問題
レイノルズ辺境伯家から出発して一週間。
特に何事もなく、天気も良い状態でわたし達は王都に帰還した。
一月ぶりの王都がなんだか懐かしく感じる。
馬車の窓からウーヴェが目を輝かせて外の景色を眺めている。
ガイウスはセルヴァン様達と共にこのまま王城に行き、急ぎ辺境伯領での件を報告するというので、わたしと侍女、護衛、ウーヴェは一足先に屋敷に帰ることになった。
大通りで騎士団の列から外れ、屋敷に続く通りを馬車がゆっくりと進む。
「王都、賑やか……人多い……建物、沢山」
ウーヴェが忙しなく顔を上げ下げしていて、微笑ましい。
「……肌、黒い人、いる」
「あら、もしかして髪色が濃い人達のことかしら?」
「ん」
「きっと南方の国から来た人ですわね。あちらは日差しが強いから、肌や髪の色が濃くて、顔立ちもこの国の人々とは少し異なりますのよ」
わたしの話を聞きながら、ウーヴェが通りの人々を熱心に眺める。
「……みんな違う……不思議……ウルフィー族、みんな、同じ」
「みんな違うから、相手の容姿が自分と異なっていても気にしないでしょう。これだけ大勢いれば、ウーヴェが混ざっても目立ちませんわ。違うことは『個性』ですのよ。王都では『個性』があるほうが相手に覚えてもらいやすいですわ」
「こせい……」
ウーヴェはやはり、物珍しそうに人々を見ていた。
馬車が通りを進み、見慣れた景色が車窓を流れていく。
「そろそろ家に着きますわ」
そう言えば、ウーヴェが振り向いた。
「家?」
「ええ、ガイウスとわたしの家であり、商会であるところよ。隣に商会員や護衛用の宿舎もあるけれど、ウーヴェがどこに住むかは改めてガイウスと相談したほうが良さそうね」
「ん」
ウルフィー族の習慣も何かあるかもしれないし、商会員から受け入れてもらえるかも分からない。
もし宿舎に住むのが難しければ、屋敷に住んでもいい。以前ガイウスが「使ってない部屋がいくつかある」と言っていたので、そのうちの一つをウーヴェが使うことも出来るだろう。
ジッと見つめてくるウーヴェに、手を伸ばしてその頭を撫でる。
……ウーヴェは本当に『なでなで』が好きね。
馬車の速度が落ちて、家の前に到着する。
護衛が先に降りて、ウーヴェ、侍女、わたしの順に馬車から出る。
屋敷に入るとすぐに使用人達が気付いて出迎えてくれた。
使用人達と話していれば、商会に繋がる廊下の向こうから慌ただしい足音がして、ニールさんが現れた。わたしと目が合うと安堵した様子で歩み寄ってくる。
「奥様、お帰りなさいませ。長旅お疲れ様でした。……旦那様はどちらに?」
ニールさんの視線がわたしの周りを泳ぎ、ウーヴェを見て目を瞬かせる。
「ガイウスは辺境伯領の調査について、国王陛下にご報告に行きましたわ。それと、こちらはウーヴェといって、辺境伯領で拾った子なのですが、わたしの護衛にいたしますの。ガイウスも了承済みですわ」
「そうなのですか……申し訳ありません、奥様。お帰りになられたばかりで大変恐縮なのですが、今からトイレットペーパーの補充は出来ますでしょうか?」
「まあ、そんなに売れ行きが良かったのですか?」
……結構な量の在庫を用意してから出掛けたはずですわよね?
