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和田合戦、勃発

 建暦三年四月二十八日。

 御家人宮内公氏は、和田義盛の舘の門前で立ちつくしていた。

 将軍実朝に命じられて、義盛に挙兵を思い留まるように説得しに来たのだが、(絶対無理だ)そう思わざるを得なかった。

 何しろ、正門を固める兵の数が尋常ではなかった。

 しかも、邸宅の中から武装した武者の立てる武具や甲冑の音が聞こえるのだ。

「誰か!?」

 早速誰何(すいか)を受ける。

「将軍家の使いの者である。 義盛殿にお会いしたい」

 警護の武士達は顔を見合わせて、小声で何やら相談していたが、「暫し待たれよ」そう言って中へ入って行く。

 少し待つと、和田義盛の嫡男、常盛が出てきて中へ迎え入れてくれた。


 公氏が案内されたのは邸内ではなく、庭だった。

 そこには、和田義盛とその一族が完全武装して待っていた。

「何用だ!?」

 義盛が睨みながら聞いてきた。

 公氏は、声の迫力に身体を震わせながら答える。

「将軍の命により、左衛門尉殿に軽率な行動を思い留まるように……」

「もう、無理ですな」

 義盛の返事は冷たかった。

「我等は将軍に対して恨みはない。 されど、義時めのやり口にはもはや我慢ならぬ。 奴から受けた恥辱は必ず晴らす!」

「……し、将軍は戦は望んではおりませぬ」

「義時は望んでおる」

「えっ……」

「知らぬと思うたか? 今、奴の所に足利の手勢が集まっておるわ。 この期に及んで和平などあり得ぬ。 我等和田一族は武力をもって君側の奸を排除する」

 言い終えると、背を向けて義盛は邸内に入って行く。

 出ていけという無言の意思表示だった。

 公氏は、肩を落として立ち去った。



 同じ頃、北条義時邸にも軍勢が集まっていた。

 義時の婿である足利義氏や、北条の家人、郎党がである。

 大将である義時は、自室で一門の者達と軍議を開いていた。

 参加者は義時と弟の時房、嫡男の泰時と次男の朝時である。

 勿論、全員が完全武装している。

「兄上、先手必勝。 こちらから仕掛けましょう!」

 時房が口を開く。

「先程、将軍の使いが義盛を尋ねたとの事。 おそらく兵を挙げるのを止めるように言われたはず。 その直後に攻め寄せるとは思わないのではないかと。 奴の虚を突くならば今しかありませぬ!」

「それはならぬ」

 弟の意見に義時は首を振った。

「何故です?」

「向こうが待ち構えていたらどうする? 攻めるよりは守る方が有利。 相手が防戦に徹したら、被害が大きくなる。 それに、明白な大義が無いのに不意打ちを仕掛けたら、我等が卑怯者の汚名を着せられかねん。 そうなったら、他の御家人共がどう動くか……」

 時房は黙り込んだ。

 これから起こる戦は、北条と和田の私戦の色あいが強い。

 しかし、相手に非があると証明できれば話は違ってくる。

 和田を賊と証明すれば、他の御家人が味方に付く確率が高くなるし、有利に戦えるだろう。

(何か手はないか)

 義時は必死に考えた。

 和田義盛を謀反人に仕立て上げる策を。

 そこへ、

「別に良いではありませぬか。 父上はこれまでも色々とあくどい事をしてきたでしょうに。 今更体面を気にする事はありますまい」

 朝時が、ニヤニヤ笑いながら口を挟んできた。

「朝時。 よさぬか」

 すかさず泰時がたしなめるが、本人は聞く様子もない。

「大変失礼いたしました」

 口先だけの謝罪をして、澄まし顔になる。

 それを見て、時房がため息をつく。

 義時も顔をしかめる。

 どうして朝時は、ここまで他人を不快にして平然としていられるのか、理解出来なかった。

 ましてや、今は北条の家運を賭けた戦いが目前に迫っているというのに!

 義時は、不快感が怒りに変わりつつあるのを感じた。

 朝時を怒鳴りつけようとした時、「失礼致します!」家人が駆け込んで来た。

「何用か? 今は軍議の最中だ。 許しあるまで入ってくるなと申したであろう」

 泰時が、険悪な雰囲気になりつつあるのを避けたいのか、穏やかな口調で咎める。

 それを察したのか、家人も落ち着いた声で答えた。

「三浦兵衛尉(ひょうえのじょう)様が参られました」

「何だと!?」

「三浦義村が!?」

 その場の空気は一変した。



 三浦義村、胤義兄弟は義時達のいる部屋へ案内された。

 そこには、義時以下の北条一門の主な者達が武装して待っていた。

 二人は臆する事なく、義時の正面に着座する。

「兵衛尉殿。 このような姿でお迎えする無礼をお許し願いたい」

「構いませぬ。 今がどのような状況かは存じております故」

「かたじけない」

 義時は、表情を殺して義村を見据えた。

 義村は、相模最大の武士団である三浦党の惣領である。

 その男が何故、今、このような時に訪ねてきたのか探らなければならない。

 もし、味方になるのなら有り難いが、恩を着せられる、借りを作るなどは避けたいので、慎重に対応しなければならない。

「で、如何なる用件でござるか」

 義時の問いに、義村は笑みを浮かべて答えた。

「和田義盛めの(はかりごと)をお知らせに参った次第」

「何と!?」

「先日、(それがし)は奴から謀反に加わるように誘われましたが、幕府に忠節を誓う身としてはそのような事は出来ませぬ。 それ故に相模守殿に全てをお知らせしようと思い、参上したまで」

「実に殊勝なお心がけ。 貴殿の忠節は真に武士の鑑でござる」

 白々しい言葉の応酬の後、義村は和田義盛の計画を話し始めた。


 全てを話し終えると、義村は一人で帰った。

 義時に味方する証として、弟を残して。

 下人に胤義を客室に案内させた後、義時は家族を帰らせた。

 一人になって、喜悦に身体を震わせる。

(これは天佑だ)

 そう思わずにいられなかった。

 三浦義村が味方につくだけでなく、相手の計画の全容を知らせてくれた。

 おかげで、これから採るべき道がはっきりと見えた。

 朝時は、信用していいのかと不平を言っていたが、気にする必要はない。

 和田を滅ぼし、幕府を手中に収める時が目前まできたのだ。

 そして、義時にさらなる朗報を家人が伝えてきた。

 新田党が、自分に味方する為にやって来たと言うのだ。


 北条舘の庭に、当主の政義と弟の重兼およびその郎党、十人が待機していた。

 多人数ではないが、このような時、やはり味方は一人でも多い方が良いに決まっている。

 義時は、素直に感謝の気持ちを覚えた。

「新田党の方々、大義である」

「いいえ、礼を言っていただく事ではありませぬ」

「我等は、幕府に忠節を誓う御家人としての当然の行いをしたまでの事」

 新田兄弟が、模範的な言葉を述べる。

「我等、微弱な兵力ではありますが、相模守殿にお味方させていただきます!」

「頼りにしておるぞ」

 力強く言い切る政義に、義時は笑顔で答えた。



 建暦三年五月二日、申の刻(午後四時)

 その日、北条泰時率いる八十騎の兵が和田義盛の舘に攻撃をしかけた。

 これが、後の世に言う和田合戦の始まりだった。



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