和田合戦二日目。両軍の戦闘準備。
五月三日の朝、北条義時は新たな味方を出迎えていた。
「義時殿。この千葉成胤、手勢四百をもってお味方つかまつる。 是非、参陣を認めていただきたい」
「異論などあるはずもない。 成胤殿。 心より歓迎いたす。 貴殿の祖父、常胤殿以来の幕府に対する忠節こそ、真に御家人の鑑にござる」
「恐縮です」
深々と一礼する成胤に対し、義時も頭を下げて感謝の意を伝える。
しかし、内心では失望していた。
千葉一族の宗家は、下総国と上総国に多くの所領を持つ有力御家人である。
東北に所領を持つ分家のを入れると、その所領は莫大と言って良い。
もう少し、多くの兵を連れて来ると思ったのだが、四百とはいささか期待はずれだった。
北条家は、所領の数では千葉家に負けている訳ではないが、所領が日本のあちこちに分散しているのだ。
それ故に『いざ鎌倉』という時に大兵力を集めるとなると、どうしても時間がかかる。
今回もそのせいで義時が動員した兵力は、家格や地位からすると少ない四百、千葉成胤と同数である。
鎌倉からほど近い房総半島に拠点を置き、所領が多い千葉家には期待していたのだが……。
義時は頭の中で計算した。
まず、自分と千葉が四百。
武田家が三百。
三浦党と足利が二百。
あと、昨日の戦いには投入されなかったが、佐々木義清率いる百五十騎と源頼茂の百騎。
他に、結城朝光が百五十騎を率いていたが、つい先程壊滅したので当てには出来ない。
あと、新田党の十騎。
その他の弱小御家人達を含めると、現時点の味方の兵力は二千前後といったところだろうか。
敵方は、先日は百五十騎程度だったはずだが、横山党の合流によって二千以上になったらしいので、兵力ではほぼ互角だろう。
できれば、昨日の内に決着をつけたかった。
そう思ってしまう。
しかし、それが出来なかったのは理由があった。
鎌倉市街で戦いが行なわれているので、民家が邪魔で兵力を思うように動かせなかったのだ。
今、民家を壊したり焼かせているので少しは状況は改善されるだろうが、それは向こうも同じだ。
(勝てるだろうか……)
どうしても不安がこみあげてくる。
だが、義時はすぐにそれを打ち消した。
こっちには切り札がある。
それを使えば味方の兵力を増やして勝利するのは容易いはずだ。
その頃、和田義盛方に新たな援軍が加わっていた。
「常盛殿。 遅参お詫び申し上げる。 大庭景兼、参陣いたした」
「遅くなどありませんぞ大庭殿。 よくぞ参られた。 参陣心から感謝いたす」
常盛は新たな味方とがっちりと握手する。
大庭景兼。
相模国の大庭御厨を拠点とする御家人であり、父の景義は源頼朝の父である源義朝の代から河内源氏に仕えた鎌倉幕府の宿老である。
その、幕府の宿老の息子であるという立場ゆえに、幕府内で急速に地位を向上させただけでなく、伊豆国のみならず相模国の武士達を支配下におこうとする北条義時に強い反感を抱き、和田義盛方についたのだ。
「今日こそあの、成り上がり者の北条に思い知らせてやりましょうぞ!」
「勿論です」
常盛は笑顔で頷く。
景兼だけでなく、北条家の台頭を不快に思う武士は相模国と上野国に多い。
これらの国は源義朝、そしてその父である源為義の代から河内源氏に縁のある武士が多い国なのだ。
特に義朝は相模の武士達と主従関係を結び、それが頼朝の挙兵時に大きく役立った。
「あと、中村、曽我の者達もこちらに向かっておるはず。 常盛殿。 彼等の到着を待ちますか?」
景兼の問いに、常盛は少し考えた。
そして、答えを出した。
「いや。 いたずらに時間をかけると向こうも兵力を増やすやも知れません。 あと一刻ほどしたら攻撃を仕掛けましょう。 それまで、兵を休ませておいてください」
「心得た!」
自軍のもとへ戻って行く景兼を見送って、常盛は自分の中で闘志と勝利の予感がこみあげてくるのを感じた。
その頃、新田党は当主の政義が弟と話し合っていた。
「あまり前に出るな、と言うのか?」
「いかにも」
怪訝そうに聞いてくる兄に向かって、重兼は真剣に、そして声をひそめて答えた。
「昨日の合戦で、我等はそれなりの武功を挙げました。 それによって敵方からつけ狙われるかも知れません。 兄者、我等は十騎しかおらぬのです。 そんな事になったら全滅ですぞ」
「……もう少し、兵を連れてこればよかったな」
これには重兼も同意見だった。
しかし、新田宗家単独で手柄を挙げる為に、分家の連中に秘密で行動したのがまずかった。
彼等に悟られぬように、少しの兵しか連れて来なかったのだから、自業自得である。
しかし、後悔しても始まらない。
今は戦の最中だ。
何らかの手をうたねばならない。
「今さら悔やんでも遅いか……。 よし、今日はあまり出しゃばらないで後方に下がっておこう」
「そうして下され」
政義は弟の提案を受け入れた。
そして、北条義時に話しをつけるべく歩いていく。
一人になって、重兼は安堵のため息をついた。
全滅を避けたいと言うのは本当である。
しかし、もう一つ理由があった。
もう戦うのは、殺したり殺されたりするのが嫌だったからだ。
史実通り事が進めばこの戦いは北条方が勝つ。
そうなれば、兜首を二つ挙げた新田家に他よりも少し多めに恩賞が出るだろう。
ましてや、そのうちの一つはあの、朝比奈義秀の首なのだから。
少しぐらいサボっても影響はないだろう。
そう思えた。
(二、三ヶ所は土地が貰えるかな)
そんな事を考えていると、政義が戻って来た。
「どうでした?」
「聞き入れてもらえたよ。 結城家の連中と共に三浦党の下で戦うようにとの事だ」
「それはよかった」
これで今回は、これ以上戦わずにすむ。
他家の連中が決着をつけるのを待てばいいのだ。
重兼はもう一度安堵のため息をついた。
いささか虫の良い考えをしている重兼とは関係無しに、事態は動き始める。
戦の始まりを告げる鏑矢が飛び、和田合戦の二日目が始まった。




