならともかく、数十騎程度でしているとしか思えないくらい矢数が少ない。
敵の数を少しは減らすことは出来るが、勢いを削ぐには足りなすぎる。
(義村殿。 まさか裏切ったか?)
そんな思いががこみあげてくる。
しかし、すぐに泰時は考えるのをやめた。
敵兵が襲いかかってきて、それどころではなくなったのである。
「その首、もらった!」
「ほざけ!」
数回刀で打ち合ったあと、泰時は相手を切り捨てた。
だが、それで終わりではない。
敵は次々に襲いかかってくる。
泰時は、下馬していたことを後悔し始めた。
馬に乗っていたら目立って狙い撃ちされると思ったので下馬して指揮を執っていたのだが、間違いだったかも知れない。
馬に乗っていたら逃げやすかったのに。
そう思えてきた。
しかし、この時の泰時は知るはずもないが、この決断は正しかったのである。
その頃、甘粕重兼も泰時と全く同じ事を考えていた。
(まずい……)
和田勢の攻撃は、さながら洪水のようだった。
先鋒は怒涛の勢いで今まさに、泰時勢を飲み込もうとしている。
(数が少なすぎる!)
重兼は、手勢を自分達、狙撃部隊に回さなかった三浦義村を呪った。
三浦党の一部を新田、結城両党につけてくれれば、側面からの攻撃はより効果的になったのに。
そう思わずにいられない。
しかも、敵勢の一部が両側面に矛先を向け始めたので、その応戦にも兵を割かねばならなくなったので、矢を射掛けているのは重兼を含めて数人という有様だ。
「ひいっ!」
悲鳴と共に誰かが屋根から落ちた。
郎従が突き落とした敵かと思ったが、違った。
それは、新田党の郎従だった。
「なっ……」
見ると、敵兵が屋根によじ登ろうとしているではないか。
そいつが味方を突き落としたのだろう。
そして、そいつの目が真っ直ぐ自分を見ている。
驚きと恐怖で、重兼はパニックになった。
戦いがもたらす興奮で注意力が落ちているのか、周りの状況にまるで気づかなかったのだ。
刀で斬りつければ良いのに、弓矢を向けたのだ。
しかし、重兼が射るより早く、その兵の背中に矢が突き刺さり゙、そのまま下に落ちて行く。
どうやら、道の反対側から射られたらしい。
目を上げると、道の向こうの家の上にいる兵が一人、こちらに向かって大きく手を振っている。
彼が助けてくれたようだ。
『早く逃げろ』
そう言いたいらしい。
横からも、兄、政義の声が飛んで来た。
「重兼。 ここはもう駄目だ! 一旦引くぞ!」
見ると、政義は弓を射るのを止めて、屋根に登ろうとする敵兵を太刀で、必死に薙ぎ払っている。
「重兼様。 早く逃げましょう!」
周りの郎従も叫んでいる。
彼等も敵兵を屋根に上がらせまいとしているが、押しきられるのも時間の問題だろう。
(逃げるか)
そう思ったが、一瞬躊躇った。
今、このまま逃げれば敵は全兵力を正面の泰時勢に差し向けるだろう。
もしそうなって、万が一泰時が討ち取られたり゙すると、味方が総崩れになりかねない。
背後から敵を挟撃するはずの別働隊も、一向に現れない。
(何か、手を打たないと)
下手をすると、負けてしまう。
戦局を有利に変える手が必要だ。
(どうする?)
本隊の方を見ると乱戦状態になっており、しかも押されている。
早くなんとかしないと、壊滅しかねない。
その時、重兼はふと気づいた。
敵の真っ只中で、馬上で指揮しているらしい敵将が何人かいるのを。
あれを射落としたら、敵味方の士気が変わるかも知れない。
(やってやる!)
重兼は矢をつがえると、向かって右側の騎馬武者に狙いをつけて放った。
「あと一押しだ! あと一押しで敵は崩れるぞ!」
和田常盛は声を張り上げて味方を励ました。
その言葉通り、もう一押しで泰時の陣は突破できそうだった。
敵の本隊を潰して士気を高め、戦局を有利に変える。
その後、敵の首魁たる北条義時を討つ。
その策の成就する時が近づいていた。
(勝てる!)
そう確信した時、常盛の耳にうめき声のような音が聞こえた。
顔を向けると、常盛の右にいた土屋義清の後頭部に矢が突き刺さっていた。
「義清殿!?」
慌てて馬を近づけると、義清は無言で、馬上で前のめりに倒れた。
「義清殿!!」
もう一度声をかけるが、返事がない。
よく見ると、兜のしころを貫いた矢が、首に刺さっていた。
彼は、その一撃で命を奪われてしまったのだ。
「……」
常盛はただ、呆然とするしかなかった。
頼もしい味方が、かくもあっけなく死んだのが信じられなかったのだ。
その時、北条方から声が上がった。
「土屋義清が死んだぞ!!」
乱戦の喧騒の中にあっても、その声ははっきりと響き渡りった。
そして、その声は重兼の耳にも届いたのである。
その声によって重兼は、自分が射たのが誰なのかを知った。
(俺が討ったのは、土屋義清だったのか!?)
望外の幸運だった。
馬に乗っていたので名のある武士だとは思ったが、
まさか、土屋義清だとは思わなかった。
「やった……」
思わず声が出た。
敵の中でもかなり有力な武将を討ち取ったのだ。
敵味方の士気への影響は大きいだろう。
この戦果を、より多くの者に知らせるべきだ。
重兼は思い切り怒鳴った。
「上野国の住人、甘粕重兼! 土屋義清を一本の矢で見事討ち取ったぞ!!」
一瞬、沈黙があった。
そして、北条方から爆発的な歓声が上がった。
その首、




