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来訪者と相談

 





 王家主催の夜会から二月が経ち、わたしのスキルは『レベル5』まで上がった。


 ここまでで、スキルについて分かったことが二つある。


 一つはレベルが上がるごとに、出せるものが三種類ずつ増える。


『レベル1』で雑紙、トイレットペーパー、ティッシュ。

『レベル2』で粗雑な厚紙、新聞紙、包装紙。

『レベル3』で滑らかな厚紙、紙紐、紙袋。

『レベル4』で安い紙──前世でいうところの灰色がかったコピー用紙──、メモ帳、付箋。

『レベル5』で白く滑らかな紙、紙製テープ、段ボール。


 レベルが高くなると複雑な構造のものが出せるようになっていくのかもしれない。


 ただ、この世界にはないものばかりなので、今のところはトイレットペーパーとティッシュ──後者は王家だけに卸している──のみを商会で扱っていた。


 一応、新しいものが出せるようになると両陛下に報告しているが、ほとんどがこの世界の技術では製作するのが難しく、国王陛下からも「秘匿しておくように」と厳命された。


 次に、スキルレベルが一つ上がると魔力量が倍に増えていく。


 最初は『300』と少しだった数値が現在は『7,200』を超えた。ちなみに、一般的に貴族は魔力が『3,000』あればそこそこ優秀といわれるので、魔力量だけで見てもわたしはその倍以上になった。


 こっそり聞いてみたがガイウスの魔力量は『4,500』らしい。平民でそれほど多いのは非常に珍しい。


 この二月の間、トイレットペーパー召喚を続けたおかげで順調にレベルが上がっていった。


 しかし、レベルが上がれば必要な経験値も増えていくようで『レベル5』に上がって以降、なかなか上がらない。召喚で消費する魔力量と経験値数が同じなのだが、様子を見る限り『レベル6』までの道のりはまだしばらくかかりそうである。


 それでも、魔力量が増えたことでトイレットペーパーの生産量が増え、少しずつだが在庫の確保が出来始めた。何かあった時のためにある程度の在庫は用意しておきたいと話していたので、何とかなるだろう。


 毎日トイレットペーパーの召喚をするのがわたしの仕事だ。


 忙しいようで、忙しくないような、そんな日々を過ごしていたのだが、ある日、ガイウスの下に一通の手紙が届けられた。




「セルヴァン様からだ」




 セルヴァン・レイノルズ様はレイノルズ辺境伯の弟君で、ガイウスの知り合いでもある人物だ。


 手紙を読んだガイウスは眉根を寄せ、考えるふうに小首を傾げた。




「何か相談したいことがあるらしい。近日中に会いたい、とのことだ」


「まあ、そうなのですね」


「時間が合わせられそうなら、ルイザも同席するか?」


「よろしいのですか?」




 相談事が何かは分からないが、ガイウスに相談したいということであるなら、商会関連だと思う。


 そこにわたしがいていいのだろうか。




「妻である君に話せない相談内容なら断る。うちの商会はもう俺だけのものではないし、手紙の雰囲気からして深刻なものになりそうだ。大きな判断をする必要があるなら、君がいてくれたほうがいい」




 というわけで、わたしもそこに同席することとなった。


 ガイウスが手紙の返事を送ってから数日後、我が家にセルヴァン様が来る日となった。


 出来るだけ良い茶葉と王都で人気のお菓子を用意して、応接室も徹底的に掃除をした。


 午後になり、到着予定時刻ぴったりに屋敷の前に馬車が着いた。


 出迎えると馬車からセルヴァン様が降りてくる。


 ……あら? なんだか、少しお痩せになられたかしら?


