旅路
旅立ちから三日目。道中は穏やかなものだった。
街道を通っていることもあり、騎士団もいるため、安全なのは当然だろう。
一日目と二日目は途中の村で宿泊した。
旅の間は普段のような食事は出来ないが、宿の料理もなかなかに美味しいと知った。
特に二日目に泊まった村の宿はガイウスいわく『当たり』だそうで、ウサギ肉を使ったミルクたっぷりのシチューがとても美味しくて、固く焼いた黒パン──数種類の麦を使って作られたもので、日持ちさせるためにしっかりと焼いてある──を浸して食べると丁度良かった。
昼間は馬車での旅で、途中で休憩を挟みながら街道を進む。
昼食などは黒パンと日持ちのする干し肉や塩漬け肉、村で購入した果物などを食べる。
そういった経験も初めてで、何もかもが新鮮である。
ガイウスはわたしが道中の食事などを嫌がるのではと心配していたようだが、そのわたしが何をしても楽しんでいるのを見て、ホッとしたらしい。
そうして、今日はついに初めての野宿だった。
夕方、日が沈む前に街道脇のやや広い場所で一団は夜を明かすことにした。
騎士達が慣れた様子で薪を集め、火を熾し、夕食の準備をしたり、馬の世話をしたり、それぞれに忙しなく動き回るのをわたしは倒れた木に座って眺めていた。
わたしも何か手伝おうとしたのだけれど、みんなから断られてしまった。
……不慣れな人間が手伝うと余計な仕事が増えてしまうものね。
ガイウスはセルヴァン様と団長様と今後の旅程について話し合っている。
周りを眺めつつ、その話し声に耳を傾けながら、騎士達の邪魔をしないよう静かに過ごす。
秋もだいぶ深まっているので侍女が膝掛けを肩に羽織らせてくれた。
時折、パチッと小さく爆ぜる焚き火の微かな音はなかなかに悪くない。
けれども、空は少し雲行きが怪しい。
恐らく辺境伯領に近づくほど天気は崩れていくだろう。
「ルイザ、寒くないか?」
話を終えたガイウスがこちらに来て、わたしの横に腰掛けた。
「ええ、大丈夫ですわ」
旅行中のドレスは動きやすい地味なものだが、生地が厚いので寒さは感じない。
もうあと二月もすれば、本格的な冬の寒さと雪がこの国を包み込むだろう。
寒くないけれど、なんとなくガイウスにくっつけば、抱き寄せられる。
二人で焚き火を見ながら過ごす時間は居心地が良い。
ガイウスも慣れた様子で焚き火に薪を入れている。
「こうやって外で過ごすのも悪くありませんわね」
あちらこちらで騎士達の話し声がして、普段の静かな夜とは異なるが、旅の間はむしろこれくらい賑やかなほうが過ごしやすいのかもしれない。
「晴れていたら夜空が綺麗なんだがな」
「それも素敵でしょうね。でも、上ばかり見て首が痛くなってしまいそうですわ」
「そういう時は布を敷いて寝転んで空を眺めるんだ。夏のよく晴れた夜に、地面に布を敷いて寝転ぶと星空が視界いっぱいに広がって──……辺境伯領を初めて出た日の夜は流星が沢山見えて、まるで自分の旅立ちを祝福してくれているみたいだと、夜遅くまで夜空を眺めて過ごした」
懐かしそうにガイウスが目を細めて焚き火を眺める。
きっと、その時に見た流星の景色を思い出しているのだろう。
「流星、綺麗でしたか?」
わたしの問いかけにガイウスは静かに頷いた。
言葉はなかったが、ガイウスにとっては大切な景色なのだと分かった。
ギュッとガイウスに抱き締められる。
「……いつか、二人で流星を見よう」
「ええ」
それがいつになるかは分からないが、その時もきっと、素晴らしい思い出になるだろう。
その後、騎士達が作ったスープと黒パンで食事を済ませた。
スープは塩漬け肉と野菜を煮込んだシンプルなもので、でも、不思議と美味しかった。
食後にデザート代わりに干した果物も食べつつ、火を囲みながら談笑をする時間はとても穏やかで、少し涼しいが焚き火のおかげで寒くはない。
しばらく焚き火のそばで過ごした後は、それぞれの馬車に戻って休む。
ガイウスもわたしも毛布に包まって座席に横になる。
「ガイウス、その、眠るまで手を繋いでもいいかしら?」
「ああ、構わない」
ガイウスが毛布から手を伸ばし、わたしも同様にして、手を繋ぐ。
いつもは身を寄せ合って寝るので、こうして離れて眠るのは結婚以来初めてである。
しかし、さすがに二人で横になるには座席は狭い。
「……初めての野宿で落ち着かないか?」
ガイウスの問いに頷き返す。
