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鎌倉の激闘

 鎌倉市街の中心を南北に貫く若宮大路。

 鶴岡八幡宮の前から由比ヶ浜まで一直線に作られたこの道を、大軍が駆け抜けていた。

 先頭を騎馬で駆けるのは、和田常盛と土屋義清、古郡保忠(ふるごおりやすただ)の三騎である。

 目標は八幡宮前に陣取る北条方の主力である。

 横山党などの増援を得た今、将軍の身柄の確保などと言うまだるっこしい策など使わずに、数の力で敵を押し潰す事にしたのだ。

 まず、北条勢を潰す。

 その後で、裏切った三浦義村を討つ。

 そうすれば大義無き敵方は、空中分解するだろう。

 それが意気消沈している父、義盛に代わって指揮を執る常盛の狙いだ。

 ほとんどの御家人はうすうす気づいているはずだ。

 この戦いは、北条義時が和田一族を討つ為に始めた私戦である事を。

 北条についた武士達は『北条の方が家格が高いから』とか、『北条についた方が有利だ』などと思っているからだろう。

 特に三浦義村などは。

 ならば、敵方の中心たる北条義時、もしくはその一族を討てば、戦力的には勿論、心理面でも大打撃を与える事が出来る。

 いささか大雑把であるが、ある意味和田一族らしい作戦にもとづき和田勢は行動を開始した。

「かかれ!!」

 常盛は叫ぶと同時に馬に拍車を入れた。

 怒号が飛び、常盛配下の兵は突撃を開始した。


「来たぞ!」

 守り手の将である北条泰時が警告を発すると同時に、兵達が一斉に弓に矢をつがえる。

 それを確認してから泰時は敵勢に目をやった。

 土煙を上げながら、敵が突っ込んでくる。

 先頭にいるのは和田常盛と土屋義清。

 あとの一人は確か、古郡保忠とか言う御家人で、甲斐に所領を持っている武士だ。

(意外に敵は多いかも知れんな)

 和田一族の人脈に少し感心しながら泰時は命じた。

「放て!」

 同時に無数の矢が敵に向かって飛んで、前列の数人が餌食となって倒れた。

 だが、致命傷にならなかった者達は突進を止めない。

 何人かは刀や薙刀で矢を撃ち落として前進してくる。

 無事だった者に、常盛達、三人の武将も含まれている。

 彼等は犠牲を気にする風もなく突っ込んでくる。

 側面には目もくれない。

 頭にあるのは、目の前にいる我等を叩き潰す事だけのようだ。

(義村殿、頼みますぞ)

 泰時は心の中で、いまいち好感を持てない人物に呼びかけた。


 和田勢に、再び矢が振り注ぐ。

 だが、それは前方からではなく、側面からだった。

 警告の声が飛んだ。

「気をつけろ! 両脇の民家に、敵がいるぞ!」


 重兼達は、住人が避難して無人となった家の屋根の上から矢を射掛けていた。

 道路の反対側の民家には、結城朝光の手勢が潜んでいて、重兼達新田党と同じように矢を射ている。

 これは、両家が指揮下に入る事になった、三浦義村の指示によるものだった。

 新田党は少数、結城党は壊滅状態なので、正面から敵にあたるのは危険だというのが理由なのだが、重兼はいまいち納得がいかなかった。

 三浦党の兵が、この場にいないのだ。

 いくら建物を遮蔽物に使ったとしても、敵勢が襲いかかってきたらひとたまりもないだろう。

(義村は我々を使い捨てにする気か?)

 そんな思いを捨てきれない。

 何しろ、三浦義村という人間が信用できない。

 今日、史実では鎌倉幕府前期に起きた事件のいくつかに黒幕ではないかと指摘される男に重兼は初めて会ったが、印象は良くなかった。

 史実を知っているせいかもしれないが、とにかく胡散臭いように感じた。

 今回の件も、自分達の犠牲など考慮していないのではないか、そんな風に思えた。

 しかし、今は戦いの真っ最中だ。

 余計な考えは頭から追い出して、矢を射る事に専念した。

 重兼の矢で、敵が一人倒れた。

 幸いかもしれないが、目の前で倒れる、もしくは死ぬ訳ではないので刀で斬るよりかは罪悪感が湧かない。

 それには少しほっとした。



 この時の重兼は、戦いの中に長時間居続けた事で思考が麻痺していたのかもしれない。

 刀で斬るのも矢で射るのも、結果は同じだという事に気づかなかったのだから。

 しかし、三浦義村が自分達を捨て駒にする気ではないかという予想は、的中していた。



 その頃、三浦義村は配下の三浦党と波多野家の手勢を率いて若宮大路の東を並行する小町大路を南下していた。

 主力が和田勢を引きつけている間に、その背後に回り込んで攪乱するか、上手くいけば挟み撃ちにするのが狙いだ。

 義村は、新田や結城などに期待はしてはいなかった。

 数が少ないので、あっという間に捻り潰されるだろう。

 せいぜい時間を稼ぐ程度の事しか出来ないはずだ。

 しかし、それでもいないよりはましだ。

 我等は奴等が稼いだ時間を有効に利用して、この戦いにおいて決定的な役割を果たす。

 和田勢の突撃を喰らった北条の主力は、かなりの損害を蒙るだろう。

 攻撃を凌いだとしても、敵を殲滅するのは難しいはずだ。

 そこで、三浦党が決着をつける。

 そして、その軍功を土台にして北条の上に立ち、戦後の幕府内における主導権を握るのだ。

 その為に、他の武士団を犠牲にするのを躊躇う必要はない。

 下野国の大豪族である小山家の分家である結城家はともかく、弱小御家人の新田など気にかけてはいられない。

 この戦いで三浦家は、目障りな和田一族を潰し、弱小御家人共を踏み台にして、北条や足利を超える存在になるのだ。

(関東の武士達を支配するのは我が三浦だよ)

 義村は心中で呟いた。

 故右大将(源頼朝のこと)との縁戚というだけでのし上がった北条や足利は、武家の頂点に立つのに相応しくない。

 桓武平氏の血を引く我等、三浦こそが相応しい。

 心底からそう思っていた。



「敵が左右から攻撃してくるだと?」

 常盛は苦々しげに呟いた。

 北条らしい小癪なやり口だ。

 しかし、よく見ると矢の数が少ない。

 おそらくは、配置された伏兵は少数なのだろう。

 今のところ、損害は大きくないように思えた。

(やるか)

 常盛は決心した。

 自分達は罠にはまった。

 ならば、その罠を無力化してしまえば良い。

「怯むな! 突撃せい! 敵の懐に飛び込んで乱戦に持ちこめ!」

 常盛の号令に従い、兵達は北条方の陣地に突入した。


「いかん! 射るのを止めよ!」

 新田政義は慌てて制止した。

 郎従達は迅速に従ったので、同士討ちは避ける事ができた。

 和田勢の行動は、政義の予想を完全に裏切っていた。

 少数とはいえ両脇から奇襲を受けたのだから、少しは動きが鈍るか、混乱するかだろうと思っていたのだが、敵は気にする風もなく、そのまま北条の陣地へ突っ込んで行ったのだ。

 事前に三浦義村から、反撃されたならばすぐに逃げても良いと言われていたが、こうなるとは思っていなかった。

 今、出来る事は後方の敵に矢を射掛けるくらいしか出来ない。

 敵勢の先鋒は、既に味方と乱戦になっている。

(まずいかもしれん……)

 政義は、悪い予感がした。










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