後日談:自国と隣国と / 時には甘えて
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国王陛下に招かれ、ガイウスはセルヴァン様と共に登城した。
年を越えたばかりで王都はまだ祝いの雰囲気が色濃く漂っている。
しかし、今日王城に向かう理由は、あまり良いものではなかった。
辺境伯領で見つかった魔道具と隣国との進展について、関わりがあるからと聞かせてもらえることになったのだ。ガイウスもずっとその件は気になっていたので非常にありがたい話だった。
王城に着くと、すぐにガイウス達は奥に通された。
重要な上に外部に漏れるとまずい話でもあるからか、厳重な警備の中、奥の応接室に着いた。
中に入ると国王陛下がいて、ガイウス達は礼を執り、挨拶をした。
だが、陛下は軽く手を上げるとソファーを勧めてくる。
「これは非公式だから、そう堅苦しくする必要はない。さあ、こちらに座ってくれ」
それにガイウス達は頷き、ソファーに腰掛けた。
テーブルの上には辺境伯領で見つかった魔道具が置かれている。
陛下がもう一度手を上げると、案内役の使用人が動き、ガイウス達に書類を差し出した。
「まずはそれを読んでほしい」
受け取った書類に素早く目を通せば、魔道具に関する報告書であった。
やはりこの魔道具は魔力を吸収し、周囲の空気に水分を含ませ、温度を下げるという機能があるそうだ。これだけならば『一体なんの意味があるのか?』と首を傾げていただろう。
だが、ルイザから雲が出来て雨が降る件について教えてもらってからは、この魔道具に対する見方が大きく変わった。
その話は辺境伯様やセルヴァン様、そして王都に帰還してすぐに国王陛下にもお伝えした。
国境沿いの村が襲われ、これが五つも埋められていた。
明らかにこの魔道具の使い方を分かっている者が埋めたのだ。
……それも、辺境伯領かその周辺を狙ってのことだ。
もしルイザがウーヴェを拾わなければ、もしウーヴェが生き延びていなければ、原因を突き止めることは出来なかったかもしれない。
たとえ一つを見つけられたとしても、他の村まで意識は向かなかったかもしれない。
ウルフィー族に対して偏見や差別がある中、ルイザだけがウーヴェを見つけ、手を差し伸べた。
……本当にルイザは幸運の女神だな。
「バッシュ男爵夫人から雲と雨の話を聞いていなければ、我々はこの魔道具の恐ろしさに気が付かないままだったのですね……」
セルヴァン様が俯いて額に手を当てる。
溜め息をなんとか押し殺しているのが察せられた。
「うむ。まさか、このような魔道具であれほどの長雨を生み出すとは……ウルフィー族や他の村が狙われたのは、この魔道具に与える魔力を得るためであったのだろう」
陛下の言葉に、国境沿いの村の様子を思い出した。
どの村も皆殺しにされた上、中央広場に遺体が積み上げられていた。
その凄惨な光景は一生忘れることが出来ないだろう。
……ウーヴェには可哀想なことをした。
彼は『みんな殺された』と言っていたのに、案内役をさせてしまった。
あの時は少しでも早く長雨の原因を突き止めることしか頭になくて、仲間の遺体を見て嘆き、咆哮を上げるウーヴェを見て酷く後悔した。
体は大きくても、まだ未成年の──……十五歳の少年にはつらい現実だったはずだ。
共にいることで仲間を失った悲しみや寂しさ、つらさを和らげてやることしか出来ない。
そうして、ルイザを連れていかなくて正解であった。
あんな光景、貴族の令嬢が見てしまったら心を病んでしまうに違いない。
魔力を集めるために効率良く、遺体を集めたのだろうが、悪趣味である。
人は誰でも大なり小なり魔力を有しており、死後も体には魔力が残っている。
無理やり魔道具に魔力を注ぎ込むより、一定期間だけなら遺体を集めて置いておけば、魔道具が勝手にその魔力を吸収して魔法が発動するというわけだ。
遺体が朽ちて魔力がなくなれば魔道具は自然に止まる。
その後に回収するかどうかは別としても、設置後は放っておける。
しかも辺境の国境沿いで、交流のないウルフィー族の村を主に狙ったのは確信犯だ。
……俺達だけではこの魔道具は見つけられなかった。
