第81話 1555年(天文二十四年)4月 朽木そして北白川
綺麗に整備された日本庭園をボッーと眺めていた。転生前、結局行けなかった安来にある足立美術館の庭園はこんな感じだったのかな。違うような気もするが。ちょっと心残りだ。
ついに朽木にやってきた。なんやかんやと先延ばしにしていたが、そろそろ頃合いかなと思いやってきました。上様の機嫌はどうかな。ま、守護に任じてやったら大喜びで、それで戦をしたら勝って、上様のおかげでございますと馳せ参じたとでも思っているのかな。そんな感じだったらいいのにな。将軍、足利義輝。どんな奴かこの目と耳で確かめよう。
四月八日、俺は将軍足利義輝にお目通りが叶った。天文二十二年八月に再び京を追われ、朽木に御座所を移して二年弱。足利義輝は京都奪還のため挙兵しようとしている。当然三好長慶はこの動きを知っているだろう。うーん、足らんな。情報が。立原に諜報部門増員を至急指示しないとな。甲賀者をさらに引き抜かせるか。ま、とにかく虎穴に入らずんば虎子を得ず、だな。
朽木岩神館の主の間で俺は頭を下げていた。
誰かが入ってきて座った。
「出雲守、面をあげよ」
管領の声がかかる。
俺は顔を上げた。そこに将軍、足利義輝がいた。見た目はいいな。精悍な雰囲気を感じる。腐っても将軍ってとこか。伝統とは力にもなるんだな。
「上様におかれましては、ご健勝のほどなによりでございます。尼子出雲守義久、命により参上いたしました」
「よく来た。」
将軍が直に声をかけてきた。
「出雲守、管領、管領代と合力し怨敵三好を討つのだ」
「はっ。上意しかと承りました」
俺はまずは答えた。そして。
「上様にお聞きしたき儀がございます」
管領、細川晴元の顔が歪む。
「なんと無礼な!」
「まー待て。出雲守、何を聞きたいのだ」
俺はゆっくりと顔を上げた。将軍をみて言葉を続ける。
「上様におかれましてはこの戦、何を持って勝ちとなさるのでしょうか?」
しばし無言であった将軍が口を開く。
「将軍は京にいてこそ将軍である」
…そうですか。やはりこの人は京から離れられない。足利、いや室町将軍であるからこそ京に居なければならないか…京の都ね。。。出雲国の八雲が取って代わることはできるのかな。それは今後の流れ次第か。ならば…
「必ずや、上様を京にお連れいたします」
「うむ、期待しているぞ」
俺は頭を下げた。将軍は席を立ち部屋を出ていった。
「出雲守、出陣に関しては追って沙汰を出す。準備を始めよ」
管領も部屋を出ていった。頭を上げた俺も立ち上がる。
「よし、後瀬山に帰るぞ。んでもって準備して三好長慶を見に行くか」
さて、出陣準備だ。
後瀬山に戻ると事務方から検地の結果が届いていた。
出雲 19万5000
伯耆 12万
隠岐 5000
石見 18万
因幡 9万
美作 20万
但馬 10万
丹後 10万
若狭 8万
大森銀山 50万
生野銀山 25万
合計 182万石
いいねー。銀山凄いね。はっきり言って日ノ本一の石高だろう。推定で三好が100〜110万(阿波、淡路、山城、河内、和泉、摂津)。六角が45万。
よし、継戦能力は高まったな。
四月十六日。足利義輝は三好政勝、香西元成と六角義賢の援軍を得て、三千の兵力をもって近江坂本に出陣した。それに尼子義久率いる五千の尼子軍が随伴する。
これに対して三好長逸、松永久秀が一万五千の兵を持って四月二十六日、京都洛中において威嚇行動を行い、四月二十七日、瓜生山山頂の将軍山城を占拠し修築を始めた。岩成友通、松山重治、伊勢貞孝が将軍山城に入っている。
幕府軍の軍議が行われた。
「このまま将軍山城を修築されては入京が難しくなりまする。それを阻止し、京への道を守るため南東の如意ヶ嶽城に布陣し修築をさせないことが肝要かと」
三好政勝は進言する。坂本に布陣後、幕府軍は瓜生山付近に侵入を繰り返し三好の動きを見ていた。三好軍は動いた。幕府軍を入京させないつもりだ。
「如意ヶ嶽を占拠したあとはどうするのだ」
細川晴元が声を出す。
「その後は瓜生山の西を焼き討ちし兵を進め長慶の輩を圧迫すれば諦めて逃げ帰るでしょう」
うむ、と細川晴元は頷いた。
「上様、ではそのように」
「お待ちください。三好が逃げ帰ったあと如何になさるのですか」
「なに?」
細川晴元が義久を睨んだ。三好政勝、香西元成も同じく。
「ですから。如何になさるのですか?」
「貴様、上様の御前で何と言う口の聞き方!無礼であろう」
「某、上様に申しているのではありません。三好政勝殿、敵を払ってどうするのです。それに長慶勢が逃げなければ如何になさるおつもりですか」
三好政勝の顔がみるみる赤くなる。
「尼子殿、其方の考えを聞かせてもらおう」
細川晴元が詰めてきた。
「この戦、上様を京にお連れするのが目的。ならば長慶の軍勢を叩かねばなりませぬ。よって敵の動きに呼応し、将軍山城を我らの物とし、修築を進める。同時に如意ヶ嶽城を占拠し長慶軍を迎え撃つがよろしいかと。将軍山と如意ヶ嶽、二方向から長慶軍を攻めることができお味方に利がある戦場にできまする。それならば坂本におられる管領代殿も更なる軍勢を連れてこられるでしょう」
