最後の挑発
将軍御所の御座所にて、実朝は義時と対面していた。
「和田一族全てを罰せよと?」
「左様でございます」
義時は、当たり前だと言わんばかりだった。
「拙者の命を奪おうとしただけでなく、将軍を廃そうとしたのですからな。 当然でありましょう」
「何らかの間違いでは……」
「ありませぬ。 先程申し上げた通り、泉親衡が全てを自白いたしました。 此度の件の首魁は和田一族でございます。 奴等の罪は明白であるのに、何故、処罰を躊躇うのですかな?」
「……」
義時の口調から、実朝は理解した。
義時は全てを知っていた。
全ては義時の掌中だったのだ。
おそらく、泉親衡は義時の意のままに動いていたのだろう。
そうとは知らず、自分も義盛も踊らされていたのだ。
こうなった以上、少しでも義盛の一族に対する罰を軽くするくらいしか、自分に出来る事はない。
「よろしい。 ただし、義盛の弁明も聞かなくてはなるまい。 直ちに義盛を鎌倉に呼ぶように」
「承知しました」
一礼して、義時は退出した。
廊下を歩きながら、思案する。
おそらく、実朝は義盛の弁明を聞き入れて赦免するだろう。
それはそれでかまわない。
手は、いくらでもあるのだから。
あと、来たるべき戦に備えて兵力を集めておかなくてはならない。
義時は自宅に戻ると、味方に付ける武士への根回しを行う事にした。
三月、上総国の伊北庄。
所領の検分をしていた和田義盛の元に、将軍からの使いがやって来た。
「そんな馬鹿な!」
「残念ながら真でございます。 御子息の義直、義重殿が、謀反の嫌疑で捕らえられたので、義盛殿の弁明を聞きたいとの将軍の仰せにございます」
「待て。 親衡は、泉親衡はどうした!?」
「彼の者は全て自白したあと……」
「どうしたのだ!」
「既に逐電しております」
「なっ……」
義盛は、動揺せずにいられなかった。
何故、露見した?
何故、泉親衡は白状したのだ?
まるでわからなかった。
だが、今は息子達を救わなくては。
「将軍にお伝えしてくれ。 直ちに御前に参ると」
「承知しました」
使者を帰らせると、傍で控えていた家人に命じた。
「兵と一族の者を集めよ。 その後で、鎌倉に向かう」
五日後、和田義盛は一族郎党、百人を引き連れて鎌倉に着いた。
そして、屋敷に郎党を待機させて、休みを取ることもなく将軍御所へ向かう。
すると、正門で実朝が既に待ち受けていた。
「何と、将軍御自ら……」
「話はあとだ。 ついて参れ」
義盛は、実朝に促されて御座所に向かう。
そこで人払いをしたあと、二人は着座する。
「話は聞いておるな?」
「無論でございます」
「せ、拙者は理解できませぬ。 何故、泉親衡は謀反などと……。 それに息子達が……」
「義盛!」
動揺する義盛を、実朝が強い口調でたしなめる。
「狼狽えるでない」
「し、失礼いたしました」
「私が思うに親衡めは、最初から義時の手下だったのであろう。 お主を謀反人に仕立て上げるために」
実朝の推論は、事実とは多少異なっていた。
親衡は、途中から義時に鞍替えしたのであったが、今の二人にはそれを知る由もなかった。
「将軍! どうか、我が一族をお救いくだされ! 我等は頼朝公の挙兵以来、将軍家に忠義を尽くして参りました。 どうか積年の功に免じて……」
「分かっておる」
実朝は、床に額を擦りつけんばかりの義盛に、優しく声をかけた。
「そなたの忠義、今こそ報いる時であろうからな」
義盛は顔を上げ、微笑む実朝を見た。
間もなく、和田義盛の積年の功に免じてその息子達を赦免する事が発表された。
しかも、それは審議の結果ではなく、将軍実朝の独断であった事もあって、和田義盛と将軍の強い絆を証明する事となったである。
そして、その知らせを聞いた北条義時は、異議を唱える事もなく和田義盛の『息子達』を解放した。
和田義盛の屋敷は喜びが満ちていた。
捕らえられていた義直、義重の二人が帰還したのである。
特に、父親の義盛の喜びはひとしおだった。
「お前達、よくぞ無事で戻ったな!」
「父上。 本当にご心配、ご迷惑をおかけしました」
「気にするでない。 全ては将軍のお計らいによるものだ」
「お前達!!」
やや遅れて、一人の巨漢が姿を見せた。
二人の兄、義盛の三男の義秀である。
体格に見合った怪力の持ち主で、武勇において互角に戦えるのは、長男の常盛しかいない。
その義秀が、嬉しさのあまりに二人の背中をバンバン叩いたので、二人は息がつまってしまう。
「あ、兄上。 もっと優しく……」
「ああ、すまん」
それは、仲の良い兄弟の姿だった。
微笑みながら見ていた義盛は、ある事に気づいた。
「胤長はどうしたのだ?」
「えっ」
父の言葉に、義重が怪訝そうに聞き返した。
「まだ、戻っておらぬのですか?」
その頃、義時は座敷牢にいる義盛の甥、和田胤長と会っていた。
無念の面持ちの囚人に、冷たい声をかける。
「お前は解放はせん。 まだ、使い道があるのでな」
数日後、義時に味方すると思われる御家人達に、義時の書状が届いた。
勿論、新田家にも。
それを政義に見せられた重兼は、真剣な面持ちで兄に言った。
「兄上。 我が新田家の運を切り開く時が参りましたぞ」




