北条の問題児、朝時
建暦二年(1212年)五月、新田荘。
総持寺の新田館に平次がやって来た。
売上げ金を納める為である。
出された茶を飲みながら、平次は下人に売上げ金を運びこませる。
それを見て、「たいした額だな!」
重兼は驚きを隠せなかった。
平次が持参した金は九十貫文ほどで、重兼の予想をかなり上回っていた。
「ワインの売上げが伸びましたのでね。随分と儲けさせていただきました」
平次は満面の笑顔である。
新田家に納めたのは 平次が拠点としている安養寺の宿場町に納める場所代と、平次の取り分を引いた残りの金額である。
それでもこれだけの額なのだから、驚かずにいられない。
「あと、欲を張るようですが、何か新しい商品を扱わせていただければ、もっと売上げを伸ばして御覧にいれますが」
平次の言葉に、重兼は言葉に詰まった。
石鹸と炭団、ワインの他に思いつく物がない。
(何かヒット商品はないか?)
そう思っても、すぐには浮かばない。
「まあ、考えておく。それよりも、何か面白い話はないか?」
別に意図があって言った訳ではなく、軽い気持ちで言ったに過ぎない。
しかし、予想外の答えが返って来た。
「鎌倉で、誘拐騒ぎがありました。 しかも将軍御所で」
「なんだって!?」
平次は声をひそめて話し始めた。
話の内容はこうだった。
その日、将軍御所で騒ぎがあった。
御所で働く女房が一人、行方不明になったのである。
皆が慌てて捜すと、あっさり見つかった。
事情を聴くと、以前から言い寄られていた男に誘拐されたとの事だった。
そして、その犯人が問題だったのだ。
名は北条朝時。
政所別当、北条義時の次男だったのである。
将軍御所の庭で、北条朝時は胡座をかいて座っていた。
その様子からは反省や後悔といったものは、全く感じられなかった。
将軍である実朝を始め、幕府の重鎮が顔を揃えている。
その中には朝時の父、義時の姿もあった。
怒りの形相で息子を見ているが、朝時は気にする様子もない。
「朝時。 何故にこのような事をした?」
尋ねる実朝も、怒りの形相である。
それを気にする風もなく、朝時は答えた。
「ああ、あの女御がなびかないので、腕ずくで誘い出しました」
「ふざけるな!」
実朝の怒号に、朝時以外の者がビクッとなる。
「悪い事でしょうか?自分はただ……」
そこで朝時は、父に対して冷たい視線を向ける。
「大分前に、父がした事を真似ただけですが」
周囲の視線が、義時に集まる。
「私が!?」
義時は、戸惑いながらも思考を回転させる。
思い当たる節が……あった。
そして確信した。
(こいつ、私に対して嫌がらせをしているか!?)
朝時が指摘して、義時が思い当たったのは、義時の先妻の姫の前の事だった。
彼女は、頼朝時代の将軍御所に仕える女房だったのを義時が惚れこみ、何度も艶書(恋文)を送ったのだが一向になびかない。
そこで、頼朝に仲介を頼んで『決して離縁しない』という起請文を書いて、妻にしたのだ。
しかし、建仁三年(1203年)九月に起きた比企氏の変の後、あっさり離縁している。
彼女は比企氏の一族だったのである。
彼女は北条の家を出た。
二人の息子(後の朝時と重時)を残して。
義時は、かつて無いほどの怒りに身を震わせた。
確かに、あの様な形で妻と別れたのは、幼かった朝時には辛い経験だったかも知れない。
父親である自分に対して、反感を持つのも理解出来なくはない。
だからと言って、このような形で仕返しする事は無いだろうと思う。
自分の面目は、丸潰れだ。
現在の妻である千代に対する態度もあって、義時は限界だった。
「……朝時、貴様を義絶する! 鎌倉から出ていけ!」
「承知しました!!」
朝時は席を立った。
息子が去るのを見届けて、義時は実朝に向き直り頭を下げた。
「将軍、あやつは追放いたしますので、どうかお許しいただきたく思います」
「そちにまかせる」
冷たく言い放って 、実朝は席を立った。
周りもそれに続く。
そして、最後に立ち上がった和田義盛が、義時に声をかける。
「大した御子息ですなぁ」
愉快でたまらない。
そういった表情で。
義時は、怒りと屈辱で、再び身体を震わせた。




