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武家の都、鎌倉の闇

このエピソードから、北条義時が本格的に登場します。

ただ、かなり悪党に描きますので、ファンのかたには申し訳なく思っております。

ご了承ください。

 承元(じょうげん)三年の二月。

 冬のさなかであっても鎌倉は賑わっていた。

 源頼朝がこの地に幕府を開いて以来、武家の館や寺院、商店や民家が建ち並ぶ一大都市として急速に発展を遂げた鎌倉は、今や京都に並ぶ規模になっていた。

 ただし、京都の華やかさというか、雅な雰囲気はあまりなく、無骨な雰囲気が満ちている。

 しかし、一般庶民の会話、商人の客引きの声などで溢れており、武家の都、鎌倉を活気で充たしている。

 その鎌倉に、重兼たち新田一族、新田党の武士達がやって来ていた。

 幕府の御家人に課せられた義務である、鎌倉大番役のためである。

 仕事の内容は、一月の間、将軍御所や政所の警備、鎌倉内の治安維持に従事する事である。

 大番役にはもう一つ、京都大番役があるが、これは大体二十年に一度くらいの割合で順番が回ってくる。

 これは、八年ほど前に一度やっているので、しばらくは新田家の出番はないだろう。

「相変わらず凄い賑わいだな」

 新田党の代表、惣領の政義が感心したように呟く。

「全くですな。前に来た時よりも、人が増えたかもしれません」

 これは岩松時兼。

 鎌倉の繁栄ぶりに圧倒されたのか、いつものような嫌みったらしい言葉が全く出てこない。

 この街を見てしまうと、新田荘がどれほどド田舎なのかを思い知らされてしまう。

「凄いな……」

 重兼も、そう呟く。

 令和からこの時代にやって来て、初めての鎌倉.

 あの時代の大都市とは比べ物になりはしないが、紛れもなく鎌倉はこの時代における日本有数、そして関東随一の都市だった。

 圧倒されている一行に、世良田氏の当主である義季(よしすえ)が声をかけた。

「感心している場合ではないぞ。早く、侍所に行かねば」

「……そうであった」

 その言葉で我に帰った政義に促されて、一行は侍所に向かった。

 御家人の統制や動員を担当する部署である侍所の別当、和田義盛に到着した事を報告して

 指示を仰がなくてはならない。


 侍所に着いた一行は、和田義盛の居る庭に案内されて、惣領の政義を最前列に据える形で着座して別当である義盛に対し、深々と一礼する。

「新田党、ただいま到着いたしました」

左衛門尉(さえもんのじょう)(和田義盛)殿におかれましては、ご機嫌麗しゅう」

 政義に続けて、勝手に挨拶の言葉を述べた時兼に向けて、何人かが険しい視線を向ける。

 このような場でこのように振る舞う事で、

 自分は一門の惣領である政義と対等なのだとアピールしたいのだろう。

(本当に嫌な奴だな……)

 新田と額戸、そして重兼配下の甘粕の郎党は不快感を丸出しにしている。

 それに対して、岩松や世良田の郎党は涼しい顔をしている。

 里見義成(さとみよしなり)とその郎党は、戸惑いの表情を浮かべている。

 新田一族における主流派、反主流派、そして中立派がはっきりと分かる光景だった。

 一瞬、嫌なムードが漂いかける。

 しかし、それを和田義盛の迫力ある声が吹き飛ばした。

「遠路、ご苦労である。宿直の割り当ては担当の者に伝えさせる故、宿場にて待つように。それまで休んで、旅の疲れをとるが良い」

 何気無い言葉ではあるが、義盛が口にすると、重みが感じられる。

 源頼朝の挙兵に参加して、その信任を得て侍所の別当に任じられた鎌倉幕府の宿将。

 年齢は六十を越えているが、勇猛さに溢れる顔つきに老いはみられない。

「承知いたしました」

 一礼して、全員が退出しようとすると

「待て!」

 義盛に呼び止められた。

「良いか、くれぐれも幕府に、将軍に対する忠勤を怠るでないぞ?御家人の責務は()()に忠誠を尽くす事だ。忘れるでないぞ?」

「はあ」

 政義が、少し、間のぬけた返事をする。

 そんな事は、言われるまでもないのだが。

 そんな風に思っているのだろう。

 しかし、重兼は知っている。

 目の前にいるこの老将が数年後、北条義時を相手に和田合戦という戦いを起こし、敗北する事を。

 強戸経義も言っていたように、今、和田義盛と北条義時は対立しているのだ。

 戦になった時に備えて、少しでも味方を増やしたいのかも知れない。

 彼は、将来自分が将軍を担ぎだして義時と戦うつもりなので、そのときは味方につけ、そう言いたいのかも知れない。

 しかし、(味方になる事はできません)

 重兼は、そう心の中で呟く。

 史実では、新田家は和田合戦に参加していない。

 重兼はそれを変えるつもりでいる。

 和田合戦には参加する。

 ただし、北条方としてだ。

 そこで手柄を挙げて、新田家の家格を向上させるのだ。

 勿論、そんな考えは口には出さず、重兼は周りの人間と共に退出した。


 そのあと、新田党は政所に向かった。

 今度は、政所別当の北条義時に到着の挨拶をするためである。


「新田党、大番役のために、ただいま参上いたしました」

「うむ、ご苦労」

 侍所の時と同じく、政所の庭に着座した新田党の面々が義時が出迎え、政義の挨拶を受けた。

 政所別当、北条義時。

 和田義盛と同じく、彼もまた、頼朝の挙兵に参加して以来の幕府の重鎮である。

 ただ、義盛とは違って、武将というより優秀な官僚、政治家といった雰囲気の人間である。

(こいつが北条義時か……)

 重兼は知っている。

 この男が鎌倉時代どれだけの謀略を用いて、他の有力御家人をほうむったかを。

 絶対に油断してはいけない。

 信じてはいけない。

 そう自分に言い聞かせる。

 そんな重兼などお構い無しに、義時は政義と話しを続けた。

「新田殿、侍所にはもう行かれたのか?」

「無論にございます」

「義盛は何か言っていたか?」

「はっ?」

 政義だけでなく、誰もが怪訝な表情を浮かべた。

 普通なら、「左衛門尉殿」とか「義盛殿」などと言うべきなのに、義時は義盛を呼び捨てにしたのだ。

 異様な沈黙が、その場に訪れる。

「どうした?」

「将軍に忠誠を尽くすように、念押しされました」

 政義に代わって、重兼が答えた。

「そうか」

 義時は笑みを浮かべた。

 それは、思った通りだと言わんばかりの、余裕の笑みだった。

 この男は、和田義盛の心中は全て見透かしているのだろう。

 和田義盛がどのような行動をするのか、もしくはさせるかは、計算済みなのだ。

(恐ろしい人だ……)

 義時から溢れだす、異様な迫力に気圧されて、重兼は言葉を続ける事が出来ない。

 他の人間達も同じで、みんな黙って下を見ている。

「下がって良いぞ」

 義時の言葉で解放された重兼たちは黙って一礼して、そのまま一言も発する事なく、宿場に向かった。


 

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