義久は晴元ら三人を見たあと、義輝に顔を向けた。
「上様、如何でございますか。将軍山は尼子が落としてみせましょう」
足利義輝は笑みを浮かべ声を放つ。
「よきかな、皆のもの兵を動かすのだ!」
軍議の席を立ちながら義久は横道に問う。
「なにかいい策はあるかー」
山中甚之助が口を開いた。
「御屋形様、よろしいでしょうか」
「おう、甚之助。言ってみろ」
「はっ、新月の夜。夜襲をかけましょう。鉄砲は使わず、弓と弩のみ使います。雨が降っても行います」
「某も考えておりました。面白いかと」
横道も肯定した。
「よし、やるか。準備に入れ」
「はっ!!」
五月一日の夜、尼子義久率いる五千の兵は将軍山城に陣取った岩成友通、松山重治、伊勢貞孝らに夜襲をかけた。黒い甲冑に白い布をたすきにかけた尼子軍は、志賀越道を進み城に最も近い地点から登頂を開始。約三町の距離を駆け上る。斜面は決してなだらかではない。しかし軍勢は三瓶山で鍛えられている。経験済みだ。登り始めて四半刻で先頭が城に取り付いた。それと逆の方から銀兵衛配下の鉢屋が登る。
「敵襲!敵襲!!」
気付いた三好兵が声を上げ、応戦を始めた。火縄の匂いが漂いだし。暫くして鉄砲が撃ち下ろされる。だが既に多くの尼子兵が取り付き東の小山の曲輪が落ちた。東から攻め込む尼子軍に気を取られた三好の軍勢が東にかかりきった頃、隙をつき鉢屋衆が主郭内に入った。五十名ほどの鉢屋は次々に兵どもを倒していく。やはり城を落とすのは鉢屋の十八番、義久行くところに鉢屋あり。
「駄目だ、引けー」
「引けー、引けー!!」
三好兵は口々に叫び城から退去していく。尼子軍は将軍山城から三好軍を追い払った。同時に三千の幕府軍が如意ヶ嶽城に進出。一千の軍勢が白川通で威勢を示した。
五月五日。三好長逸、松永久秀、岩成友通、松山重治、伊勢貞孝らは揃えた一万五千の軍勢で侵攻を開始。五千の兵で将軍山城に備え、一万の兵で如意ヶ嶽城を攻めた。尼子軍は城を出て金福寺の北を回り北白河を南下。志賀越道の北で両軍は激突する。
「おお、鉄砲撃たれてるぞ。流石三好だな」
「御屋形様、呑気なことをおっしゃってはいけませぬ!」
横道に苦言を言われながら義久は敵陣を見る。敵兵の数ははこちらとほぼ同じか。ならば多くは如意ヶ嶽城に向かったか。どこまで耐えられるかだな。
三好もそれなりの数の鉄砲を撃ってくる。竹束で守りながらこちらからも撃ち返す。
「御屋形様、鳩でございます」
よし、くるな。
「者共、ゆっくり引くぞー」
横道の命に従い尼子軍は北に後退する。五町ほど下がり瓜生山の麓にきた。三好軍も尼子を追って進んできている。尼子の後退が止まる。そして志賀越道から別の尼子軍が進軍してきて三好軍の右翼を突いた。横槍を受けた三好軍は持ちこたえようとする。そこへ北から黒い矢が放たれ、三好軍の頭上から降り注いだ。合戦が始まって今まで尼子は矢を放っていない。戦場の変化に三好軍は戸惑い、動きが鈍る。
「鉄砲隊、撃てー」
竹束を後ろに下がらせ鉄砲音が大きくなる。敵の左翼に射線は集中させる。
「引けー、引けーっ!!」
三好長逸、岩成友通は軍を纏めながら志賀越道まで引き、そのまま洛中に向かっていった。
「崩れないのか。やるな」
義久が声を出した。
「兵の練度が勝敗を決めるかと思われます。なかなか手強いですな。今までなら総崩れまで持っていけましたが。それに将の判断がはようございます」
横道が続いた。
「よし、如意ヶ嶽城に向かうぞ」
尼子は義輝救援に向かう。
松永久秀、松山重治、伊勢貞孝らが率いる三好軍一万は再興した安楽寺の南から大文字山を駆け上がり、如意ヶ嶽城に迫る。勾配は急だ。よって一気にカタをつけるべく、四分の一里を休まず登っていく。
迫る三好軍を見下ろす幕府軍には緊張感が漂う。耐えられるのか。籠城するにも食料が乏しい。
ついに三好軍が主郭の下に現れ堀切を渡りだした。郭からは矢が放たれる。二郭、三郭にも兵が取り付く。力攻めで押しつぶすつもりだ。三好政勝、香西元成は郭を行き来しながら、兵達を鼓舞する。今は士気を下げないことが重要、尼子はまだか。本当に尼子の若造を信じてよかったのか。そのような考えがよぎるが、溌剌とした上様を見ていると咎めるわけには行かなかった。それに将軍山城は尼子が落とした。それは認めなければならない。将軍を助けるため、上洛してきた大名は大内義興以来だ。三好政勝、香西元成は歯を食いしばった。早く来い、尼子義久!
戦が始まって一刻は過ぎただろうか。ついに尼子軍が西から登ってきた。
「よし、尼子じゃ。者共、長慶に追い打ちをかけよ!」
将軍の激がとび兵達は気勢を上げた。城から飛んでくる石が増える、矢も増える。
三好軍は東に向けて撤退していった。
幕府軍は初戦を飾った。