第108話 1558年(永禄元年)7月 豊前、安芸
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周防に大内輝弘を上陸させて戻ってきた若林鎮興は、次の日南蛮船と共に門司城攻略戦に向かった。門司城の南西に位置する門司湊にやって来た南蛮船は湊に向かって砲撃を加え、その後豊後水軍が湊に進入して使えそうな船を奪っていった。南蛮船は浅瀬で座礁しないように注意しながらゆっくりと湊に近づく。
ドーン!ドドーン!
南蛮船は門司城に向かって砲撃を始めた。本郭には砲弾は届かないが南の郭には落ちて来る。そこには兵糧庫や兵たちの宿舎や武器庫などがある。
砲撃はそれほど長く続くわけではない。赤間関の潮の流れは早く向きも変わる。南蛮船が長い時間腰を据えることはない。
だが、空から降ってくる鉄の塊は毛利兵の心を砕く。逃げたくても逃げる場所は何処にある?足軽たちが恐慌を起こしそうになる。
「静まれ!!!当たらんかったらどうにでもなるわ!!頭を守るんじゃ!」
吉川元春が兵たちを制す。他の武将も続く。砲弾は城から外れた場所にも落ちている。命中精度が高い訳では無い。
「見てみぃ、盲撃ちじゃ。落ち着け!」
ここぞと言う所で、激を飛ばす。流石は闘将吉川元春。戰場の機微を読む力は抜きん出ている。何とか兵は落ち着こうとしている。
砲撃は止んだ。すると。
パパパパパパン!パパパーン!!パパンパパン!!!
南の出丸に鉄砲が撃ち込まれる。大友は鉄砲を二千丁ほど持ってきた。この門司城の戦いが、日の本における初めての大規模な鉄砲兵どうしの戦いとなった。
士気を挫かれていた毛利兵は動きがとても鈍い。混乱こそしていなかったものの、即座に大友軍に反応することは出来なかった。結果出丸に大友兵の侵入を許すことになる。
「敵が出丸に入ってきおった。これ以上入れさせてはいかんぞ!橋を切れ」
出丸と中の郭の間には切り通しがある。そこに掛かる橋を大友兵が渡る前に切り落とすことは出来たが、どんどん兵が出丸に侵入してくる。
乃美宗勝、三吉隆亮、弘中隆助が駆けつけ指揮を取る。切り通しを登って郭に乗り込もうとする大友兵に弓を射掛け、石を落とす。だが兵の数が多い。このままでは押し切られる。
パンパンパンパンパンパンパンパン!
出丸に鉄砲玉が撃ち込まれる。今度は毛利の鉄砲が火を吹いた。出丸から切り通しに大友兵が落ちる。出丸の中でも次々に兵が倒れる。たまらず物陰に兵は隠れる。
パンパンパンパンパンパンパンパン!
毛利の鉄砲は止まらない。三千丁持ち込んだのだ。修練もしっかり行った。抜かりはない。郭を目指し切り通しを登っていた大友兵も全て落とした。出丸は火力で制圧中。毛利は持ち直した。
すると今度は出丸に竹束が並んでゆく。厚みを作っていく竹束。そしてその後ろから火矢が郭に向かって放たれた。間断なく降り注ぐ火矢を受け、火消しに忙しい毛利兵。郭の西側、湊に続く道を鉄砲を持って大友兵が登ってくる。虎口に向けて一斉射撃を行う。その後丸太を抱えた足軽たちが、門を破壊せんと突っ込んでいく。そうはさせじと毛利も鉄砲を撃つ。足軽は直ぐに引く。同時に大友が撃つ。大音響が赤間関に鳴り響き、硝煙が立ち込め視界が閉ざされる。
その煙の中をまた大友兵が丸太を持って突撃する。
ガゴーン、ミシッミシ。
門が軋む。直ぐに鉄砲の発射音。倒れる大友兵、動ける者は引いていく。
「弓じゃ、鉄砲だけじゃのうて弓も放て」
吉川元春の指揮の下、徐々に落ち着きを取り戻す毛利兵。大友兵は鉄砲を撃ち火矢を放つ。門司城の南側と西側で激戦が始まった。
七月二十日の戦いはこの様に推移した。門司城は落ちてない。大友は出丸を制圧した。戦の流れは大友にあるか。
夜の帳に隠れて毛利の伝令が門司城に入ってきた。
「なに!大内輝弘が山口を占拠しただと」
普段飄々としている小早川隆景がおもわず声を荒げた。
これでは…城を明け渡すことになる。隆景の頭の中に戦の終着点がパッと浮かぶ。大友との和議、その内容はどうなる。どう転んでも毛利が九州を押さえる道が閉ざされるのは明白。
「父上と兄上は如何に」
「殿は来島に向かわれました。大殿は兵を集め山口に出陣されます」
そうか、まだ諦めていない。ならば
「うむ、ご苦労であった。しばし休め」
「はっ」
伝令を下がらせた後、元春を迎えた隆景は兄と話し合う。