 あまり顔色も良くなく、そんなセルヴァン様を見て、ガイウスも驚いた表情をした。




「セルヴァン様、ようこそお越しくださいました。……その、ご体調は大丈夫ですか?」




 ガイウスの問いにセルヴァン様が苦笑する。




「ええ。……すみません、ここ最近忙しくて……」


「とにかく、どうぞ中へ」




 立っているのもつらそうに見えた。


 ガイウスが促し、商会用の応接室に通す。


 ソファーに座ったセルヴァン様は少しホッとした様子で、やはり立っているのはつらかったのだろう。


 部屋の扉が叩かれ、ニールさんがお茶やお菓子を載せたサービスワゴンを押して入ってくる。


 けれども、セルヴァン様の顔色を見て、ニールさんが目を丸くした。




「お医者様をお呼びしますか?」


「いいえ、大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」




 しかし、明らかに疲弊しているセルヴァン様に、ガイウスが懐から何かを取り出した。




「セルヴァン様、こちらをお飲みください。『癒しの薬』です」


「良いのですか……?」


「はい」




 ガイウスが渡したのは『癒しの薬』という、教会が販売している回復薬である。


 怪我だけでなく、魔力や疲労も回復してくれる薬だが、とても高価なものだ。


 戸惑うセルヴァン様の前でガイウスが薬瓶の蓋を開けた。


 開封すると劣化していくので、セルヴァン様が受け取り、瓶の中身を飲み干した。


 ふわりと柔らかな光に包まれ、セルヴァン様の顔色が良くなった。




「ありがとうございます。……まだ相談もしていないというのに、ご迷惑をおかけしました」


「いいえ、お気になさらず。それよりも、セルヴァン様の疲労も相談に関わることではありませんか?」


「ええ……本当に、あなたに嘘は吐けないですね」




 落ち着いたところでわたしとガイウスも、セルヴァン様の向かいのソファーに腰掛ける。


 ニールさんはソファーの後ろに控えた。




「それで、セルヴァン様をそれほど悩ませている問題とは何なのですか?」




 ガイウスの言葉にセルヴァン様が目を伏せた。




「……実は、今、レイノルズ辺境伯領は水害に見舞われているのです」




 そうして、セルヴァン様が辺境伯領について話してくれた。


 丁度四ヶ月ほど前から、辺境伯領北部で雨が降るようになった。


 最初はただの普通の雨だと思われていたのだが、いつまで経っても止むことがない。


 そのせいで北部では川が氾濫し、土砂崩れが起き、長雨により作物も畑も、村や街も被害を受け始めている。


 これはどう考えても自然現象ではないと辺境伯も考え、弟君であるセルヴァン様が辺境伯の名代みょうだいとして、国王陛下に相談するためにこの王都を訪れた。




「私が陛下にご相談するだけでなく、何か解決法が見つからないかとずっと王城の書庫に通い、似たような事例がなかったか調べてきたのですが……残念ながら、このようなことは初めてらしく、前例を見つけることは出来ませんでした」




 はあ……とセルヴァン様が大きな溜め息を吐く。




「今回、ガイウスに……いいえ、レイノバッシュ商会への相談というのは、レイノルズ辺境伯領まで物資の運送を依頼したかったのです。国王陛下が辺境伯領に支援物資を送ることを決めてくださったので、そのまとめ役をあなたが引き受けてくださればと思い、こうしてお願いにまいりました」


「それは……」




 ガイウスがわたしを見たので、わたしは頷き返した。


 それにガイウスが嬉しそうに微笑み、セルヴァン様に顔を向ける。




「分かりました。そのお話、引き受けましょう」


「ああ、ありがとうございます……! すぐに陛下にお伝えしますので、数日中には陛下より手紙が届くかと。支援物資の運送には国の騎士団も動かしていただけるとのことですから、極力、商会への負担は少なく出来ると思います」




 ガイウスがまたわたしを見る。




「ルイザ、俺も支援物資の運送についてレイノルズに行こうと思うんだが、構わないか?」


「まあ、それでしたらわたしも同行させてくださいな」


「え? 君も?」


「ガイウスの生まれ故郷のことが気になりますわ。それに、荷物の運送について考えがございますの」




 立ち上がり「少し失礼いたします」と言って一旦部屋を出る。


 廊下に出て、人気がないのを確認して、床に手をかざした。




「『ダンボール・紙テープ召喚』」




 足元に折り畳まれた大きな段ボールと幅広の紙テープが現れる。


 それを抱えて、もう一度部屋の中に戻った。


 ガイウス達が戻ってきたわたしを見て、目を瞬かせた。




「セルヴァン様、こちらは『ダンボール』といって、荷物を入れて運ぶための箱ですわ」




 テーブルに置き、ガイウスとセルヴァン様、ニールさんの前で組み立てる。


 底のほうを組み立てたら、紙テープでしっかり補強した。


 ガイウスとニールさんはダンボールを見たことがあるので驚かなかったが、セルヴァン様は初めて見るダンボールを不思議そうな顔で眺めていた。




「どうぞ、触れてみてくださいませ」




 セルヴァン様がそっとダンボールの表面に触れた。




「思いの外、硬いですね」


「さすがに木箱ほどの頑丈さはありませんが、衣類や雑貨、小麦の袋などを入れて運ぶなら問題ないと思います。木箱はそれだけでかなりの重さがあり、それだけ馬車に積み込める量が減ってしまうでしょう? こちらのダンボールに物資を詰めれば、木箱よりも軽いので、その分、積み込める量が増えるかと」


