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将軍御所の戦い

この回からえげつないというか、残酷な描写が出てきますので、ご了承下さい。

「放て!」

 北条泰時の号令と共に、多数の矢が和田義盛邸に放たれた。

 火矢ではなく、普通の矢である。

 何人かの兵が死傷した他に、かなりの矢が建物に突き刺さったが、当然何の被害も与えない。

 通常ならばこのような場合は、火矢を用いて建物に火をかけるのがこの時代のセオリーなのだが、この時の泰時は父の命に従い火矢を使わなかった。



 義時の作戦はこのようなものだった。

 まず、和田義盛の舘に攻撃を仕掛ける。

 そして、相手が反撃してきたら負けたふりをして、将軍御所に撤退する。

 そうすれば、和田勢は追撃して将軍御所に攻め込むはずだ。

 それによって、和田一族を『将軍御所に攻め寄せた謀反人』に仕立て上げ、日和見をする他の御家人達が北条に味方する大義名分を作る。

 数の優位を確保してから、和田一族を殲滅する。

 それが、義時の描いた筋書きだった。

 それを実現するには、なるべく多くの敵に反撃してもらわねばならない。 

 だから、手加減した攻撃を仕掛ける必要があった。



「矢を射掛けるのを止めよ」 

「はっ」

 手はず通り、泰時は攻撃を止めさせた。

 あとは、和田勢が打って出て来たら、適当に戦い退却するだけだ。 

 必死に戦う必要はない。 

 それに、泰時自身がこの戦いに乗り気ではなかった。

 和田一族を謀反人に仕立て上げて滅ぼしてまで、幕府内における北条家の地位を高める必要があるのか。

 そんな思いが捨てきれないのだ。

 泰時としては、和田一族のみならず、他の有力御家人と協調して幕府を維持した方が良いと思っていた。

(父上のなさりようは、間違っている)

 そうは思うが、かと言って父の命に背く事は孝の道に外れてしまう。

 だから、消極的に従う。

 それしか出来なかった。

(義盛殿はどうするかな)

 そんな思いに、現実が答えを出した。

 和田勢が打って出て来たのだ。

「敵が打って出ましたぞ!」

「退け」

 泰時は、感情を出さずに命じた。


「敵は逃げ出しつつあります」

「真か?」

「まったく、何の為に攻めてきたのやら」

 周囲で起こる嘲りの声を、和田義盛は満足気に聞いていた。

 敵の行動は、義盛にとって計算ずくだった。

 このまま追撃して将軍御所に攻めかかれば、和田一族が『将軍御所を襲撃した謀反人』になる。

 義時が、それを望んでいるのは義盛は見抜いていた。

 このまま御所を攻撃すれば、そうなるだろう。

 おそらく、義時は将軍実朝を御所から避難させて、身柄を確保してから反撃するはずだ。

 官軍の立場を確立してからの反撃。

 上手いやり口だ。

 しかし、こちらも手は打ってある。

 自分に味方する三浦義村が、義時より先に実朝の身柄を確保する。

 たとえ、御所を襲撃したとしても、将軍が和田一族の味方をしたとあれば、御家人達も採るべき道を知るはずだ。

(それに……)

 もしかしたら、実朝をどうこうしなくても戦に勝てるかも知れない。

 義盛はこの戦いに、最強の切り札を最初から投入していたのだ。

(義時め。 どうするかな?) 

 義盛は、思わず笑みを浮かべた。


 新田政義以下の新田党は、将軍御所の内側で敵を待ち構えていた。

 勿論、他の御家人達も同じだった。

 彼等は義時の命に従い、御所に攻め寄せる和田勢を迎撃する為に待機していた。

 ある者は武者震いし、ある者は緊張を誤魔化す為か、不必要な会話をしたりして、目前に迫った戦いに備えていた。

 その中で、甘粕重兼は何も言わずに、後悔の念と不安を感じていた。

 自分の考えというか、予想が甘かった。

 重兼は、新田党は市街戦に投入されるとばかり思っており、まさか将軍御所の、建物内の戦いに投入されるとは思ってなかったのだ。 

(このままだと、()()()がここにやって来るはずなんだよな……)