首を傾げつつ見上げ、ふとニールさんの顔色が悪いことに気付く。
「……実は、昨夜、トイレットペーパーを保管していた倉庫の一つが火事で燃え落ちたのです……」
「ええっ!?」
倉庫は厳重に管理されており、トイレットペーパーしか保管していない上に火気厳禁なので火事になる理由がない。出入り口などには警備員もいたはずだが──……。
そこまで考えてハッと気付く。
「警備の方々は無事ですの!?」
トイレットペーパーなんて燃えやすいものが大量にあったのだ。
火の手が回るのは早く、きっと、火を消すどころか逃げるだけで精一杯だっただろう。
ニールさんが少し驚いた表情をしながらも頷く。
「え、ええ、幸い人的被害も周囲の建物の延焼もありませんでした」
「そう……良かったですわ」
倉庫だけが燃えたなら、また別の倉庫を用意してトイレットペーパーを出せばいい。
「警備員の証言で、誰かが倉庫に放火したのは確かです。倉庫の裏手で不審な人影を見つけて、声をかけようとしたのですが、先に火の手が上がり、それに気を取られているうちに逃げられてしまったそうです。……警備の者達が謝っておりました」
「警備の方々は悪くありませんわ。今後も警備をお願いします、とお伝えくださいませ」
「優しいお言葉をありがとうございます」
ニールさんが浅く頭を下げてくる。
場合によっては警備員達が責任を取って辞めさせられるかもしれないと危惧していたのだろう。
……放火した者が悪いのであって、彼らの責任ではないわ。
「物より人のほうが大切ですもの。他の倉庫は大丈夫でしたか?」
「はい、燃えた倉庫は一つだけです」
「では、すぐに補充に向かいますわね」
「よろしくお願いいたします。倉庫は三番をお使いください。……それと、こちらを」
ニールさんが小さなバッグを差し出したので受け取れば、中には魔力回復薬が三本入っている。
それを確認し、黙って待っていたウーヴェと護衛達に「倉庫に行きましょう」と声をかけ、そのまま屋敷を出た。
馬車に乗り込み、走り出してからウーヴェが口を開く。
「あれ、誰?」
「先ほどの方はニールさんといって、ガイウスの右腕で商会の副会長ですわ。これからよく顔を合わせるようになるから、喧嘩してはダメよ? ガイウスもわたしも信頼している人なの」
「ん、ケンカ、しない」
しっかり頷くウーヴェの頭を撫でながら考える。
……放火なんて一体誰の仕業かしら……。
どの国でも火に関する罪というのは重く、不注意の事故で火事を起こした場合であっても刑罰に処される。罰金はもちろんだが、不注意の程度や火事の被害によっては重罪人と同じ扱いを受ける。
レンガや石造りの家もあるが、屋根や梁などは木製なので一度火事が起こると被害が広がりやすく、そのため、火に関する罪はたとえ事故だったとしても罪になる。
放火は故意に火事を起こす行為なので、当然、事故の場合より処罰が重い。
もしこの火事が広がり、死人が出ていたら、犯人は確実に死刑である。
今回は人命が失われるようなことはなかったものの、商会が損害を受けた。
犯人も捕まれば、ただでは済まない。
目的地に到着し、馬車から降りると、目の前に焼けた倉庫があった。
石造りの壁は残っているけれど、屋根は焼け落ち、焦げた臭いが漂っている。
並んでいる他の倉庫は無事のようだが、トイレットペーパーを保管していたこの倉庫だけ燃えたことに疑念を感じた。
焼けた倉庫の周りには街の警備隊が建物に近づく人がいないか監視している。焼けた建物は脆くなっているので、誰かが入って崩れて死んでしまったという話もたまに聞く。
三番倉庫に行き、中へ入れば、既に中身を他の倉庫に移した後らしく空だった。
護衛がウーヴェを連れて壁際に控える。
わたしは急いでトイレットペーパーの補充に取りかかった。
……こんなことで商会は揺らぎませんわよ!
* * * * *
三本目の魔力回復薬を飲んで、トイレットペーパーを召喚していると倉庫の扉が開いた。
振り向けば、扉を閉めたガイウスが近づいてくる。
「ルイザ、大丈夫か? 無理をさせてすまない……」
「あら、ガイウスが謝罪をする必要はございませんわ。火事の話をお聞きになりましたのね」
「ああ、報告に行ったら陛下が教えてくださった」
「そうですのね。……あと一回で終わりますので、少しお待ちいただけますかしら?」
ガイウスが頷き、ウーヴェ達のいる壁際に下がったのを確認して、最後の召喚を行う。
倉庫いっぱいのトイレットペーパーが並んでいるのは壮観である。
「終わりましたわ」
振り向いたわたしにガイウス達が歩み寄ってくる。
「お疲れ様。これならトイレットペーパーの販売に影響はなさそうだ。それと、陛下からしばらくの間、警備のために騎士を派遣していただけることになった。……陛下も王妃様もトイレットペーパーの虜だな」
「ふふっ、一度使うと元の雑紙には戻れませんものね」
ぽかんと口を開けて大量のトイレットペーパーを見上げるウーヴェに声をかける。
「ウーヴェ、わたしのこのスキルについては秘密ですわよ?」
「……ん、誰にも、言わない」
「偉いですわね」
戻ってきたウーヴェの頭を、手を伸ばして撫でる。
それから、倉庫の外に出た。やはり、焦げ臭さが風に混じって漂ってくる。
焼けた倉庫の前を通りかかるとガイウスが立ち止まり、煤けた倉庫を眺めた。
「ちょっと待っていてくれ」と言い、ガイウスが倉庫の周りを確認する。
「……これは建て直すしかなさそうだな……」
戻ってきたガイウスの表情は、どこか悲しげだった。
ふとウーヴェが空気の匂いを嗅ぎ、焼けた倉庫に近づき、屈み込む。
「ウーヴェ?」
声をかけたけれど、ウーヴェはそのまま立ち上がると倉庫の裏に向かった。
腰を曲げ、倉庫の周りの匂いを嗅ぎながら裏手に回ると、酷く焼けている場所があった。
……ここが最初に放火された場所かしら?
