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和田合戦1日目、終了

 遠くから自分を呼ぶ声が聞こえる。

「重兼、しっかりしろ!」

「重兼様!」

 視界が明るくなって、兄、政義の顔が見えた。

 新田家の郎党も何人かが心配そうな顔をしている。

 重兼は気がつくと、地面に横たわっていた。

 あたりは薄暗くなっており、朝比奈義秀を討ち取ってから少しは時間が経ったようだ。

「あれから何がどうなったのですか、兄上? 某にはまるで覚えがないのですが……」

「覚えておらぬのか?」

「はあ……」

 いささか間の抜けた返事を返した弟に、政義は意外そうな表情で話し始めた。


 政義の語ったのは、こんな内容だった。

 義秀を討ち取ったあと、重兼は心ここにあらずといった様子で立ちつくしていた。

 しかし突然、奇声を上げて刀を振り回しながら和田勢の真っ只中へ突入して行ったのだ。

 その、異様な雰囲気と剣幕に気圧されたのか、数人が倒されると敵は逃げ去った。

 倒す相手がいなくなった重兼は、しばらく荒い息をしながら立っていたが、いきなりその場に倒れた。

 心配した政義達が慌てて駆け寄ってみると、気絶していたのだった。



「そうだったのか……」

 まるで記憶がなかった。

 信じられない様子の重兼に、称賛の声が次々に注がれた。

「重兼殿、実にお見事でござった!」

「朝比奈義秀を討ち取っただけでなく、一人で和田勢を蹴散らすとは!!」

 気がつくと、大勢の武士達が新田党を取り囲んでいる。

 その誰もが、感嘆の表情を浮かべていた。

 ほとんど覚えていない事を称賛されるのは奇妙な感じだが、まあ悪い気はしない。

 重兼は周りを見渡してみると、誰かの屋敷の敷地内にいる事に気づいた。

「兄上、ここは?」

「義時殿の屋敷だ」

 そう言えば見覚えがあった。

 所々が破壊されたり焼けていたりしているが、北条義時の屋敷で間違いないだろう。

 その時、ふと、気になる事が思い浮かんだ。

「ところで、私は何人ほど討ち取ったのですか?」

 記憶が飛んでいる間に、自分はまた人を殺してしまったのだろうか。

 朝比奈義秀を討ち取った時の、あの、言いようのない嫌悪感というか罪悪感のような感覚は二度と味わいたくない。

「いや、残念ながらな。 お前は五、六人を打ち倒しはしたが、仕留めてはおらん。 我等が代わりに討ち取ったのだ」

 そう言って政義は嬉しそうに笑った。

「その中に渋谷高重がおったので、私が首をとって手柄にさせてもらったわ。 悪く思わんでくれ」

 その名前は覚えがあった。

 新田家と同じ、上野国の甘楽郡のあたりに所領を持つ御家人だったはずだ。

「……某は一向に構いませぬ」

「それはよかった!」

 政義は弟の肩を軽く叩く。

「此度の戦で我等兄弟で、二つの兜首を挙げたのだ。 恩賞が楽しみだな」

「その通りだ。 期待して良いぞ」

 突然、背後から会話に割り込んできた者がいた。

 振り返ると、

「義時様!!」

 屋敷の主がいた。



 北条義時は、目の前にいる兄弟の挙げた戦功に大いに満足していた。

 特に、弟の甘粕重兼が挙げた戦功は、望外と言うべき物だった。

 その凄まじい武勇で、味方の名のある武士を幾人も討ち取った朝比奈義秀を、偶然のおかげとはいえ見事討ち取ったのだから。

「重兼。 お主の武功は聞いたぞ。 義秀めを討ち取るとは、よくぞやってくれた!」

「ありがたき御言葉にございます」

 重兼は頭を下げた。

 如何なる理由があっても人を殺してしまったのだから、正直、褒められても嬉しくは無い。

 しかし、一応感謝はしている素振りはみせておく。

 そんな重兼の心中など知らず、義時は言葉を続ける。

「今日の時点では、間違い無くお主が勲功第一だ。 しかし、戦に勝たねば意味が無いからな。 明日の戦は今日以上に激しくなるであろうから、そなた達のより一層の働きに期待しておるぞ?」

「ははっ!」

 頭を下げる二人を頼もしげに見て、義時は立ち去った。


 新田党から離れると、義時は真剣な面持ちになった。

 夕方になったので両軍は戦いを中断し、北条方は

 義時邸のあたりに、和田勢は由比ヶ浜に退いた。

 しかし、義時としては早めに決着を着けたいので夜襲を仕掛けた。

 弟の時房に手勢を分け与えて攻撃させたのであるが、報告がまだ届かない。

(どうなったのか……)

