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新田ワイン誕生

 承元五年二月の鎌倉。

 例年に比べて行き交う人々の表情は、どことなく暗い。

 昨年の彗星騒ぎと、立て続けに起きた火事の記憶が薄れていないのだろう。

 今年中に改元が行われるので、気持ちを切り換えてほしい。

 そんな人々を見て、重兼はそう思った。

 今年の鎌倉大番役での新田党の担当は、政所の警護である。

 重兼は五人の郎党と共に、政所の周囲を巡回して不審者に目を光らせている。

 政所の主、北条義時から放火に注意するよう釘を刺されたのだ。

 昨年、長男と弟の屋敷が火事にあったので、神経をとがらせているのだろう。

 自分の郎従に命じて、自分の屋敷の警備を強化させたとの話も聞いている。

 それだけに、新田党は気合いを入れて仕事をこなしていた。


 正午になって、新田党は午後からの警護を担当する御家人と交代する事になった。

「それでは渋谷殿。後はお願いいたします」

「心得ました」

 渋谷高重。

 新田荘の西に隣接位置する、甘楽郡黒川郷に所領を持つ武士である。

 渋谷家は武蔵の武士であるが、彼は上野国に所領があるので、今回の大番役に参加していた。

「義時殿の警護は、特に注意してくだされ。最近の鎌倉は物騒ですから」

「……承知した」

 念押しして、政義は郎党を連れて立ち去った。

 彼等の耳に、高重の呟きは聞こえなかった。

「北条の犬めが」



 三月になって新田党が帰国した頃に、朝廷から承元から健暦の改元と、土御門天皇から

 守成親王への譲位が発表された。

 順徳天皇の誕生である。

 しかし、それらに重兼は関心を持たなかった。

 あるものの完成が、近づいていたのだ。

 その時まで、領内の巡回や武芸の鍛練などをして過ごした。

 そして健暦元年の初夏。

 遂にそれが出来上がったのである。


 上野国、八幡荘。

 (さかづき)に注がれた赤黒液体を、重兼は一気に飲み干した。

 周りの農民達は、信じられないといった表情で見守っている。

「うん、これはいける」

「あの、重兼様。……そんな物、飲めるのですか?」

「もちろんだ」

 重兼は満足げに頷く。

 この飲み物、ワインは売れる。

 更なる利益を新田家にもたらしてくれる。

 そう確信した重兼は、顔がにやけてくるのを抑える事が出来なかった。

 早速、予め用意しておいた瓶にワインを積めさせると、荷車に載せた。

 新田荘に運んで売りさばくのだ。

 この時点では、重兼はこれから起こるトラブルを全く予想していなかった。



 しばらくして、総持寺の新田館に来客があった。

「これはこれは義季殿。今日は如何なる用件ですかな?」

 世良田義季は、政義と重兼を見回して口を開いた。

「ほかでもない。宗家が売り出した、あの、面妖な飲み物の販売を止めてもらいたい」

「えっ?」

 意外な言葉だった。

 重兼からすると、ワインは不気味でも何でもないのだが。

「あの、毒々しい色の飲み物のせいで最近、『世良田宿で生き血が売られている』などと、とんでもない噂が流れておるのだ!あんな物をこのまま売られたら、誰も世良田宿に寄りつかなくなってしまう。すぐにでも売るのを止めてもらいたい」

 そういう事か。

 重兼は納得した。

 確かに、あの色はこの時代の人間にとって気味が悪いだろう。

 しかし、毒ではないとわかれば売れるはずだ。

 それに、近い将来に白ワインも生産するつもりなので、売るのを止める訳にはいかない。

 かといって、義季の意向も無視できない。

 世良田宿は義季の所領なのだ。

「重兼、どうする?」

 兄が心配そうに尋ねてくる。

「そうですね。別の場所で売るようにしましょう。それならどうですか?」

「それなら良いが、どこで売るのだ?」

「安養寺で売ります。兄上、よろしいですね?」

「……良いだろう」

 安養寺とは、新田荘内にある真言宗の寺であり、新田義重によって再建された新田氏の氏寺である。

 世良田宿ほどではないが、門前町があって市が開かれている。

 新田宗家の所領なので、ワインを売る事に問題はないと思う。

 ワインの悪いイメージは、時間をかけて払拭していけば良いだろう。

「義季殿、いかがですかな?」

「構わん。それでは、拙者はこれで」

 義季は終始、素っ気ない態度を変えずに去って行った。

 これで万事上手く行く。

 重兼は安堵した。



 しかし、まだ終わっていなかったのである。



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