「ええ、いつもと違うことばかりで気が昂っているのかもしれませんわね」
「俺も初めての旅はそうだった。……あの頃の俺には辺境伯領が世界の全てで、でも、旅立ってみたら外にはもっと広い世界が広がっていた。特に王都に着いた時は華やかさと人の多さに驚いたな」
王都に来たガイウスも、今のわたしのように全てが初めてでドキドキしたのだろう。
幼いガイウスが目を輝かせる姿を想像すると可愛らしい。
「王都の人の多さや華やかさに慣れるまで数年かかった」
「リルカの街はそれほど華やかではないのですか?」
「そうだな。王都ほど人も多くないし、それほど華やかでもない。代わりに温かみはある……と思う。皆、親切で、質素な暮らしだが、王都に比べると人同士の距離が近い」
ガイウスの言いたいことはなんとなく分かった。
王都は賑やかで、華やかだが、冷たいところがある。
貴族と平民で住む区画が明確に分けられているし、余所者に優しくない人も意外と多いし、華やかな部分が強いからこそ、貧困層が集まる貧民街という陰の部分もあった。
貴族達が連日夜会や茶会を催す一方、日々の食事すら満足に出来ない人々もいる。
平民の中でも貧民街に暮らす人々は最下級の立場で、就ける職も限られる。
地方から出稼ぎに来た者が結局、貧民街に追いやられてしまうことも珍しくはないらしい。
ちなみに、リルカというのはレイノルズ辺境伯のいる領主街の名前である。
「それは楽しみですわね」
レイノルズ辺境伯領が大変な状況であるのにこんなこと言い方をすると良くないかもしれないが、ガイウスの生まれ故郷に行く機会が得られたのは嬉しいことだった。
* * * * *
夜半過ぎ、ガイウスはふと目を覚ました。
上手く言葉に言い表せないが、何か、嫌なものを感じた。
起き上がると反対の座席ではルイザが気持ち良さそうに眠っている。
馬車の中で眠るのは外よりかはマシだが、あまり快適とは言いがたいので、ルイザはなかなか寝付けないかもしれないと心配していたが、杞憂だったらしい。
毛布を残し、ルイザを起こさないように馬車の外に出る。
焚き火があり、騎士達が交代で見張りを行ってくれていた。
近くの騎士に声をかけ、訊くと、騎士団長は休んでいるそうだ。
代わりに副団長が起きているとのことだったので、そこまで案内をしてもらった。
「すみません、少しよろしいでしょうか?」
別の焚き火のところにいた副団長に声をかける。
ガイウスよりいくらか歳上というくらいで、若く、この年齢で副団長ということは相当腕が立つか、貴族出身なのだろう。
副団長が振り向く。優しげな面差しで、オリーブグリーンの髪を緩く後ろでまとめている。
「バッシュ男爵、何かございましたか?」
「何か嫌な感じがしまして。以前、行商で旅をした時にも何度か、似た感覚を覚えたことがありました。大抵、この感覚がする時は何か良くないことが起こるので……」
「それはスキルが関係するものですか?」
「ええ、その可能性が高いです」
副団長が「そうですか……」と僅かに逡巡した後、近くの騎士に声をかけ、警備を厚くするように命じた。
そうして、副団長が切り株から立ち上がる。
「私と他数名で近くの見回りをしてきます。バッシュ男爵は馬車にお戻りください。……もし、外が騒がしくなっても、危険ですので、決して馬車から出ないように」
「分かりました」
ガイウスは頷き、後を副団長に任せて馬車に戻る。
馬車に静かに乗り込むとルイザは、やはりよく眠っていた。
ガイウスの『嘘を見抜く』というスキルは、嘘だけでなく、直感も鋭くなる。
そして、これは常時発動型のスキルなので、嫌な予感がする時は当たるのだ。
しばらくルイザの寝顔を眺めて過ごしていると、外が段々と騒がしくなってきた。
馬車から離れているものの、夜の静けさ故か、金属同士がぶつかり合うような甲高い音と誰かの怒号らしきものが聞こえてくる。
ガイウスは腰に携えていた短剣の柄に手をかけ、外の音に集中する。
だが、遠くの喧騒はそれほど長く続かなかった。
やがて静けさが戻り、更にしばらくの後に足音が馬車に近づいてきて、控えめに外から「バッシュ男爵」と声がかけられた。窓から確認すると副士団長の姿は見える。
扉を開け、そっと外に出て、扉を閉める。
「周囲を見回ったところ、近くに盗賊が潜んでおりました。我々を襲うつもりだったようですが、男爵のおかげでこちらから先に奇襲を仕掛けることが出来ました。騎士団も被害はありません」
