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朝比奈義秀、無双

 将軍御所の前では、朝比奈義秀の手勢が取り囲まれていた。

 御所の守備隊と、その応援に駆けつけた北条方に挟み撃ちにされたのだ。

 義秀達が圧倒的に不利、のはずだった。



 一人の騎馬武者が義秀の前に進み出た。

「我こそは新野(にいの)左近将監景直! 朝比奈義秀、お相手願おう!」

「邪魔だ!!」

 義秀が、ブオンという音とともに振るった太刀を新野は太刀で受け止めた、ように見えた。

 しかし、太刀のその勢いはおとろえる事なく景直の首を切り飛ばした。

 見守っていた武士達の中からうめき声が上がる。

 その様子を見た義秀は、嘲笑を浮かべた。

「どうした? もう終わりか? 北条の犬ども」

「抜かせ、逆賊が」

 また一人、義秀の前に進み出た。

「我こそは五十嵐……」

「知らん!」

 義秀はその武士―五十嵐小豊次(こぶんじ)という名前だった―に唐竹割り(頭上から垂直)に兜に切りつけた。

 そして、重兼達、他の武士達は見た。

 煉瓦を割ったような音がしたあと、五十嵐の背丈が少し縮んで落馬したのを。

 生死の確認など、するだけ無駄だろう。

 誰もが戦慄した。



 相手の死体には目もくれず、義秀は馬上で思案した。

 三浦義村が裏切った事で、状況は和田一族にとってかなり不利になった。

 将軍は敵の手中に落ちて、自分達は謀反人に成り下がった。

 では、どうするか?

 義秀は、実に彼らしい結論を出した。

 敵の名だたる武将を討ち取りまくって、戦局を逆転させてしまえば良い。

 周囲を見渡すと、一際豪華な鎧を着た騎馬武者が目に入った。

 義秀は、その武士に見覚えがあった。

「そこにいるのは足利義氏殿とお見受けした。 ぜひお相手願おうか」



 義秀が足利義氏に一騎打ちを申し込んだのを見て、重兼はいささかほっとした。

 確か、この勝負で義氏は敗れるが命は助かるはずだ。

 あと、この合戦で和田一族は敗れる。

 しかし、朝比奈義秀は生き延びて行方をくらますように記憶している。

 最初は、自分達、新田党が義秀を討ち取って手柄を挙げるなどと考えていたのだが、義秀の強さを目の当たりにして、とてもそんな事は無理だと思い知らされた。

 ここは義秀に史実通り暴れてもらった後、何処かへ去ってもらう。

 そう決めて、様子見に徹する事にした。



 義秀に一騎打ちを要求された足利義氏は、怯む事なく言葉を返した。。

「いかにも、我こそは関東の宿老、足利義兼が嫡男足利三郎義氏なり!」

「知っておるわ。 早速お相手願おうか」

 義秀の要求を、鼻で笑った。

(それがし)は八幡太郎義家の後胤よ。 貴様如き下郎は相手にせぬわ。 重茂(しげもち)殿」

 義氏は、隣にいる武士に顔を向けた。

「一族の汚名、お主が拭い取るが良い」

「心得た」

 声をかけられた武士が、馬を進ませて二人の間に割って入った。

 その男を見て、義秀は目を見張った。

「重茂……」



 彼の名前は高井重茂。

 和田義盛の弟、義茂(よしもち)の息子で義秀の従兄弟にあたる。

 彼が北条に味方したのは、どっちが勝っても一族が生き延びる事を考えての事だろうが、義秀には気にいらなかった。

 北条は勿論の事、頼朝公や北条との縁戚関係があるというだけで名門御家人面をしている足利などに媚びるとは!

