第122話 1559年(永禄二年)1月 安芸、伊予、紀伊
隆元は二人の弟と短い時間を過ごし、門司城を後にした。
「世鬼を呼べ」
暫くしてやってきた世鬼に指示を出す。
「伊予西園寺家、縁の者を調べよ。一条と宇都宮の関係も調べよ」
隆元は伊予湯築城の奪還を考えているが、ただ単に城を取り戻し当主の河野通宣と後見の父、河野通直を城に戻す事を考えているのでない。
大友を叩いた今こそ、伊予を手中にする絶好の好機。瀬戸内を掌握するためにも伊予は必要だ。尼子と対峙する三好。毛利も三好と戦わねばならなくだろう。それは仕方ないかもしれない。だができるだけ矢面には立たず、叶うことなら弱った三好と戦いたいものだ。楽できるのならしたほうがいいに決まっている。そのためにも伊予は必要だ。
吉田郡山城に戻った隆元は父に九州の戦況を報告し、大内輝弘の乱を見事に治めた父に感謝を伝えていた。
「父上、色々用事が重なり遅くなってしまいました。お許しください。しかしまだまだ戦働きも十分いけますな。では次は伊予に攻め込んでいただきましょうか」
聞いた途端に元就が真っ赤な顔をした。
「ふざけるでない。周防まで行くのも疲れたのじゃ。儂に小早に乗れと申すか。この不忠者めが!何度も言わせるでない。儂はもう隠居したのじゃ」
首をかしげながら父を見る隆元は何かを言いたそうだったが、とりあえず我慢した。そして伊予攻略ではなく、今後の領国経営について話を始めた。
「今回の乱をもって毛利領内の反乱分子どもは一掃されたと思ってよいでしょう。これからは国力増強に務めまする。色々やらねばならぬこと、やりたいことがございますが、某としては尼子とさらなる結びつきを造ろうと思っております」
「ほう…実際に何をするのじゃ」
「毛利の可部街道、尼子の赤名街道を西国街道並に整備し、毛利と尼子を近づけるのです。八雲から吉田を通り瀬戸内まで一本の芯を通す。そして新たなる城を造りそこを街道の起点とします」
「…おお、道に城か」
「はい、西国街道も拡げ安芸から筑前博多までも芯を通します。これに瀬戸内の海運、博多の明、朝鮮、南蛮貿易を纏めて毛利が運用する仕組みを造ろうと思っております」
元就はしっかりと頷いた。海に出るのは思っておったが、ここまでの子細な考えは持っていなかった。尼子と毛利を街道で結ぶ、新しい城…うむ、良きかな。
「して、銭は」
「義弟に出させます。この街道の意味を誰よりも分かるのは義弟にございます。喜んで費用を負担するでしょう。もしもの場合、お通を動かせばなんとでもなりまする」
「…抜け目ないのう」
「では、街道整備を任す家臣の」
「待てい!その街道整備、儂が請け負う」
「…はっ?父上は隠居なされるのでは」
「お主の話を聞いて反省した。九州に四国、まだまだ戦は続き領国の仕置も山積み。うむ、儂も動けるうちは働かねばならぬ。隆元、街道は任せよ。お主は九州、四国制圧に注力せい!」
「はあ…なれば」
何を企んでいるのだ。隆元は突然態度を翻した父に対し、疑念の渦が巻き起こるのを感じていた。しかし九州北部に伊予と二正面作戦を展開せざるを得ないこの状況、父上が領国の整備を買って出てくれるのは渡りに船。銭勘定ができる配下をつければきっとうまくいく。
だが…なんだろう。この胸騒ぎは。
「心配するな。大船に乗ったつもりで任せよ」
街道整備はこうして元就の差配で進められる事になった。
(クックックッ。これで儂の動きを隆元に咎められることはなくなった。大手を振って八雲にいくことができる。そればかりか中国どこでも行き放題じゃ。後はお通が子を授かれば鬼に金棒。誰も儂を止めることなど出来ぬわ)
元就が差配した毛利、尼子間の街道は、後々両国の民百姓から『大殿街道』と呼ばれることになる。そして元就は自由自在に気の赴くまま、中国地方を遊覧していくのだった。
伊予来住寺。写経を行う西園寺公広は筆を置き、休息を取ろうと寺の境内に出た。すると一人の百姓が近づいてきた。
「お坊様、これを届けよと侍様に言われました」
そう言って百姓は懐から書状を取り出し、公広に渡した。書状を読んだ公広は目をその百姓に向けた。
「これをそなたに渡した侍は何処におる」
「お会いになりますか」
そう言った百姓の気配が変わった。
「もちろん、会わせてくれ」
「では、こちらへ」
暫くして西園寺公広は還俗する。生き残った西園寺家臣たちを糾合し、西園寺家復興の狼煙を上げることになる。
紀州、紀ノ川口の湊に唐物を多く積んだ船が入ってきた。この報せは直ぐに土橋守重に伝えられた。守重は驚いた。絹の反物が半端ない。他にも色々珍しいものがある。
「これほどの多くの唐物を持ち込んでくるとは。何処の船だ」
「はっ、安芸の商人と言っております」
「安芸、だと?」
瀬戸内の海を手中にしようとする安芸の毛利の勢いは聞いている。筑前に攻め込み大友を門司城で退けたとか。その毛利の国の商人がこれほどの唐物を揃えることができるとは。
「して、その商人が頭領にお会いしたいと」
「儂に会いたいじゃと」
「いかがなされます?」
(ふむ。此度は土産持参か。何を言ってくるんじゃ。しかしこの量は…何処で手に入れた。来る途中堺に寄って来たんかの)
土橋守重は安芸の商人と呼ばれた男と会うことにした。
「お初にお目にかかります。某、廻船問屋の│二階藤左衛門尉と申します。毛利安芸守様の下で商いをさせてもらっております。此度は畿内に商いを拡げるべく土橋様と商いのご相談にまいった次第でございます」
にこにこと商人特有の笑顔を浮かべた藤左衛門が挨拶をする。
「とても多くの唐物を持ってきたとか。それをこれからも儂に融通するというのか」
「はい、勿論卸値はお勉強させていただきます。ご満足いただけるよう数もしっかり揃えまする」
悪い話ではない。して。
「他に話はないのか」
「それはこの者がお話いたしまする」
藤左衛門の後ろに控えていた男が静かに前に進み出て座った。二人が目に入った時から、守重はこの男の方を注視していた。戦人の勘が囁く。コヤツ只者ではない。
「雑賀衆の頭領が一人、土橋守重様に折り入ってお話がございます。拙者、毛利安芸守様の下で働いております世鬼と申します。安芸守様は雑賀衆と合力したいと願っております。できれば商いと同時に、雑賀衆を安芸国に送っていいただくこと叶いませんでしょうか」
「どれほどの人数を送ればいいのだ」
「まずは五十。できれば百」
守重は数の多さに驚いた。家の者を百送れだと。畿内ではなく西国安芸に。
「そんなに送って面倒を見ることが出来るのか」
「勿論でございます。銭は十分あります」
持ち込んだ唐物の数、質の高さから毛利が想像以上に裕福だということが見て取れた。
「分かった。三日ほど待てるか」
「はい、待てまする」
こうして毛利と雑賀の繋がりが出来た。隆元の思惑通り毛利家における情報、諜報戦強化は進んで行くのであった。




