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偽典尼子軍記  作者: 卦位


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112/123

第112話 1558年(永禄元年)7月 豊前門司城下 その二

 吉川元春は南郭で陣頭指揮を取っている。

「少しづつ前に進め。郭の外に押し出すぞ」

 大きな竹束で出来上がった壁がジリジリと大友軍との間合いを詰めていく。

「吉川様、虎口の大友勢、砲撃を受け混乱しております。直に崩れるかと」

 伝令の知らせを受けた元春はフンと笑った。

「直にここも崩れるぞ!仁保隆慰(にほたかやす)宍戸隆家(ししどたかいえ)に追撃の準備を伝えよ。装備は動きやすくとな」

 郭の中に陣取る大友軍は次第に郭の端に圧縮されていく。城下の平らな場所から郭まで登る道を数本作ったがその道は細いので多くの兵が迅速に動くことは難しい。

 勢いを増した毛利の鉄砲と落ちてくる矢が容赦なく大友軍に襲いかかる。そして郭の中で踏ん張る大友兵の後方で味方の足軽たちが統制を失い走り出していた。

「逃げろー。玉が落ちてくるぞー」

 大友兵は今まで毛利兵が大砲の玉を受け、何もできず縮こまっていた様子を思い出した。今度は儂らがそのような目に合うのか。あれは酷い、どうしようもない。哀れに思っていたが今度は儂らか!

 田北鑑生(たきたあきなり)が郭の中で声を上げる。

「纏まれ、散らばるでない。鎮周(しげかね)、殿は儂が務める。兵を退かせよ」

 田北鎮生は毛利の勢いを止めようと指揮を取った。東から攻め込もうとしていた臼杵鑑速(うすきあきはや)率いる兵たちも引き始めている。

戸次鑑連(べっきあきつら)の言う通りになってしもうたか。まっこと、悔しいかぎりじゃ」

 大砲の音を聴いた大友の武将たちは城攻めが叶わぬことを察し、撤退戦に移っていく。ここからは如何に兵の混乱を抑えるかが大事だ。自分たちも大砲の威力をしっかりと見続けたのだ。あれがこちらに向かって撃ち込まれるのはゴメンだ。



 白鹿丸とアカ二号は潮の流れに乗って南に移動しながら大友軍に向かって砲撃を続けている。城の南に陣取る大友の本陣に砲の射程が届いた。

「敵本陣に狙いを定めよ」

 ドーン。放たれた砲弾は本陣を通り過ぎ着弾する。落ちたところの大友兵が慌てふためく。続いて先程より手前に砲弾が落ちる。命中するまでまだ時間が掛かるが心理的効果は十分だ。このまま撃ち続ければ大友兵の混乱は更に拡がるだろう。

「敵本陣、消失。逃げるようです」

 玉が命中する前に大友の本陣は退却を始めた。

「このまま撃ち続けよ」

 湯原春綱(ゆばらはるつな)は門司城から合図が来るまで砲撃を続けるよう指示を出した。



 吉岡長増(よしおかながます)は門司城の西の戦線が崩壊し、北の和布刈神社からの強襲が間に合わなかったのを確認し撤退を決めた。この戦の勝ち目は消えた。ここからは如何に損害を最小限の抑えながら豊後まで退却するのが目的となる。

