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偽典尼子軍記  作者: 卦位


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119/124

第119話 1558年(永禄元年)11月 豊後

 大友義鎮は城を出て丹生島の湊に向かった。唐船が数隻泊まっている。今の大友の大きな財力の源である唐船。最近は南蛮船もやってくる。船を見ていると心が和む。何処か遠くへ心が放たれて行くような気がする。

 二階崩れの変を起こし己を守り、大友家を掌握した時から心の底に横たわる澱。戦国の世に親と子が争うのは日常茶飯事なれど、義鎮は勘が鋭く実の父と弟を手に掛けたことが忘れられなかった。そうしなければ己は寺に入るか死ぬか、そのようにしかならなかっただろう。

 海の果てからやって来た南蛮人は新たな神の使徒だった。この者たちとの対話は義鎮の中に染み込んでいく。神は人間がどんなに罪深くても救いの手を差し伸べると、あの者たちは説いた。ならば儂も許されるのか。


 門司城の戦いは、予期せぬ尼子南蛮船の登場により大友の負け戦になってしまった。大内を滅ぼし飲み込んだ毛利は侮れぬ相手だということを、義鎮は感じていた。だから策に策を練り、毛利を九州から排除しようとした。しかし…儂は信心が足らないのか。

 この敗戦は義鎮に己を見つめ直し、さらに神への信仰を高める事を求めた。

 義鎮は出家し休庵宗麟と名乗る。大友宗麟の誕生だ。しかし宗麟は仏門とは違う動きを始める。丹生島においてデウス堂(教会)を立て、子供の教育機関であるセミナリオを建てたのだ。トーレスから尼子には学校というものがあり、民百姓の子供たちに読み書き算術を教えていると聞き、ならば儂らもと施設を建てることとなった。またノビシアド(修道院)も設置する。

 そして府内にはデウス堂、コレジオの建設を計画している。

 宗麟は領国内の南蛮化を強く推進ししつつもあからさまな仏教勢力弾圧は行わなかった。

 イエズス会の聖職者をたて民百姓に利益(食料、教育など)を与え確実にキリスト信者を増やしていく。死後の救済いわば魂の救済もいいが、現世利益も必要だろう。利益によって家臣と国人どもも従わせる。

 トーレスとの対話を通して宗麟は方針を決めた。信者を増やす。それが儂の新たな力となる。

「トーレス殿、いずれ儂はデウスの神に帰依する。今はまだその時ではない」

 頷くトーレス。二人はこれからも対話を続けていくのだ。




 コスメ・デ・トーレスは門司城沖海戦の後、南蛮商人たちから一斉に避難を浴び、苦しい立場に置かれていた。まさか尼子が南蛮船をしかも強力な軍船と呼ぶに相応しい船を持っているなど考えもつかなかった。しかし…。

 門司の海から帰ってくることができたポルトガル商人の言葉を聞いたトーレスは、想像を大きく超える尼子に対して、恐怖と畏怖が込み上げるばかりだった。二人のブルーシャを妻に待つ、圧倒的権力者が統治する悪魔の国。

 そしてトーレスを新たな衝撃が襲う。尼子が長崎に現れ、そこで国づくりを始めた。悪魔の国が九州に誕生しようとしている!

 何としても阻止したいが尼子の武力に勝てる者があの地にいるのか。ポルトガルの南蛮船を子ども扱いした武力にいかに勝つと言うのだ。トーレスの顔には深い苦悩が刻まれていた。考えても何も浮かばない。首を振りながら顔を上げた。

 壁に掲げられた十字架が目に飛び込んだ。その瞬間トーレスに稲妻がはしった。

(私は何をするために此処にいるのだ。神の偉大さを説き、溢れる恩寵を多くの民にあまねく伝えるためではないか。何を迷っているのだ。神は常に私と共にある)

 静かに息を整え、トーレスは立ち上がった。平戸、大村、島原そして肥後から豊後へ。神を信じる者たちを増やすのだ。宗麟も必ず賛成し、力を尽くすだろう。異教徒を封じ込めるのだ。

 すっかり落ち着きを取り戻したトーレスは積極的な布教の作戦を練り始めた。


 トーレスが立ち直ってから二日後、ある武士がトーレスを訪ねてきた。使いの者に先導され武士が待つ部屋にトーレスが入ると、その武士は椅子から立ち上がり軽く会釈した。

「お初にお目にかかります。コスメ・デ・トーレス殿。某、明智十兵衛光秀と申します」

 南蛮人である自分にこれほど丁寧な挨拶をした武士は今までいなかった。トーレスは直ぐに好印象を抱いた。

「コチラコソ、ハジメマシテ。コスメ・デ・トーレスデス」

 立ったままトーレスも挨拶を行う。

「オスワリクダサイ。キョウハドノヨウナゴヨウケンデ、イラッシャイマシタカ」

 二人は椅子に座った。

「トーレス殿。尾張熱田に南蛮船を寄越してくれないでしょうか。我が主のたっての願いにございます」

「アルジトハ、ドナタサマデスカ」

「織田信長様にございます」

「オダ…ノブナガ」

「はい。尾張は木曽三川の恵みにより豊かな土地。織田家は商いに長じ、交易も盛んに行っております。何より民多くトーレス殿の布教も上手くいくのではないかと思っております」

 品の良さが伺える話し方、綺麗な服と着こなし。このような武士を従えるノブナガとは…

「カベニタテカケテイル、ナガイモノハ、ナンデスカ」

 トーレスは光秀の後ろにある布が巻かれた長物に対して質問した。

「これは、トーレス殿は見慣れたものでしょう…いや、あまり関係ないものでしょうか」

 巻かれた布がほどかれると鉄砲が現れた。鉄砲を持ち歩く武士…しかもよく見ると見事な装飾が施されている。銃身も気持ち長いような。カスタムメイドの鉄砲持ち。

 トーレスは光秀に対する興味が高まるのを感じた。そしてこのような男を部下に持つノブナガという大名に会ってみたいと思った。しかし、光秀の申し出に答えることは難しかった。ポルトガル商人と彼らが持つ南蛮船は丹生島、府内、平戸そして新たに肥前西部に定める寄港地に優先的に入港させる予定を立てたばかり。宣教師たちもその方面に集中的に送り込むこととなっている。

(この人の要請はとても魅力的だ。しかし今の現状では直ぐに南蛮船を向かわせるのは難しい。代わりに唐船を送り繋としよう。そして残念だが…尾張にはフランシスコ会のフアン・デ・アルブケルケ司祭を送ろう。ゴアからやって来た彼なら我らとも話が通じやすいだろう。とにかく神の教えを広めることが何より重要だ)

 少し顔を強張らせたトーレスは言葉を発した。

「ショウジキモウシマシテ、スグニナンバンセンハ、ムカエマセン。シカシショウニンハ、ヨロコンデイクデショウ。カラブネデコウエキヲハジメマセンカ」

「そうですか、わかりました。まずは交易を始める事に異論はありません」

「フキョウノユルシヲ、イタダキタイノデスガ」

「それは大丈夫でしょう。主は寛容なお方です。それに南蛮にとても興味をお持ちです」

 日程などを協議し会談は終わった。トーレスは降って湧いたような幸運に喜び、神に深い感謝を捧げた。


 明智光秀は尾張への帰路を急ぐ。諸国を大きく見渡してこいという主の命は、ほぼ達成された。後は報告とそれに基づいた具現化。何からなすべきか順序を組み立てている光秀の顔はとても楽しそうだった。



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