「なるほど、軽量化か」




 わたしの説明にガイウスが考えるように顎に手を添えた。




「確かに、木箱の重量のせいで積荷は制限がかかります。ある程度でもこの『ダンボール』に入れることが出来れば、たとえ同じ量の荷を積んだとしても馬への負担が少なくなりますね」


「だが、支援物資となると相当な量になるぞ? 大丈夫か?」




 と、ガイウスに問われてわたしは笑顔で頷いた。




「頑張りますわ」




 トイレットペーパーだけでも大変なのに、ダンボールまで用意して大丈夫かという問いだろう。


 一日だけダンボール召喚に使えば恐らく何とかなる。


 その後は辺境伯領に旅立つまで、トイレットペーパーの在庫作りに集中すればいい。


 ……しばらくは魔力回復薬は三本になりそうね。


 とりあえず、日に三本までなら大丈夫なので、わたし達がいない間にトイレットペーパーの販売に影響が出ないようにもしておく必要があった。




「では、陛下には俺のほうからお伝えしよう。セルヴァン様もそれで問題ありませんか?」


「ええ、大丈夫です。ガイウス、よろしくお願いします」




 深々と頭を下げるセルヴァン様に、ガイウスが首を横に振った。




「礼など不要です。レイノルズは私の故郷ですから、出来ることがあるなら喜んで協力します」




 セルヴァン様はそれでも、何度も感謝の言葉を述べ、ガイウスとこれからについて話し合った。


 物資の準備などもあるので早くても二週間から三週間後の出発になるそうだ。


 わたしとガイウスが出かけている間、商会はニールさんに任せることとなる。


 セルヴァン様が帰った後、ニールさんに声をかけられた。




「奥様、ダンボールも必要ですが、トイレットペーパーもお願いしますね」


「ええ、今日から出発日まで魔力回復薬三本でいきますわ。いつもより消費が多いので、魔力回復薬の在庫を切らさないようにしていただけますか?」


「かしこまりました」




 こうして、急遽レイノルズ辺境伯領に向かうことが決定した。


 それからはガイウスもわたしもより忙しくなった。


 旅の準備は侍女達に任せておけばいいが、トイレットペーパーの在庫についてどうにか出来るのはわたしだけなので、とにかく倉庫いっぱいにトイレットペーパーを召喚した。


 途中、物資用に一日ダンボール召喚の日も設けた。


 普段使われている木箱と同程度の大きさのダンボールと紙テープを大量に召喚し、ガイウスとニールさんに組み立てとテープの貼り方を説明し、後は任せた。


 後で聞いた話によると今回、共に辺境伯領に向かう騎士団の方々にも物資の荷詰めを手伝ってもらったのだとか。ダンボールと紙テープにすごく驚いていたとガイウスが教えてくれた。


 わたしは毎日出せる限りトイレットペーパーを召喚し続け、夜は疲れ切ってすぐに眠りに落ちてしまい、ガイウスと話せるのは夕食の間とその後少しくらいしかなかった。


 ちなみに大量のトイレットペーパーを量産したおかげでスキルが『レベル6』に上がり、出せるものに『耐油紙』『水溶紙』『吸水紙』が増えた。どれも今のところ、使い道はなさそうである。


 レベルが上がったおかげでトイレットペーパーの在庫が一気に増えたのはありがたかった。


 そうして、出発前日。夜、ベッドの中でうとうととしているとガイウスに声をかけられた。




「ルイザ、ありがとう」


「急に、どうしましたの……?」




 瞼はくっついてしまっているが、眠気と戦いながら訊き返せば、僅かに笑いを含んだ声がする。




「ダンボールのおかげで物資の量が増やせたし、君が一緒に来ると言ってくれたのが嬉しくてな」


「……夫婦なのですから、共に行くのは、当然ですわ……」




 ギュッとガイウスに抱き締められる。




「ああ、君が妻で良かった」




 温かな体温に包まれ、眠りに落ちる寸前にもう一度ガイウスの声がした。




「本当にありがとう、ルイザ」




 返事の代わりに、ガイウスの胸に頭をすり寄せる。


 ……妻、ですもの……。


 明日、わたし達はレイノルズ辺境伯領に旅立つのだ。





 

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 総魔力量のLV1-300、LV2-400の件、記憶にあったので調べました。  エピソード7「トイレットペーパー」中程、 >何だろうとスキル画面を確認すれば、スキルが『レベル2』に上がっていた。  中…
魔力総量ってLv1:300,Lv2:400じゃなかったっけ…•́ω•̀)?
ダンボール箱に小麦粉の袋は抜けそう
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