足元には焼けて崩れた梁などが落ちており、ウーヴェがその隙間に手を突っ込む。
そこから、何かを取り出すと振り向いた。
目の前に差し出されたのは焼け残ったマッチ棒だった。
「人間、匂いする……男」
「もしかして、放火の際に使われたものか?」
ガイウスが警備隊に声をかけ、ウーヴェの拾ったマッチ棒と焼けた場所を伝える。
警備隊が折り重なった木材などを退かすと、焦げているが、マッチが入った箱も見つかった。
それらは証拠として回収される。
火をつけるためにマッチ棒はよく使われるが、それを日常的に使うのは貴族や富裕層の家で、平民は火打ち石をぶつけ合って火を熾すのが一般的である。
……つまり、犯人はそれなりに裕福な家の者か、その関係者?
マッチは安くはないため、どの家でもある程度の管理がされているはずだ。
使用人が持ち出せば問題になるが──……たとえば家の者であれば、好きに使える。
「ウーヴェ、偉いぞ。よく見つけたな」
馬車に戻り、ガイウスがウーヴェの頭を撫でる。
「少なくとも、一般人が放火したわけではなさそうだ。……考えられるとすれば、他の商会か……トイレットペーパーの製造か販売に噛ませてほしいと言ってきた者達の誰かかもしれない」
「甘い汁を吸わせてもらえなかった逆恨み、ということですの?」
「その可能性も捨て切れないが……商売上、どうしても恨まれることはある」
はあ、とガイウスが溜め息を吐く。
横にいるガイウスを抱き締めた。
「大丈夫ですわ。陛下が騎士を派遣してくださるなら、もう火事は起きないでしょう。もし犯人がまた倉庫を燃やそうとしても、騎士や警備の方々が捕らえてくれますわ」
この辺りは倉庫が多くて民家が少なく、人通りもない。
昼間ならともかく、夜に関係のない不審な者がうろついていればすぐに気付くだろう。
「一体どんな目的で放火をしたのかは分かりませんが、倉庫を燃やして、トイレットペーパーの流通を滞らせようとしたのであれば、無駄ですわ。わたしが帰ってきた以上は在庫に困りませんもの」
「ああ、そうだな。……この程度のことで傾くほどうちの商会は柔じゃない」
ようやくガイウスが微笑み、その表情にホッとする。
多少の嫌がらせというのも今まであっただろうが、これはさすがにやり過ぎだ。
もしこれが倉庫ではなく、火の気のある場所だったなら、商会のほうが火の始末を怠ったとして処罰を受けていたかもしれない。そう考えると燃えたのが倉庫だったのは不幸中の幸いだ。
「それに『犯人は現場に戻ってくる』とよく言いますわ。きっと、様子を見に来たところを捕縛されて、あっさり終わりますわよ。犯人が捕まれば重い処罰が下されるでしょう」
わたし達はいつも通りにしていればいい。
倉庫を燃やされたのは正直に言えばショックだが、建て直せばいいのだ。
「犯人が捕まったら、倉庫の建て直し費用と慰謝料を搾り取ってやるのですわ」
「ルイザ、君は本当に強いな。それに前向きで……いつも、それに救われる」
「前向きさはわたしの取り柄ですもの」
ギュッとガイウスに抱き着く腕に力を込める。
「さあ、今のうちにウーヴェをどうするか話しておきましょう? 宿舎がいいか、家がいいか、分からなかったからまだ部屋を用意しておりませんの」
わたしの言葉にガイウスが頷き返す。
「そうだな。……ウーヴェは宿舎と俺達の家、どちらがいい?」
「……オレ、二人、一緒がいい」
ウーヴェの縋るような、子犬みたいな眼差しにガイウスが苦笑する。
「では、家に部屋を用意しよう。使用人達とも仲良くするように」
「ん、ケンカ、しない。ルイザと、約束した」
「そうか、それならいい」
……使用人というより、新しく家族が増えたみたいね。
ウーヴェが座席から床に座り、見上げてくるので、ガイウスがその頭をまた撫でる。
……どちらかと言えば犬っぽいけれど。
でも、狼獣人の末裔であることに誇りを持っているそうなので、それについては黙っておいた。