 やがて、戦いの喧騒が門の外で響き始めた。

 怒号、悲鳴、剣戟。

 それに、石を地面に叩きつけたような音が何回か聞こえた。

 そして、御所の正門がミシミシと音を立て始めた。

「何だ?」

 そして、鈍い音と共に門が破られた。

「何だ?」

「何事だ!?」

 北条方の驚きの声など気にしていないかのように、一人の武士が乗り込んで来て怒鳴り声を上げた。

「義時は何処か!! 我こそは和田義盛が三男、朝比奈三郎義秀なり!! 我と思わん者はかかって来い!!」

 その凄まじい迫力に、誰もが思わず後ずさる。

(あれが朝比奈義秀か……)

 重兼は、自分悪い予感が当たった事を知った。



 朝比奈義秀。

 和田義盛の三男であり、凄まじい怪力で知られる武士で、和田合戦について書かれた書物には必ずと言っていいほど名前が載っている。

 その武勇は、史書「吾妻鏡」には「神の如き力を示し、彼と戦って死を免れる者はいなかった」などと書かれているほどだ。

 その男が今、重兼達の前に立っていた。


「もう一度聞く。 義時は何処か!?」

「相模守殿はおられぬ」

 一人の武士が答えながら進み出た。

「将軍をお連れして、故右大将(頼朝)の眠る法花堂(ほっけどう)に参られた」

「真か!?」

 少し思案したあと、義秀はカラカラと笑い出した。

「我等の勝ちだ。 今頃、三浦義村殿が義時めを討ち取り、将軍をお救いしているであろう」

 その言葉に、北条方の武士が笑い出した。

「何が可笑しい!?」 

「何も知らんのか? 三浦党は義時殿についたのだ。 お主ら、まんまと騙されたようだな」

「なっ……」

「まぁ、お主の言う通り、三浦党が将軍をお救いしたのは正しいがな!」

「……」

 動揺する義秀に、新田政義が声をかける。

「義秀殿。 降伏なされよ。 今なら間に合いますぞ」

 その言葉は、逆効果だった。

「ふざけるな!!」

 義秀は激昂し、政義に打ちかかったのだ。

 その時、一人の武士が二人の間に割って入った。

「何だ貴様は!?」 

「我こそは葛貫三郎盛重! 朝比奈義秀、その首、貰い受ける!」

「やかましいわ!」

 そう怒鳴って、義秀は太刀を振るった。

 それは、『斬る』ためではなく、『叩きつける』ための動きだった。

 そして、誰もが見た。

 葛貫盛重の身体が鈍い音とともに、宙に舞ったのを。

 そして、太刀が当たった場所が砕けたのを。

 この時代の鎧は木製で、刀で斬ったりするのは極めて難しい。

 それ故に、相手を確実に仕留めるには、矢で射るか、組み討ちで首を取ることが普通なのだが。

 そんな常識がまるで通用しない。

 誰もが立ち尽くすだけだった。

 相手方を気にする事もなく、義秀は葛貫盛重に歩み寄る。

 地面に叩きつけられた盛重は、内臓が傷ついたのか吐血していた。

 義秀は、迷う素振りなど見せずに腰刀で首を取る。

 すかさず郎従達が駆け寄り、首を受け取る。

「父上に伝えよ。 三浦義村が裏切ったと」

「はっ!!」 

 首を抱えた郎従が駆け出す。

「義秀様。 馬を」

「すまん」

 義秀が、連れてこられた馬に跨ろうとすると、一人の武士が襲いかかった。

「我こそは北条義時が次男、朝時! 朝比奈義秀、覚悟!!」

 朝時は、隙をついて討ち取ろうとしたのだろうが、

「邪魔だ!!」

 あっさり返り討ちにされた。

 太刀でぶん殴られて、昏倒してしまったのだ。

 そんな朝時を無視して、義秀は馬上の人となって御所を悠々と出ていく。

 重兼を含め、誰もがその姿を見送るしか出来なかった。

 ただ、圧倒されるしかなかった。



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