 そんな義秀の思いを察したのか、重茂は気まずそうな顔つきになった。

「義秀。 お主の言いたい事はだいたい分かる。 しかし、こちらの事情も分かってほしい」

「……御託はいい。 来い!」

 重茂は、馬に拍車を入れた。


 誰もがその光景に見入っていた。

 高井重茂はあっさりと負ける。

 これまで義秀と戦った武士達と同じように。

 重兼を含めて誰もがそう思っていた。

 しかし、そうはならなかった。

「凄い……」

「互角だ!」

 次々に感嘆の声が上がる。

 二人は互角の勝負を繰り広げていた。

 義秀の斬撃を重茂が受け止める。

 重茂の突きを義秀が躱す。

 激しい鍔迫り合いを演じる。

 一進一退の攻防を、周りの武士達は息を呑んで見守っていた。



(凄い一騎打ちだ……)

 重兼は、二人の対決に魅せられていた。

 斬撃の音。

 馬の嘶き。

 気合いの声。

 それら全てが、重兼の中の獣に近い部分を刺激した。

 格好良い。

 あんなふうになりたい。

 あの二人のように強くなりたい。

 相手を力で圧倒出来るようになりたい。

 一騎打ちで相手を倒してみたい。

 そんな思いが、どうしようもなくこみあげてくる。

 高揚感が、獣性が理性を圧倒しようとしていた。



 足利義氏は、理想的な展開に満足だった。

 彼が高井重茂を義秀に挑ませたのは、重茂が義秀に負けず劣らずの怪力だったからだ。

 この一騎打ち、どちらが勝とうと義氏には利がある。

 義秀が勝つとしても、重茂を相手にしたのだから、多少なりとも疲弊するだろう。

 そこをついて討ち取れば良い。

 重茂が勝ったなら、自分の配下の功績という事で恩賞が期待出来る。

 そんな打算をしながら義氏は、二人の勝負を見守った。



 終局は突然訪れた。

 甲高い音が響いて義秀が太刀を落としたのだ。

 その好機を逃さず、重茂がとどめの一撃を繰り出した。

 しかし、それは義秀の罠だった。

 重茂の太刀を握った手を掴むと、力任せに馬から引きずり降ろしたのだ。

 どう、という音をたてて落馬した重茂のうえに飛び降りると、腰刀を抜いて重茂の首に突きつける。

「何か言い残す事はあるか?」

 重茂は首を振る。

「無い。 見事だ、義秀」

 義秀は黙って重茂の首を取ると、高々と掲げた。

「朝比奈義秀、高井重茂を討ち取ったり!!」

 その時、義秀めがけて馬で突っ込んでくる者がいた。

 足利義氏だった。



 それはほぼ、予想通りと言うか希望した通りの展開と結果だった。

 重茂は討ち取られたが、多少は義秀を疲れさせただろうし、今、こうして隙を作ってくれた。

 これで、朝比奈義秀を討ち取るという大功は自分の物だ。

 家格だけでなく、武功に於いても足利家は御家人達の頂点に立つのだ。

 今ならこちらは馬上、相手は下馬している。 

 討ち取るのは簡単だ。

 そんな虫の良い事を考えながら、義氏は太刀で切りつけた。

 しかし、義秀の力任せの対応が全てをご破算にした。

 義秀は、重茂の首を放り投げると義氏の馬の鼻面を思いっきりぶん殴ったのである。

「うおっ!?」

 その衝撃に、馬は一瞬ふらついたがどうにか倒れずに踏みとどまった。。

 義氏もかろうじて落馬せずに済んだ。

 しかし、馬を御するのに手一杯になっているのを見逃す義秀ではない。

 義氏を引きずり降ろそうと手を延ばす。

「ひいっ!」

 義氏は必死に逃れようとした。

 あの怪力で掴まれたら終わりだ。

 しかし、幸いな事に義秀が掴んだのは義氏の鎧の袖だったので、馬に鞭を入れる事はできた。

 しかし、義秀は手をはなさない。

 袖を引っ張って引きずり降ろそうとするが、義氏は馬にしがみついて必死に逃げようとする。

 やがて、べりっと音がして袖がちぎれた。

 そのおかげで、義氏はかろうじて虎口を脱する事ができたのだった。

「悪運の強い奴だ」

 一目散に逃げて行く義氏を見送って、義秀は忌々しそうに吐き捨てた。



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