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第5話 配信者と探索士

『洒落にならない女剣士:¥10000

 どこまでが性行為に該当するのか実験してほしい』



 さっきのチャリーン……みたいな間の抜けた音はそれだったのかよ。



『ビーチューブ』の画面を恐るおそる覗き込み、投げ銭の金額を確認する。


 俺は、一万円という数字を見て心がざわついた。



「なにこの強制力が凄まじい機能……こっちの方がよっぽど変態じゃねえかよ」



 一日バイトしたってもらえない金額が、そこにあった。



『洒落にならない女剣士:とりあえずチューして』


「いやいやいや……!」


『はよしろ』


『洒落剣ナイスwww』


『彼女いないなら妹しかいないだろって話』


『出家したタコ:¥500

 ダメ押しの。チューしろ』


『ヘビーポコローテ・パンツマン:¥1000

 義妹ならいけるから……ッ!!』



 次々と投げ銭がコメント欄を埋め尽くしていく。


 金額があっという間に五万円に到達しようとしていた。



「お兄ちゃん。冷静に考えてみて」



 ウララは、スマホの頭上で言った。


 とても真剣な表情で。



「キスひとつで、こんなにお金がもらえるんだよ?」


「ぐ……っ」


「お兄ちゃん、彼女いないし」


「くそ……っ」


「彼女いないから……やっぱりお兄ちゃん。わたししかいないよ?」



 俺の目が、ウララの赤い唇に吸い寄せられる。



「お兄ちゃんのほしいもの、だいたい買えちゃうよ?」



 ほしいもの。



「わたしと、キスするだけで」


「———」



 その言葉が、脳内から反射的に呼び起こした『ほしいもの』の値段をあらためて。


 俺は、ウララの胸ぐらを掴んで引き寄せた。



「んぅぅっ!?」


『!?』


『なんだ!?』


『くそ、見えねえぞカメラ上にあげろッ!!』


『キスぅぅぅぅッ!?』



 驚きに目をおおきく見開いて、緊張で体を硬くするウララ。


 ふんわりとした唇の感触と、俺の頬を掠めるウララの髪。


 脳が溶けて落ちてしまいそうな熱い情動に突き動かされてしまう前に、俺は唇を離した。



「ぁ……ぅ」


「………」


「………ぅぅ」


「………」


「………っ」



 顔をこれでもかと真っ赤にして俯くウララ。

 俺は色々と頭をよぎる言葉の羅列を振り払うように、ステータス画面を開いた。



――――――――――――――――――――


 名前:百女鬼(どうめき) (みなと)

 Lv.5

 職業:淫魔

 称号:淫魔の末裔


 HP=500/500

 MP=160

 VP=100

 ATK=64

 DEF=64

 MAG=65 

 AGI=63

 LUC=67

 成長値=2

 固有スキル:罪色欲之王(アスモデウス)《EX》

 職業専用スキル:性魔術《C》、淫我《C》、絶倫《C》、精強《C》

 スキル:鎧冑の如く《F》

 スキルP:20

 

 ログ

 ランダムスキルオーブが出現しました。

 固有スキル:罪色欲之王(アスモデウス)《EX》を獲得しました。

 レベルが上がりました。

 『ファースト・キス』を達成しました。

 初回ボーナスとして報酬を受け取りました。

 以下略


 ――――――――――――――――――――



 *



「………」


「………」


「………」


「………んにゃぁ……」



 場所は変わって、深江駅の地下迷宮一階。


 昼間に来た時とはちがって遠目にもゴブリンの数が多く、またそれを狩る人の数も多かった。


 一般的には『探索士』なんて呼ばれている人たちだ。


 指定された魔物をたおしたり、レベルを一定値まで上げたり、物を集めたりとそれに付随して達成される『依頼』から報酬を得て生活する。


 今ではギルドもオンラインの時代。


 ラノベなどで見るような可愛らしい受付嬢のいる建物がなくとも、スマホアプリ『ようこそ、オンラインギルドへ!』に無料登録することで簡単に探索士となって報酬(マネー)を受け取れる。


 といっても、俺はスマホ封印中なので関係ない——いやいやいや。さすがに報酬を受け取れないのはマズイ。なんのために危険をおかしてるんだって話。至急、どうにかする必要があるな。



「ハロハロー、きょうも配信してくよーう♡

 みんなぁ、たくさんの投げ銭待ってるねぇ~♡」



「おい見ろよ、リカちーだ」


「ホントだ。画面越しよりやっぱかわいいな」


「うお、(きずな)ちゃん六十九階層で配信やってるぞ! さすが勇者様、誰も追いつけねえや!」



 あれは今流行りの配信者だ。


 広大な迷宮を、魔物をたおしながら進んでいく様を世界に配信する人も増えていた。


 この二年で深江市では迷宮も魔物も生活の一部となったが、それ以外の地域・国では前代未聞の異常事態。


 テレビをつければニュースキャスターが完全孤立都市『深江市』の特集でもちきり。


 各国のお偉いさんも大注目だ。



『主人が単身赴任で深江市にいるんです』


『娘が進学で深江市に』


『遠距離恋愛中の恋人が深江市に』


『早く助けてください』『国は何をしているんですか』『どうして深江市に入れないんですか』『魔物ってなんですか』『迷宮とは』



 深江市を覆う結界のようなものが、ミサイルや戦闘機や人間の侵入を阻害しているから、救助どころか情報も得られない。


 ゆえに中の様子を鮮明に、ありのままに伝えられる配信活動は全世界で大人気だった。



「………」


「……ぅぅ」



 以上、俺の現実逃避おわり。


 というか、誰かこの気まずい雰囲気をどうにかしてください。



「お、……おに、ちゃん……い、いこっか……?」


「お……おう」



 顔を真っ赤にしながら俺をチラチラ横目で覗くウララ。金色のツインテールが忙しげに揺れている。


 見ないようにしているつもりが、気づくと俺はウララのぷっくりとした唇に吸い寄せられていた。


 ウララもそれに気付いているから、俺を直視できない。ぎゅっと俺の服の袖を握りしめているだけ。あまりにも強い力で握っているからか、布がちぎれ、俺のTシャツは左半分だけ脇腹をごっそり開いたタンクトップみたいになっていた。


 ここまで来る道中もずっとこんな感じだ。あのまま家に二人っきりでいたらどうかしてしまいそうだった俺は、ステータスの伸び率を確かめるため、という表向きの理由で再び迷宮にやってきていた。



「あ、見てみて! 初々しいカップルがいるよぉ♡ 迷宮ははじめてかなぁ? リカちーがいろいろ教えてあげちゃおっかなあ♡」



 ヤバい、変なのがきた。


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