誤算
和田常盛は、弟の義秀と別れて自分の手勢を率いて将軍御所の裏手へ向かっていた。
手はず通りなら、将軍の身柄を確保しているはずの三浦義村の軍勢と合流するためである。
北条が先手を打ってきたのは予想外だったが、かえって有利になったともいえる。
攻撃を仕掛けた事で、相手は兵を割いてしまったのだから、守りに使う兵力は少なくなっているはずだ。
もしかしたら今頃義村は、将軍を手中にするだけでなく、あわよくば、義時を討ち取っているやも知れない。
(義時は生かしておいてくれよ)
常盛は心中で義村に呼びかけた。
だが、それは単なる妄想でしかなかった事を、すぐに思い知らされた。
御所の裏手に、『三浦三つ引』が描かれた旗印が見えた。
三浦家の旗である。
「義村殿は動いてくれたか」
あとは、将軍実朝を保護して官軍の立場を明確に示すだけで良い。
先方を駆けていた武士が三浦党に呼びかけた。
「三浦党の方々、ご苦労。 こちらは和田左衛門尉様の嫡男、常盛様…」
彼は、そこから先は口に出来なかった。
飛んで来た矢に射抜かれてしまったのである。
「何だ!?」
矢は一本ではなく、次々に飛んで来た。
「義村殿! 何の真似だ!?」
常盛の怒声に答えはなかった。
その代わりに、二人の騎馬武者が駆けて来るのが見えた。
常盛には、その二人に見覚えがあった。
一人は相模の御家人、波多野忠綱。
そしてもう一人は、
「三浦義村……」
常盛は全てを悟り、歯軋りした。
三浦義村は、裏切ったのだ。
常盛の怒りや無念など、三浦義村には知った事ではなかった。
だいたい義村からすれば、和田義盛は増長しすぎとしか言えなかった。
和田一族は本来、三浦一族の分家、庶流でしかないのに本家より早く源頼朝に仕えたと言うだけで侍所別当に任ぜられ、御家人達を差配するようになったのだ。
そんな出来星武者が我等三浦家に命令を下すなど、
片腹痛い!
以前からそう思っていた義村は、今回の戦を利用して三浦家を然るべき地位につける事にした。
侍所別当にだ。
和田義盛の謀反計画を義時に知らせただけでなく、
将軍を保護して義時を官軍の立場に仕立て上げる。
そして、戦において勲功を挙げる。
手始めに先駆けの功だ。
勿論それだけでなく、他にも多くの武功を挙げるつもりでいる。
そうすれば、義時も自分を軽く見る事は出来ないはずだ。
(義盛、安心しろ。 相模の武士達は俺が仕切ってやる)
そう思いつつ、義村は馬に鞭をいれた。
しかし、先を行く武士にわずかだが遅れており、追いつき追い越す事は難しそうだった。
和田義盛は自分の舘の庭で、余裕の表情で床几に腰掛けていた。
挙兵予定の前日に北条の方から仕掛けて来たのは正直予想外だったが、義盛に不安はなかった。
明日になれば、横山時兼が一族郎党のみならず味方の武士達を率いて駆けつけるのだから、今日さえ凌げは良い。
兵力は向こうの方が多いが、こちらには頼もしい息子達がいる。
もしかしたら、息子達が横山党の到着前にケリをつけてしまうかも知れない。
そんな思いすらこみあげてきて、義盛は思わず笑みを浮かべてしまう。
しかし、それは一瞬で吹き飛んだ。
駆け込んで来た家人が、とんでもない事を伝えたのだ。
「申し上げます! 三浦義村が裏切ったようにございます!!」
「何だと!?」
驚きのあまり、義盛は思わず立ち上がってしまった。
「真なのか!?」
「間違いありませぬ。 先程、将軍御所の裏手にて常盛様が三浦党と交戦になりました!! 三浦義村の裏切り、万に一つの間違いもありませぬ!!」
「……」
義盛は絶句した。
三浦義村が裏切ったとなると、義盛の計画は全てご破算になってしまう。
義村は将軍の身柄を確保するだろうが、義時の下へ連れて行くだろう。
そうなると、『北条義時が謀反人の手から将軍を守る』と言うかたちになり、鎌倉中の日和見している御家人達は北条につく。
義盛達は孤立無援になり、士気も大幅に下がるだろう。
和田一族は数の力で押しつぶされ、謀反人として敗れ去るのだ。
義盛は怒りと絶望に苛まれながら、必死に思考をめぐらせた。
ここは鎌倉から脱出して、後日に再起するべきか?
鎌倉の外に出て、横山党と合流してからもう一度戦いを挑む方が良いかも知れない。
(いや、駄目だ!)
義盛の中で急速に膨れ上がる怒りが、そんな弱気な考えを吹き飛ばした。
まだ戦いは始まったばかりだ。
将軍の身柄など、奪い返せば良い。
第一にそんな事をしたら、いい物笑いの種になるだけだ。
そして何よりも、三浦義村に思い知らさねば気がすまない。
義盛は決断し、命令を下した。
「我等も打って出るぞ! 義時、義村めの首をこの手でねじ切ってくれるわ!!」
将軍御所の正門前で、重兼達、新田党は呆然としていた。
御所を出た朝比奈義秀を追撃しようとしたのだが、
そこで、とんでもない光景を目にしたのである。
義秀が御所を出てすぐに、北条方に取り囲まれた。
御所の中で待ち伏せていた重兼達とで挟み撃ちにしようとしたのであるが、義秀は怯まなかった。
相手が打ちかかってくるたびに太刀を振るい、死者、負傷者を生産するのだ。
「化け物……」
重兼の呟きは、その場にいる全ての人間の思いそのものだった。




