鎌倉食通事情
重兼は、朝からゲンナリしていた。
理由は、目の前に出された朝食である。
毎度お馴染みの一汁一菜プラスおかず、である。
毎日同じようなメニューばかりだと、本当に、心底からうんざりしてくる。
令和の頃のように、ラーメンやパスタ、豚カツ、牛丼、チャーハン、フライドチキン、スナック菓子を食べるなんて夢のまた夢、望む事なんて罪のように思える有り様だ。
(それでも)
重兼は思う。
このまま、こんな悲惨極まる食生活を送るなんて耐えられない。
変えられるのなら変える。
令和の頃の食生活を、完全に再現するのは無理ではあるが、現状を多少なりとも変える事はできるはずだ。
(やる。絶対にやる!)
朝食を終えて、そう決心した重兼は行動を始める事にした。
私室に戻ると、机の前に座って考えをまとめる。
まず思いついたのは、養鶏だった。
これがうまく行けば、卵、鶏肉がとれるようになるし、自分はもちろん、領民たちの食生活、栄養事情の改善につながる。
ただし、卵を触った時は、必ず石鹸で手洗いするのを徹底させる。
何故なら、産みたての鶏卵は様々な雑菌が付着していて食中毒の原因になるのだ。
さらに、養魚池を造る事。
これは、新田荘のすぐそばを利根川などの複数の河川が流れているので、簡単に出来るだろう。
これ等の事業が軌道に乗ったなら、飢饉対策として有効であるし、鶏肉や魚を加工して売り出せば金銭面でも利益が期待できる。
もちろん、結果が出るのはかなり先の事になるが、取り組む価値は充分にある。
あと、毎日の食事に多少の改良を加える事にした。
ごはんは、タケノコごはん、栗ごはんを時々でいいので出すなどして、ごはんのバリエーションを増やす。
おかずの品に、里芋の煮転がし、豆腐田楽や天ぷらなどを加える。
それらの調理法を家人にみっちり教える。
とにかく、この時代の貧相な食事にアクセントを加えるというか、少しでも変化させて、
食生活をもう少しましなものにしたい。
あとは、
(何か、甘いものが欲しいな……)
チョコレート菓子なんて贅沢は言わない。
とにかく、甘いものが食べたい。
最初は蜂蜜を思い浮かべたが、採取する時の事を考えると諦めた。
蜜蜂をおとなしくさせる方法はあるのだろうけど、重兼もさすがに知らないし、知っていたとしても、この時代の技術や資材では実行不可能だと思う。
そんな状態で蜂蜜を取らせるなんて、領民にさせたくない。
誰だって、蜂に刺されたら痛いに決まってる。
「何か、ないかな……」
思わず、口に出てしまった。
本当に、心底から欲しくなる。
クリームパン、チョコレート、スナック菓子、ジュース。
令和の頃には当たり前のように口にしていた物が、次々と思い浮かぶ。
「待てよ?」
ふと!思いついた事があった。
確か、この時代の甲斐国では葡萄が採れたはずだ。
それを利用すれば、干し葡萄やグレープジュースなどがつくれる。
とにかく、この時代は甘いものが少ない。
塩味ばかりの食べ物ばかりだと、うんざりしてしまう。(重兼はそうである)
単調な食生活に変化がうまれる。
早速、商人に頼んで買って来てもらおう。
そして、いつかは葡萄の栽培も行いたい。
そんな風に考えをまとめると部屋を出る。
今、決めた事を自分の所領で実行して、結果を出す。
養鶏、養魚池の創設、(可能なら)葡萄の栽培は絶対に新田家のみならず、日本全体にとって役立つはずだ。
そう確信して、自分の所領、天河瀬郷に行く準備を始めた。
風がかなり涼しい。
承元二年の冬は近づいている。
馬上の人となった重兼は、それを体感した。
時間は、歴史は止まる事なく進んでいく。
これからは、重兼が知っている事、知らない事がどんどん起きるだろう。
やるべき事も、色々出てくるかも知れない。
だが、それでもいい。
その全てを、自分の力で乗り越え、この時代に於ける人生を素晴らしいものにする。
そう決心して、重兼は馬に鞭を入れた。