 焦れ始めた義時の耳に、疲れを感じる声が聞こえた。

「兄者……」

 見ると、弟が数人の郎党と共にやって来た。

「どうだった?」

 兄の問いに、時房は申し訳なさそうに首を振った。

「面目無い。 奇襲は失敗だ。常盛めに散々にやられた……」

「そうか……」

 義時は失望せずにいられなかった。

 今日のうちに決着をつけたかったのだが、それは叶わなかった。

 しかし、無理もない事かも知れない。

 何しろ、時房が戦った和田常盛は、弟の義秀に比肩しうる怪力と武勇の持ち主なのだ。

 史書、『吾妻鑑』には二人が相撲を取ると「大地が振動した」などと記されているほどだ(さすがに眉唾だが)

 そんな男が相手では、勝つのは難しいだろう。

「ご苦労だった。 時房。 ゆっくり休むが良い」

「かたじけない……」

 時房は肩を落として去って行く。

 その後ろ姿を見送った義時に、家人が声をかけてきた。

「相模守様。 次郎様が戻られました」

「朝時が?」

 義時は、その男に案内されて息子のもとへ行って、衝撃を受けた。

「朝時!」

 朝時は、疲労ではなく負傷のせいで、郎党の肩に寄りかかってかろうじて立っていた。

 鎧の胴の部分が壊れている。

「……父上」

 いつものように、憎まれ口や嫌味、皮肉を言う余裕も無いようだった。

「何があったのだ!?」 

「朝比奈義秀と戦ったようです」

 朝時に肩を貸していた武士が教えてくれた。

「そうか……」

 それを聞いて、義時は真剣に同情した。

 それほどに、朝時はヨレヨレだったのだ。

「お前も休め。 それとお前達、朝時に付き添ってやってくれ」

 そばにいた武士達に命じて、義時は明日以降の事に思考を集中させた。

 今日はある程度有利に戦ったが、明日も同じだとは思えない。

 こちらが手配した増援が来るだろうが、それは向こうも同じ事だ。

 味方になる予定の結城、武田、千葉と言った有力御家人達がどれほどの兵を引き連れてくるか。

 そして、向こうについた横山党はどれくらいの兵力なのか分からない。

 義時は、不安と焦りを覚え始めていた。


 由比ヶ浜の和田勢の本陣。

 北条時房の襲撃を撃退した和田常盛は、沈痛な思いでその光景を見つめていた。

「父上……」

 父、和田義盛が地面に突っ伏して号泣していた。

「よ,義秀、義秀ー!!」

 常盛の弟達が懸命に慰めているが、まるで効果が無い。

「父上。 まだ戦いは終わってはおりませぬ!」

「兄者の仇を討ちましょう!」

 それらの言葉は、義盛に届いていなかった。

「我が老後の望みは息子達の栄達だけであった。 それなのに、義秀が死んでしまうとは……」 

 その姿からは、鎌倉幕府の宿老であるとは到底思えなかった。

 もし、北条義時が同じような状況に置かれたら、悲しみを堪えて気丈に振る舞っただろう。

(もし、死んだのが朝時だったら気にもかけないかも知れないが)

 しかし、これが和田義盛という男だった。

 決して非情になりきれない、息子達を心から愛する良き父親。

「お前達。 そっとしておいてやれ」

 常盛は、声を低くして弟達に告げた。

「しかし、兄者……」

 次兄の義氏が、心配そうな顔をみせる。

「構わん。 我等で策を練ろう」

 長男の言葉に従って、弟達は泣きじゃくる父のそばを離れる。

 気落ちしているらしい弟達を見渡して、常盛は口を開いた。

「良いか。 義秀が討ち死にしたのは真に残念だった。 しかし、戦はこれからだ! 明日になれば横山党が駆けつけるはずだ。 さすれば勝利は間違い無く我等のものだ。 味方の御家人達にも伝えよ。 そのあとでゆっくり休むとしよう」



 義時は焦りを、和田党は余裕を感じながらその夜は眠りについた。



 一方、その頃、甘粕重兼は不安にさいなまれていた。

 自分は人を殺してしまった。

 その、罪の意識が頭から離れてくれないのだ。

 俺は今、鎌倉時代を生きている。

 だからしょうがない。

 避けて通れない道なんだ。

 こうしなければ生きて行けないんだ。

 必死に自分に言い聞かせるが、不安と後悔は全く薄れる気配がない。

(こんなんで、眠れるかよ……)  

 そう思ってしまう。

 しかし、今日一日の戦いで心身共に疲れていたのだろう。

 やがて、眠りがやって来た。



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