「それは何よりです。……何名か捕まえているのでしたら、私が尋問をしましょうか? スキルのおかげで勘が鋭いので、相手が嘘を吐いているかどうか分かるので」
もし他に仲間がいたとしたら、襲撃されるかもしれない。
ガイウスの申し出に副団長が微笑み、頷いた。
「それはありがたいお申し出です。是非お願いいたします」
副団長と共に馬車から離れ、歩きながら改めて話を聞いた。
どうやら盗賊と戦い、三名の男を捕縛したらしい。残りは討伐したが、いくらかは逃げたそうで、副団長も他に仲間がいる場合を想定して、警戒しているようだった。
案内された先には縄で縛られた状態で地面に座り込む男達がいて、荒くれ者といった風体である。
騎士達に囲まれて不機嫌そうにしており、萎縮した様子はない。
ガイウスを見ると威嚇するように男達の一人が怒鳴る。
「おい、テメェ、この縄を解きやがれ!! ぶっ殺してやる!!」
それにガイウスは呆れてしまった。
「殺すと言われて縄を解く馬鹿がいると思うか?」
「よくも仲間を殺しやがったな!!!」
「抵抗しなければ、俺達が殺される。お前達だって今まで『殺して奪って』きたのだろう?」
それに、騎士団が盗賊相手に温情をかけるわけがない。
騎士団の姿を見て、彼らは身を潜めて通り過ぎるのを待てば気付かれずに済んだのに、辺境伯領に運んでいる物資の量を見て、欲に目が眩んだのだろう。
「それで、お前達の仲間は他にもいるのか?」
男達が馬鹿にしたような表情を浮かべる。
「オレ達が素直に言うと思ったか?」
「いいや、思わないな。だが、俺達は急いでいて、次の街までお前達を連れてのんびり進む暇はない。……つまり、邪魔なお前達をここで始末するのが一番楽な方法だ」
「っ、オ、オレ達を引き渡せば報奨金が出る!!」
「残念だが、報奨金など要らない」
自分達が殺されるかもしれないと気付き、男達の表情が強張った。
周囲の騎士も、副団長も、冷たい表情で男達を見ている。
最初に怒声を上げた男の右隣にいた男が慌てた様子で口を開く。
「他に仲間なんていねぇ! おれ達と殺された奴らと、逃げた奴らで全部だ!!」
「っ、馬鹿野郎!!」
「お、おい、何言って──……!」
「うるせぇな! おれはまだ死にたくねぇ! 大体、いつもおれのことを馬鹿にしやがって、お前らなんかどうでもいいんだよ!!」
と、男達が口喧嘩を始める。
副団長の問うような視線にガイウスは頷き返した。
この男は嘘を言っていない。恐らく、本当に他に仲間はいないのだろう。
副団長が剣を引き抜くと、情報を漏らした男が叫ぶ。
「な、なんで剣なんか抜いてんだよ!? 教えたじゃねーか……!!」
「ええ、情報提供をありがとうございます。ですが、我々は一言も『殺さない』とは申しておりませんよ? たとえ近くの街の警備隊に引き渡したとしても、あなた方は処刑されるでしょう。それなら、ここで我々が斬り捨てても同じですから」
「っ、騙したのか!? 何が『騎士』だ、このクソ野郎共め!!」
男の罵倒を無視して、副士団長がガイウスに振り返る。
「男爵、ご協力感謝いたします。後は我々に任せてお休みください」
「はい、よろしくお願いします」
聞こえる罵倒をガイウスも無視して背を向ける。
……これまでの報いを受けるだけだ。
馬車に戻り、扉を開けると座席でルイザが眠っていた。
何か夢を見ているのか、その表情は緩んでおり、幸せそうだった。
馬車に乗り込んだものの、今は眠る気分になれなくて薄暗い中でルイザの寝顔を眺める。
「……俺は嫌な男だな」
先ほど、ガイウスは男達の思考を誘導した。
先に質問をしてから『死』をちらつかせ、盗賊の一人に仲間を裏切らせた。
他の二人は『情報を話したら用済みとなって殺される』と分かっていたようだが、短絡的な残りの一人があっさりと情報を漏らしてしまったのだ。
そして、その後の処理も騎士団に任せた。
……いや、副団長は分かっていて俺を戻らせたのかもしれないな。
ルイザが小さく唸り、身動いだ。
ずれた毛布を肩にかけ直してやり、ガイウスも座席に横になる。
まだ眠れそうにないが、目を閉じているだけでも休息は得られる。
ルイザの寝息に耳を傾けながら、ガイウスは目を閉じたのだった。
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