第43話 1547年(天文十六年)10月 東城
東城、西城を治める久代宮氏の惣領、宮高盛は東城の西の城山に建てられた五品嶽城にいた。本来は西城に築いた居城、大富山城にいるのだが、尼子軍が東城を通過するということで五品嶽城に出てきたのだ。吉田郡山城での尼子の敗戦を期に尼子から大内に寝返ったとはいえ、尼子領に近いこの地で反尼子として積極的に動くつもりは更々ない。故に尼子軍が東城に現れたときも我関せずを貫き、尼子軍を素通りさせた。だが此度は事情が違う。毛利元就から直接使者がやってきたのだ。安芸、備後で大内方国衆筆頭として存在感を増す毛利を無視するのはマズイ。しかも使者は陣を敷いて尼子を迎え撃てと言ってきたのだ。いくら毛利軍との挟撃といっても尼子と戦うとどれだけの損害を被るのかわからない。そしてその後、対尼子の最前線に立たされ続けるのだ。割に合わない。下手をすれば家が傾き内訌が起きる恐れがある。
なんとかこの場を切り抜けるいい方法はないものか!
使者は十月八日の夜遅くに城にやってきた。なのでもう九日になろうとしているのにどうするか結論が…明日、いや今日には尼子軍と毛利軍がやってくる。仕方がない。陣を敷くか…はー疲れた。少し横になろう。眠れるかどうかわからないが高盛はとりあえず横になることにした。
10月9日酉の刻(午後6時頃)、尼子軍は東城にあと四半里(3km)の地点までやって来た。物見を放ち伏兵の有無を探りながらの行軍は速度が落ちる。後から圧をかけながらヒタヒタと付いてくる毛利軍は兵たちの心を確実に締め上げてゆく。
晴久と諸将達は東城で如何に動くのか考えている。最悪な状況は行く手を久代宮氏と三吉氏に阻まれ後ろの毛利軍と挟み撃ちにされることだ。新見、高田城と退き口は塞がれた。東城で戦いたくはないが、相手はここで我らを殲滅するつもりであろう。放った物見はまだ帰ってこない。さて、何処に陣取るか、宮氏と三吉氏を優先的に撃てる布陣を敷かねば…進みながら諸将と連絡を取り合う。殿に佐世、三刀屋、松田、鉢屋。毛利軍の脚を止める。晴久、多胡、平野で宮と三吉を敗走させる。これぐらいであろう。策も特に立てようがない。後は胆を据えるかどうかだ。
物見が戻り報告を受ける。宮高盛が陣を敷いている。三吉致高はいない。これは僥倖、生き残れる目が増えたぞ。兵たちの顔にも生気が少し戻った。
南に尼子軍が現れたと報せを受けた宮高盛は厳しい表情が一層深まった。胃の腑もキリキリと痛む。手勢は五百程、対する尼子軍は六千はいる。東城川(成羽川)と戸宇川が分かれる場所の北に陣を敷いているが、川はどれ程盾になるだろうか。毛利はまだ仕掛けんのか!グッと握りこぶしを作ったところで新たな報せがもたらされた。
「北より尼子の新手にございます。数は千ほど、こちらに向かってきます」
「何だとー!聞いてないぞー!!」
尼子の後詰めが北からやってくるなど話にならん。宮高盛は直に下知をだす。
「引け!引けーい!城に戻るぞ。早うせんか」
久代宮勢は一気に五品嶽城に引き上げた。
亀井秀綱は神西元通と宍道九郎を率いて東城に到着した。三郎に小笠原長雄を三次に送り、自分と神西、宍道は東城に向かうことを進言したのだ。暫し考えた三郎は流石亀井、それで行こうと進言を受け入れた。兵は何とか千に届くほど集まり、富田を出た。急ぎに急ぎ、遂に東城に着いた。御屋形様は大丈夫なのか。物見はまだもどらんのか。心は焦る。
「申し上げます。城下に久代宮の軍勢」
「おのれ!宮高盛、御屋形様に兵を挙げるなどもっての外!この亀井秀綱が討ち滅ぼしてくれるわ」
「能登守さま、久代宮勢、陣払いをしております。どうやら城に戻る模様」
「む?確かか」
「はっ。間違いないかと」
「よしっ。御屋形様は何処に居られるのじゃ」
「まだ分かりませぬ。暫しお待ちを」
「高盛がおった場所まで進むのじゃ。陣を敷いていたということは、御屋形様がこちらに向かっておられる証拠。急げ!」
久しぶりの戦に胸が滾る。経久様に従い船岡山から数多くの戦場を駆け抜けてきた。晴久様に代が代わり筆頭家老として内と外で尼子を支えてきた。次代の当主が現れ交易を任された。未来の尼子の礎となれと。その三郎様に、出陣し晴久様をお救いせよと命じられた。老骨の血が沸いている。頭は冴えわたっている。三吉は小笠原が上手く抑えたようだ。宮高盛は逃げおった。後は御屋形様に合流し、新見に向かっていただかねばならん。三郎様が新見に居られる。お助けせねば。
そろそろ尼子に動きがあると元就は思っていたが、先に世鬼が報せを持って来た。
「比叡尾山城の三吉致高、小笠原勢侵攻のため城を出ること叶わず。宮高盛、北から尼子軍千ほどが現れた為、城に戻りました。尼子の将は亀井秀綱にございます」
元就は軍を止め休憩を指示した。残念ながら東城での戦は無い。新見まで持ち越しになった。元春と三村はどうなっておるのだろう。この分だと新見にも尼子軍は出張っているであろう。しかし兵がおるかのう?いい加減数を揃えるのが難しくなるはずじゃ。三吉が来れなかったとは、ちと痛いのう。うーむ、誰が兵をよこした?それに動きが早いのう。やはり…なにか違うわい。いや、随分と違うわい。
「隆元、このまま新見まで進むぞ。兵どもに伝えよ。それと隆景にもう少し前に出ろと伝えよ」
我慢比べは得意。まだ離すわけにはいかんのう。
元就は心を新たに尼子軍を見つめた。
「殿!久代宮勢、陣払いをしております。城に戻ってゆくようでございます」
物見の報せに晴久は首をかしげる。なにが起こっているのだ?
「毛利はどうなっている」
「止まっております。休んでいる模様」
「もしや…」
「御屋形様、後詰めにございます。亀井能登守さま、兵千ほど率いてこちらに向かっております!」
兵たちが一斉に歓声を上げる。程なくして亀井秀綱が晴久の前に現れ片膝をつく。
「御屋形様、亀井秀綱、三郎様の命によりご加勢に参りました!」
「よくぞ来た!亀井、天晴じゃ。よし、者共悠々と富田に戻るとしようぞ」
「御屋形様、それはなりません」
「なに?どういうことじゃ」
「新見に三郎様、三沢為清殿が出陣されておられます。いくら三郎様の軍勢が精強といえど数が足りませぬ。」
そうか、やはり三郎の差配か。三吉がおらんのも三次に誰ぞ差し向けたか。
晴久は南に留まっている毛利軍を睨んだ。まだ戻る気配はない。このまま富田に戻る訳にはいかなくなった。それに付きまとわれるのもいい加減飽きた。敵もそうであろう。
「兵を四半刻休ませろ。それから新見に向かう。三郎と為清の加勢にいくと皆に伝えよ」
尼子軍は休憩後、動き出した。程なくして毛利軍もあとに続く。お互い溜まりに溜まった熱量が弾ける場所を探している。決戦の場所は新見に決まった。