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重兼、初の戦功

 新田家の棟梁、新田政義は目の前の朝比奈義秀の凄まじい強さに、呆然とするしか出来なかった。

 一言も発する事が出来ず、身体を動かす事も出来ない。 

 圧倒されるとは.こう言う事なのか。

 そう思っていると、一人の武士が義秀めがけて走り出すのが見えた。

 弟の重兼だった。

「重兼、やめろ!! 勝てぬぞ!」

 慌てて制止したが、弟は聞こうとしなかった。


 重兼はもう、自分を抑えられなかった。

 朝比奈義秀の戦いぶりに刺激された自分の中の暗い、獣じみた部分が完全に暴走していた。

 こいつを、義秀を倒して武功を挙げてやる。

 そんな思いが重兼を完全に支配していた。

 兄の制止の声も耳に入らない。

 自分の中の少しだけ残っている理性的な部分が「無茶はやめろ」と警告しているが、効き目がない。

 しかも、理性が完全に吹っ飛んでいたので「どうやって朝比奈義秀を倒すのか」というのはまったく考えていなかった。

 それがどれだけ危険な事かも分からずに、重兼は声高に叫んだ。

「朝比奈義秀、拙者が相手だ!」

 その声に、義秀は振り向く。

「何だ貴様は。 名乗れ」

「我こそは……」

 言いかけて、ふと思った。

 この時代ではこのような時、「我こそは〇〇天皇の後裔、〇〇の〇〇から何代の子孫、誰々の誰々なり」と名乗るのが普通なのだが、興奮しているせいか、源義家から数えて自分は何代目なのか思い出せなかった。(史実では兄の政義は六代目)

(俺って、八幡太郎義家から数えて、何代目だっけ……)

 必死に記憶を探るが、思い出せない。

 そこへ、朝比奈義秀が追い打ちをかけてきた。

「どうした。 名乗れんのか!?」

「うぅっ……」

 思い出せない。

 切羽詰まって重兼は怒鳴った。

「俺の名前を言ってみろ!!」

「知らん!!」

「えっ?」

「知らんから聞いておるのだ!」

「うーん、確かに……」

 相手の言う通りだった。

 仕方がないので、今、分かっている事を言う事にした。

「我こそは、上野国の住人、新田家棟梁、新田政義が弟、甘粕重兼なり!」

「最初からそう言え!」

 これもその通りだったので、言い返す事が出来ない。

「まぁ良い。 さっさとかかって来い!」

 言われるまでもなく、重兼は義秀に斬り掛かった。



 周りの北条方の武士達は、多少の期待をこめて見守っていた。

 この、甘粕重兼と言う武士ならやってくれるかも知れない。

 あれだけの強さを見せつけてきた朝比奈義秀に一騎打ちを挑んだのだ。その勇気は称賛に値する。

(彼等にはそんな勇気はなかった)

 何らかの勝算があるのかも知れない。

 誰もがそう思った。

 しかし、間もなく期待は絶望に変わった。

「駄目だ……」

「力が違いすぎる……」

 そんな囁きが漏れ始めた。


 最初の斬撃を受け止めた時、重兼は我に返った。

(俺は何をやっているんだ!?)

 義秀の凶暴なまでの強さを散々見せつけられたと言うのに、自分は一騎打ちを挑んだ。

 ついさっきまで感じていた興奮など、消し飛んでいた。

 今感じるのは、恐怖と、太刀を持つ右手に感じる痺れである。

 痺れは、義秀の一撃を受け止めた時の物だが、太刀を落とさなかったのが不思議だった。

 それほど強烈な一撃だったのだ。

 勿論反撃なんて到底出来ない。

 重兼は最初から防戦一方だった。



 義秀は、余裕で太刀を振るっていた。

(口ほどにも無い奴だ)

 この甘粕重兼とか言う男、自分に挑んできたのだからどれほどの者かと思えば、まるで歯ごたえがない。

 自分の攻撃を、後ずさりしながら凌ぐだけだ。

 こいつを討ち取るなど容易いだろうが、自分もこれまでの戦いで多少なりとも疲れているし、何よりも合戦は始まったばかりなので、これからの事を考えると余り時間をかけたくない。

(どうしたものかな)

 考えていると、地面に何か落ちているのが見えた。

 義秀の頭にある考えが浮かんた。

(これを使うとするか)

 義秀は、それのある辺りに重兼を追い込むように動いた。



 重兼には、義秀の意図など推し量る余裕などあるはずもなかった。

 とにかく、相手の攻撃を凌ぐだけで精一杯だった。

 だから、自分がジリジリと押されながら、実は誘導されているなど思いもしなかった。

「危ない!」

「足元!」

 警告の声がすると同時に、重兼は後ろに倒れた。

「しまった!!」

 義秀は、自分が地面に転がっている死体に足をひっかけて転ぶように仕向けていた事に気付いたのはその時だった。

 そして、それは遅かった。

 見上げると、義秀が自分に突き立てる為に太刀を逆手に持ち替えるのが見えた。

(殺される!!)

 恐怖が重兼を支配する。

「ひいっ!」

 目を閉じて、咄嗟に太刀を持った右手を思い切り突き上げた。

 軽い手応えがあった。

 その体勢で、重兼はしばらく動かなかった。

 義秀の一撃は来ない。

 恐る恐る目を開けると、自分の太刀の切っ先が義秀の喉に突き刺さっているのが目に映る。

 赤い血が、刃を伝って流れ落ちている。

 義秀の表情は、一体何が起きたのか、理解していないようだった。

 口をパクパクさせているが、声が出ない。

 やがて、義秀は崩れ落ちた。

 そのまま動かない。

 少しの間、静寂があった。

 やがて、周囲から歓声とうめき声が上がる。

「や、やった!!」

「あやつ、やりおった!」

「う、嘘だ……」

「義秀様が討ち取られるなんて……」

 そして、政義の声がハッキリと聞こえた。

「重兼! 討ち取りの声を上げろ!!」

 兄の声に促されて、重兼は叫んだ。

「上野国の住人甘粕重兼! 謀反人和田義盛が三男、朝比奈三郎義秀を討ち取ったり!!」

 その音声(おんじょう)を味方の大歓声がかき消す。

 北条方の士気は劇的に向上した。

「やった! やったぞ!」 

「朝比奈義秀は死んだぞ!」

 しかし、重兼はそんな雰囲気とは無関係の事を考えていた。


 重兼の思考は、ゆっくりと進んでいた。

(俺は太刀を突き上げた)

(その切っ先が、朝比奈義秀の喉に突き刺さった)

(朝比奈義秀は倒れて、動かなくなった)

(朝比奈義秀は死んだ)

(つまり、俺、は人を殺した)

 そこまで思考が進んだ時、目の前が真っ暗になり、記憶、或いは意識が飛んだ。




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