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戦雲は鎌倉へ

 建暦三年四月。

 鎌倉は、不穏な空気に満ちていた。

 泉親衡の謀反の発覚と、それに伴う和田一族に対する処罰。

 そして、和田義盛の出仕拒否。

 今や、北条義時と和田義盛の対立は公然の秘密となっており、両者がいつ兵を動かすか。

 市中の話題はその一点に絞られていた。

 武士が歩いていると、市民が怯えて道を開ける。

 そんな光景が、日常茶飯事となった。



 上野国、新田荘の総持寺、新田舘。

 新田政義と弟の重兼が、商人の平次と会っていた。

「鎌倉の様子はどうだ?」

「物騒ですな。 誰もが口を開けば戦の事ばかり。  しばらくは鎌倉に出入りするのを控えようと思っております」

「そうか……」

 政義は腕組みをして、考え込んだ。

「あと、和田義盛様が帰依していたお坊さんを追放したとか」

「何?」

「それがどうかしたのか?」

 重兼が思わず口をはさむ。

 平次は、声をひそめた。

「はっきりと分からないのですが、何でも、北条義時様を何処かの寺で呪詛させるためではないかと言う噂が流れております」

「そうか」

 そこで、政義が弟に尋ねた。

「そろそろ、鎌倉に向かうべきか?」

 重兼は頷く。

「そうすべきです」

「よし、早速一門の者達を集めよう。 使いの者を……」

「なりませぬ!!」

 重兼は、咄嗟に制止する。

 それに対して、政義は怪訝な表情で応えた。

「何故だ? 連れて行く兵は少しでも多い方が良いだろう?」

「……確かにそうですが、今、この時期に多くの兵を連れて行くと、相手を刺激してどのような事になるか分かりませぬ。 和田義盛めがどう動くか……」

「今更、そのような事を気にしても仕方なかろう」

「それでも、です」

 重兼は、兄を正面から見据えた。

「たとえ、些末な事に思えようと、疎かにするべきではありませぬ。 この戦、我等は負ける訳にはいかんのです」

 真剣だった。

 目立った動きをして、敵を刺激したくない。

 それは本音だったが、理由はもう一つあった。

 この戦における勲功を新田宗家単独で挙げて、分家に対する影響力、統制力を強めたいのだ。

 分家のうち、世良田家は新田宗家と距離を置こうとしている節があるし、宗家に黙って和田義盛の陰謀に首を突っ込んだ岩松家はもう論外だ。

 第一に、岩松家の当主の時兼自身が現在、鎌倉で幽閉されている。

 そんな連中を味方として信用できないし、こちらの命に従うかも怪しい。

 しかし、今回の戦で武勲を挙げれば状況は変わる。

 恩賞として土地は勿論、官位、官職を得られれば新田家の権威は向上し、分家も宗家の統制に服するだろう。

 史実では、新田家は鎌倉時代を通じて鳴かず飛ばずであったが、これで大きく変わるはずだ。

(俺が変える。 変えてみせる)

 重兼はそう誓っていた。

「良く分かった。 お主の言う通りにしよう」

「ありがとうございます!!」

 重兼は深々と頭を下げた。

 兄の決断と、自分の思い通りに事が進んでいる事に感謝しながら。



 しかし、この時の重兼は全く考えていなかった。

 戦に於いて武勲を挙げると言う事は、相手の命を奪う事。

 そして、その逆もあり得ると言う事を。

 令和の時代からの転生者である重兼には、戦争がどのような事なのかまるで実感がなく、どこか別世界の出来事のような捉え方をしていた。

 それがいかに甘かったかを、彼は身をもって知る事になる。



 四月二十七日、鎌倉の和田義盛の舘は異様な雰囲気に包まれていた。

 何しろ、大勢の武士が武装して、或いは武具が入っていると思われる櫃を持って集まっているのだ。

「和田義盛が、兵を挙げる」

 その言葉が、現実味を帯びてきた。



 将軍御所にて実朝は、焦りと苛立ち、動揺を隠そうとはしていなかった。

「義盛めは、気がふれたのか!?」

「将軍。 どうか落ちつかれませ」

「落ちついてなどいられぬ!!」 

 言葉通りだった。

 とても落ちついてなどいられなかった。

(義盛。 何故堪えなかった!?)

 心中で、忠臣に訴えかける。

 今、鎌倉の誰もが義盛を、『幕府に謀反を起こそうと目論む逆賊』と見ている。

 何しろ、白昼堂々と兵を集めているのだから!

 なんとかして、義盛を止めなければならない。

 集めた兵を解散させるように説得しなければならない。

 義盛を救いたい。

「使いの者を義盛に送れ」

 実朝は、家人に命じた。



 その頃、北条義時は自分の舘で渋い表情を浮かべて、ある人物と対面していた。

 不祥事を起こし、義絶されて鎌倉から追放されていた、次男の朝時とである。

 来たるべき戦に備え、一人でも多くの戦力が必要だったので、追放先の駿河から呼び戻したのだ。

「父上。 此の度は、某をお許しいただき感謝の言葉もございません」

 その表情には、言葉のような感謝の気持ちは全く感じられなかった。

 心底嫌っている俺を呼び戻すとは、さぞや抵抗があっただろうな。

 そういう表情だった。

「能書きは良い。 戦支度をしておけ」

「はて、何故でございましょう」

「和田義盛との戦が近いのだ! 四の五の言わず言う事を聞け!!」

「ああ、左様でございますか」

 朝時は、皮肉たっぷりの笑みを浮かべた。

「義盛の奴、父上の悪辣な挑発に引っかかったようですな。 全くお気の毒に」

「余計な事を言うな!!」

「はいはい。 承知しました」

 朝時は下がっていった。

 こうして、久しぶりの親子の異様な対面は終わった。

 その後で、義時は家人に命じて自分に味方する、もしくは味方しそうな御家人に使いを送らせた。

 戦は目前に迫っている。

 こちらも兵を集めなくてはならない。


 その夜、和田義盛は、仲間と計画の打ち合わせをしていた。

「五月三日の早朝、我等和田一族は義時の舘を攻める。 その時、横山殿は手勢をもって奴の舘と将軍御所の間に布陣していただきたい」

「義時を御所に逃げ込ませぬためですな」

 横山時兼が応じる。

 義盛とは縁戚関係にある事もあり、義盛の信頼は厚い。

「左様にござる。 そこでお主は御所に向かい、実朝様を保護していただきたい。 将軍の身柄を確保すれば、御家人の多くは我々の味方になるはずだ」

 義盛は、もう一人の人物に目を向けた。

「しかと頼みましたぞ」

「心得申した」

 その男、三浦義村は笑顔で答えた。




ここまで書いてふと思ったのですが、この作品、本当に善人が全く出てきません。

だけど、仕方ないんです。

何しろ、作者は作品中の鎌倉時代を、二十世紀中盤のアメリカ、ニューヨークの暗黒街をイメージして書いていますので(汗)。

有力御家人はマフィアです。

さて、和田ファミリーと北条ファミリーの全面抗争が近づいています。

その中で、主人公の重兼がどんな活躍をするかは言えません。

(ヒント 活躍しない)

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