非常に合理的で、気分の悪くなる、嫌な方法だった。
「魔道具について、パルドゥームス国王に書状を送った。……どうやら、あちらではこの数ヶ月の長雨は我が国がわざと引き起こしているのではという疑いの声が貴族達から出始めていたそうだ。辺境伯領も長雨の被害を受けていたが、国境を接しているあちらの領地はより被害が甚大だという」
「……やはり、何者かが両国の関係にヒビを入れようとしているのでは?」
「その可能性は非常に高いだろう」
セルヴァン様の言葉に国王陛下が重々しく頷いた。
「少なくとも南側の諸国ではないことは確かだ。あの辺りの国は我が国とも不可侵条約を結んでいる。もし我が国が戦争で傾いたとしても、この国土を取り込むことは出来ない」
我が国の南方には複数の小さな国々があり、それらの国と不可侵条約を結ぶことで平和を保っている。
「と、なりますと……やはりパルドゥームスの向こうの国々でしょうか?」
パルドゥームスとこの国が戦争を起こし、喜ぶとしたら、それは不可侵条約を結んでいない他の国だ。
パルドゥームスの向こうにはアルティリルス公国があり、昔、パルドゥームスとアルティリルス公国は一つの国だった。だが、当時の国王と王弟が争い、国が割れ、アルティリルス公国が生まれた。
アルティリルスの公王とパルドゥームスの国王はいまだにとても仲が悪い。
パルドゥームスと我が国とで戦争を起こさせ、両国が弱ったところで攻め入り、楽にうまみを得ようとしている可能性もないとは言い切れない。
……いや、むしろその可能性が高いのか。
「パルドゥームス国王もその可能性に気付き、彼の国も不可侵条約に参加したいと申し出てきた。条約に参加すれば、いざという時に参加国から支援を受けられる。さすがのアルティリルスも複数国相手に戦を仕掛けるほど愚かではないだろう」
「これまでは頑なに拒絶していたというのに、危うくなったらすり寄ってくるとは……」
「我が国としてはパルドゥームスとアルティリルスが戦争となっても構わないが、こちらまで巻き込まれるのは困る。……他の国の意向を聞いてからになるものの、恐らく不可侵条約は結ばれるであろうな」
国王陛下が、頭が痛いというふうに溜め息を吐く。
だが、とりあえずパルドゥームスが不可侵条約に参加すれば、アルティリルスはそう簡単には手出しが出来なくなる。
「ただし、パルドゥームスも『理由なくアルティリルスに攻め入る』ことは出来なくなる。アルティリルスは不可侵条約に参加していないが、この条約は『他国に侵略しない』『他国の領土を得ない』ことが明記されている。しばらくは両国とも様子見のために大人しくしている……はずだ」
そう言った陛下は、少し疲れた様子であった。
セルヴァン様もどことなく疲れているふうなので、辺境伯領から王都に来て以降もこうして陛下と話し合ったり、追加の支援物資の準備をしたり、色々とあったのかもしれない。
……辺境伯領も災難だったな。
もしもパルドゥームスとアルティリルスの諍いに巻き込まれてのことであるなら、水害を受けたレイノルズ辺境伯領の民達も、辺境伯も、仲間を失ったウーヴェも、納得出来ないだろう。
ウーヴェには事実だけを説明するつもりだが、いつか、知識を得てこの可能性に彼が気付いたとしたら、ガイウスは黙っていたことを責められると思う。
だが、今のウーヴェに下手な憶測を交ぜて伝えるのは良くない。
ガイウスやルイザの言葉に疑いを持たないウーヴェは、きっとこの憶測を事実と思ってしまうから。
……しかし、どうやって説明したものか……。
ガイウスはひっそりと溜め息を吐いたのだった。
* * * * *
王城から帰ってきたガイウスは少し疲れた様子だった。
夜、二人でベッドに横になってから、ようやくその理由をガイウスは教えてくれた。
国境沿いの村で見つけた魔道具の件と隣国との件を聞いて、わたしも溜め息が漏れた。
「巻き添えなんて迷惑な話ですこと」
「ああ、まったくだ」
仰向けになったまま、ガイウスはジッと天蓋を見つめている。
その横顔にはやはり疲労が垣間見える。
「それに、ウーヴェには可哀想なことをしたと思ってな……」
ガイウスはウーヴェを連れて国境に向かったことを後悔しているらしい。