 吉弘鑑理(よしひろあきまさ)に大里を経て小倉まで軍が冷静に退却できるようくように指揮をとることを命じたあと本陣を引き払い始めた。

 ドーンと大砲の弾が本陣から外れたところに落ちてきた。

「急げ、直に玉が落ちてくるぞ」

 慌ただしく近習たちが動き出す。次の玉が落ちてくるころには本陣は引き払われ吉岡長増は大里に向けて動き出していた。



 門司城から青い花火が上がった。

「提督、青火が上がりました」

「撃ち方やめい。大里の湊に向かう」

「撃ち方やめい。針路大里湊」

 二隻の南蛮船は門司湊から離れだす。

 湯原春綱は後ろに座る尼子倫久のもとに向かった。

「総大将殿、ここまで万事予定通りでございます」

「うむ。見事な指揮と操船、感服しておる。御屋形様がきっとお喜びになられるぞ」

「滅相もございません。全ては御屋形様の導きによるもの。某はただ命じられるままに動いただけにございます」

「これからの動きは」

「はっ。捕虜を拾ったアカ一号と合流し、まずは萩の湊に向かいます。その後諸条件を考慮しつつ次の作戦段階に移行いたします」

「毛利殿から打診があるかもしれん。船を余分に準備できるか」

「はっ。萩にて手配をいたします」

「御屋形様には俺から鳩を飛ばす。よろしく頼む」

「ありがとうございます。ではこれにて」

 湯原春綱は指揮所に戻っていった。

「全く。御屋形様は凄いな。ポルトガルの南蛮船より倍も大きく強い船を造られるとは。そしてその船を操る水軍衆まで鍛え上げるとは。俺がしたことはただ座ってるだけだ」

 尼子倫久が神妙な顔つきで本城常光に話しかけた。倫久にしてもとうに初陣を済ませ尼子の荷駄方として戦に従事していた。幼い時からただのお客さんではなく、後方ではあるが戦に参加しているのだ。(兄がそう仕向けたのだが)

 本城常光は表情を変えず答えた。

「御屋形様には頭が上がりませぬ。戦の仕方を変えてしまわれた。某、ついていくのに必死でございます」

「家中一二を誇る大黒語使いがよく言うわ」

「いえいえ。伯耆守さまには負けまする。そのお年で御屋形様の意図を正しく掴むことなど普通はできませぬ。麒麟の弟も、また同じく麒麟でございますな」

「ふん、そうだといいがな」

 倫久は視線を舳先に向けた。

 本城常光は思う。兄に追いつかんとする弟。儂が支えてみせようぞ。



 青い花火が打ち上がるとともに小早川隆景の号令が、門司城に詰める全将兵に落ちる。

「突撃じゃ。大友軍を攻め立てよ!!!」

 先陣を切って吉川元春。そして仁保隆慰、宍戸隆家が続く。乃美宗勝(のみむねかつ)児玉就方(こだまなりかた)は虎口から打って出る。混乱する田原親賢(たはらちかかた)の部隊に襲いかかり次々と大友兵を討ち取っていく。

 弘中隆助(ひろなかたかすけ)は和布刈神社側に向かい、戸次鑑連に対して攻撃を始めた。

 参謀を務める弘中隆包(ひろなかたかかね)は総大将小早川隆景に戦況報告を行う。

「総大将殿、虎口の大友兵は直に壊滅いたします。南の郭に陣取る兵がなかなかしぶといかと。しかし吉川様がいずれ屠るかと思われます。北の兵には愚息を向かわせております」

「わかりました。尼子の船は」

「はっ、砲撃をやめ大里湊に向かっているようです」

「そうですか、あとは殿の動きしだいですね」

 隆景はそう言って南の小森山に視線を向けた。

「あの兄上が…ここまで戦巧者になられるとは。私もボーッとしていてはお役御免を言い渡されそうですね」

 くすっと笑みを浮かべ弘中隆包は答えた。

「左様にございます。殿は大きく変わられました。まさに天に羽ばたく鳳凰が如く」

「いや…兄上の下だと色々やりやすいと思っていましたが。雲行きが怪しくなりました」

「そうでございますな。しかし毛利家としてはこの上なく良きことにございましょう。一番喜んでおられるのは大殿でございましょう。大手を振って隠居なされるおつもりかと」

「弘中殿。それをゆるしてはいけませんぞ。弘中殿を引っ張り出しておいて自分は隠居などとんでもないこと。腹が立ちませぬか」

「私は特に、腹などたちませぬ」

 困った顔をして暫く弘中隆包を見ていた隆景は、ふーっと息を吐いて視線を郭に向けた。



 大砲の弾を撃ち込まれ総退却を始めた大友軍であったが、何とか退却の形を作ることはできていた。田北鑑生、臼杵鑑速の迅速な指揮により吉川元春の攻勢を受け止め、城の南に陣取る多くの大友兵が動き出す時間を作った。しかし虎口の方から混乱して逃げてくる大友兵が増えていき、その後ろから毛利軍が攻め込んでくると兵の統率は乱れていく。田北、臼杵もいい加減限界だ。このままだたと毛利兵に回り込まれ退路が閉ざされてしまう。

「田北様、臼杵様、斎藤が殿を務めまする。引かれよ」

 斎藤鎮実さいとうしげざねの伝令がやって来た。頃合いかと二人は兵を引き始める。

 このまま行けば上手く豊後まで帰ることができる。引き際は間違っていなかったと二人は思っていた。田原親賢に上手く乗せられてしまったことを悔いたがもはや詮無きこと。一刻も早く戦場から脱出せねば。


 しかし二人の思いを断ち切る男がやってきた。真打ちは遅れてやってくる。門司城合戦を終わらせる男が舞台に現れた。



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