「ほう、大友やるのう。隆景こまっとるんか」
「困ってなどおりませぬ」
そのような素振りを見せたら何をされるかわからない事を、十分経験している隆景は即座に否定する。ま、さっきまで困っていたのだが。
「どうするんじゃ」
「大内輝弘の件は私と兄上のみが知ることとします。そして周防と山口に伝令をだしそれによって動きを決めます。まずは兵の士気を落とさぬこと、しかと頼みます」
「ほうじゃの。やることは変わらんけ。任せちょけ」
そう言って春元は出ていった。
「父上と兄上次第か」
小早川隆景は外に出て、本郭から東の空を見た。星々はただ光るのみ。頼みますよと心のなかで呟いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
毛利元就は吉田郡山城下で民百姓に訴えていた。
「大内の亡霊がやって来て、毛利を滅ぼそうとしておる。皆の衆、儂に力を貸してくれんかー!」
「大殿!儂らがおりますけ、心配せんでもええ。亡霊なんぞ祓ってしまえ!」
「おおっ!悪霊退散じゃ」
元就の呼びかけに民は答える。どんどん人が集まってくる。
元就は思い出していた。郡山合戦を。あの時も今のように民の前で話しかけたのう…
安芸武田氏と尼子方国人衆を助ける為、安芸に出兵した尼子晴久。吉田郡山城はその道中にあり避けて通ることは出来なかった。尼子の動きに呼応して大内も兵を出す。陶隆房(陶晴賢)率いる一万の軍勢が吉田郡山城に救援として向かう。元就は民百姓を吉田郡山城の中に入れて一族郎党と共に籠城戦を行った。
戦いの結果、尼子軍は撤退し、毛利元就の名は大いに高まった。
民に向き合いしっかりと政を行えは、民は裏切らないし答えてくれる。この事を元就は会得していた。
そしてあの時の敵尼子が今は味方、味方であった大内が今の敵…
戦国の世は無常だ。一寸先は闇。
「大殿!行きましょう、山口へ!」
民の呼びかけに元就は我に返る。
「周防の内藤隆春殿に急ぎこの書状を届けよ。隆元とも連絡を取りたい。何とかせよ」
近習に告げた後、元就は民の元に進み出る。
「皆の衆!行くぞ!」
「おーおーっ!」
毛利領民兵千五百を率いて毛利元就が吉田郡山城から出陣した。
福原貞俊は郡山城で出陣準備をしている。民百姓に旗指し物を配っていた。
「戦でございますか」
忙しく動き回る貞俊に聞き慣れぬ声が掛かった。
「見ての通り、戦の準備でござるよ」
「ならば某を連れて行ってくれませぬか」
貞俊が声の方に振り返ると一人の男が立っていた。整った身なり、肩に掛けた長物が目に入る。
「某、諸国を巡り雇われ兵として生を得るもの。戦ならお任せくだされ」
「ふん、その肩に掛けた長物が飯の種か」
「如何にも。この種子島で敵将撃ち抜いてみせましょう」
なに、種子島だと。雑賀か?雑賀にしては身なりに品がある。間者…とも違う…。
「その方、名をなんという」
「これは失礼しました。某、明智十兵衛光秀と申します」
「毛利家家老、福原出羽守貞俊じゃ。十兵衛どのか。ついて参られよ」
明智光秀は福原の後についていく。何を求めているのだろう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
七月二十一日。夜明けとともに南蛮船がやってくる。門司城への砲撃が再び始まった。二回目の砲撃ということもあり命中精度が上がっている。赤間関に対する理解も深まったか、砲撃のため関に留まる時間も長くなった。結果、昨日より多くの砲弾が郭に着弾する。土塀が壊れた箇所もでてきた。毛利軍は息を潜め、砲撃が収まるのを待つ。
砲撃が終わり南蛮船が帰りだすと大友兵が一斉に攻め寄せる。今日になって攻め手の方向が一つ増えた。南の郭の東斜面からも兵が登ってくるようになった。東、南、西の三方向から攻めが入る。南の出丸の周りに竹束が立ち、囲むように鉄砲兵が置かれ大友の火力が増していく。毛利の鉄砲は土塀に作られた狭間の数が限られているので、簡単に火力を増やせない。勿論、上から撃ちおろす利はあるが大友の工夫が上回っている。そして東では林を使って木々の影に隠れながら接近、火矢を放つ。
無謀に見える力攻めだが、やはり艦砲射撃が効力を発揮しているのだ。毛利兵の損耗は思った以上に激しい。真綿で首を締められている、確実に。あの鉄の塊が頭上に落ちてきたら死ぬしかない。そして後詰めは来るのか、船は無いのに!