仲間の死をウーヴェに見せ、余計な悲しみや苦しみを背負わせてしまったと。
話を聞いただけでも、まだ精神的に幼いウーヴェにはつらい状況だったと思う。
けれども、もしウーヴェを連れていかなかったとしたら、彼は王都に来る道を選んだだろうか。
一人で村に戻ることを選んだかもしれないし、そうなれば結果的には同じである。
一人で苦しむより、誰かがそばにいたほうが気持ちも楽になる。
手を伸ばしてガイウスを抱き締める。
「あの時、あなたは自分に出来ることをしたと思いますわ。ウーヴェだって『ついて行く』と言ったでしょう。……後悔よりも、これからのことを考えましょう」
ガイウスがこちらを向いて抱き締め返してくる。
わたしよりも大きな体なのに、すがるような仕草に胸が痛んだ。
きっと、国境の村はガイウスが言うよりもずっと酷い状態だったのだろう。
ガイウスは簡単に説明してくれたが、数ヶ月前に村人が殺されたのだとしたら、色々と想像すれば──……惨状が容易に思い浮かんで苦しくなった。
「ガイウス……あなたのつらさをわたしにも背負わせてくださいませ」
そっと背中を撫でれば、ギュッとガイウスの腕に力がこもり、体がぴったりとくっついた。
「もし、あの時の選択を後悔するなら、止めなかったわたしも同罪ですわ」
「……君は悪くない。むしろ、ウーヴェを助けたことは今回の件で最大の功だ」
「まあ。以前から感じておりましたけれど、あなたはわたしに甘すぎましてよ?」
わたしがわがままを言っても笑って許してくれる。
わたしが好き勝手しても肯定してくれる。
だからつい、わたしもガイウスに甘えてしまうけれど……。
「その代わり、今夜は甘やかしてくれるだろう?」
頭上から聞こえるガイウスの声に苦笑した。
「わたしはいつでも、あなたを甘やかす準備は出来ておりますわ」
「甘やかす準備?」
「ええ、会長室から引っ張り出して、寝室に閉じ込めて、一日中のんびり過ごせる準備ですわ。王都一のパティスリーのお菓子を揃えて、高級なワインも用意して、一日ベッドでだらだらして過ごしますのよ」
「……それはまた、なんとも贅沢な甘やかしだな」
ガイウスが小さく笑った。
商会長として、ガイウスは忙しい日々を送っているが、たまには一日くらい仕事をしない時があっでもいいだろう。無理をしすぎると人は疲れてしまう。
今まで平気だったからといって、これからもそうとは限らない。
「その贅沢な甘やかしには君もついてくるのか?」
ガイウスの問いにわたしも笑った。
「当然、つきますわ」
「そうか……本当に贅沢すぎるほど贅沢な甘やかしだ」
想像したのかガイウスの声は少し明るくなっていた。
「その間の仕事はニールに任せるんだろうな」
「ええ、ニールさんにはその分、わたしのお金から特別支給いたしますわ」
「あいつなら喜んで引き受けそうだ」
最近気付いたが、ニールさんは金勘定が好きで、お金自体も好きだ。
商売人向きといえばそうだが、ガイウスとは方向性が同じ『好き』である。
ニールさんは実は既婚者で、奥様を溺愛しているらしく、お金を稼ぐのは愛する奥様が苦労しなくて済むようにとあれこれお金をかけているからなのだとか。
ガイウスも辺境伯領や孤児院にお金を送っていて、なんというか、似た雰囲気を感じる。
……ガイウスもニールさんも身内にお金を使うタイプですのね。
そしてそれを苦に思わないタイプでもあった。
「……本当につらくなったら『甘やかし』を頼んでもいいか?」
ガイウスの言葉にわたしは頷いた。
「ええ、もちろんですわ。いつでも大歓迎でお待ちしております」
むしろ、ガイウスと一緒に過ごせるのだからわたしにとってもご褒美である。
「……ありがとう、ルイザ」
結婚してから、もう数え切れないほどガイウスからもらった言葉だ。
元婚約者からは一度もかけてもらったことのない言葉。
比べるのは良くないだろうけれど、ガイウスと結婚して良かったと思う理由の一つでもあった。
ガイウスはいつだって感謝の言葉をかけてくれる。
だからこそ、わたしも感謝の気持ちを返したいと思う。
昔から『人間関係は鏡写し』とは、よく言ったものだ。
「どういたしまして、ガイウス」
……本当は今すぐ甘やかしてしまいたいくらいですわ。