考えないようにしているが無理な話だ。頭の中で恐れが鎌首をもたげる。自然と動きが重くなる。
出丸の周りに多くの竹束と盾が立ち並び、郭に向けて鉄砲を撃ちあげる準備が整いつつある。出丸の中では櫓が立ち郭の中に鉄砲を撃ち込みやすくなっている。大友は郭を攻める準備を今日一日で終えるつもりだ。七月二十一日の日が暮れていく。戸次鑑連は戰場を回りながら兵の様子と郭攻めの確認をして本陣に戻ってきた。
明日以降の城攻めについて軍議が始まる。
「殿、明日の攻め具合によって毛利との和睦を進めるのがよろしいかと」
吉岡長増は毛利を死兵にはしたくないようだ。
「この次はどうする」
「豊前、筑前の支配を確たるものにしなければなりませぬ。二度と国人衆が離反しないよう抑えることが大事でございます」
「そうだな。考えておこう。して明日の城攻めはどうなる」
大友義鎮の問いに吉弘鑑理は答えた。
「北から本郭を攻めれば南に隙ができまする。南の郭は明日のうちには落とせましょう」
「うむ、城と安芸に送る使者の準備をせよ。皆のもの明日のために休め」
「はっ」
軍議は終わり諸将は持ち場に戻る。大友義鎮は次のことを考えた。キリスト教の国を立ち上げることが義鎮の次の事だ。豊前、筑前は家老たちに任せておけば良い。さて豊後に南蛮寺を建てねば、とびきり壮麗で大きな南蛮寺を…義鎮は満足げに夢想の泉に沈んでいった。
七月二十二日。夜明けとともに南、東、西の三方向から大友軍の攻撃が始まる。特に南の鉄砲の音が鳴り止まない。西の虎口を攻めていた鉄砲隊も南に回し、全火力を集中してきた。
そして日の出から一刻後。満を持して現れた南蛮船。この日は門司城の北から砲撃を始めた。九十六間と四分一(標高175m)の高さにある本郭には、砲弾はなかなか届くものではない。しかし大砲の発射音と木々をなぎ倒す嫌な音は、毛利兵の心に響く。本郭に陣取る兵たちは気が気でなかった。そして、下手な大砲も数撃ちゃ当たる。なんと一発の砲弾が本郭に届いたのだ。
グワッシャーン!!!!
本郭を囲む土塀に命中した砲弾は土塀を一間(2m)ほど粉砕し近くにいた兵を吹き飛ばした。
「うわーーー逃げろ!!」
さすがの毛利兵も限界か。本郭で兵の混乱が始まった。
「静まれー静まらんかーっ!」
兵の混乱は指揮系統の混乱を招く。そしてどんどん混乱の波が場内に広がっていく。南の郭で戦っていた毛利兵の集中が切れる。不安を隠すこともなく本郭を見上げる兵達。
「ここじゃ!一気に攻め落とすぞーーー!」
戸次鑑連の激が飛ぶ。大友軍が南の郭に一斉に張り付き駆け上ってくる。
「儂が一番乗りじゃー」
ついに大友の足軽が南の郭に入ってきた。増える増える。止まらない。毛利兵は本郭の方に押されていく。しかし向こうに行けば大砲の弾が飛んでくる!
引くに引けず動きが鈍い。討ち取られてく毛利兵。結果的に本郭の方に押し込まれていく。
パーンパーンパーンパーンパーン
本郭から放たれる鉄砲玉が大友兵に命中する。
「竹束と瓦礫を使い壁を作れ。弓を放ち登ってくる大友を狙え。もう南蛮船はおらん。弾は降ってこんぞ。気合みせんかー」
吉川元春の目はランランと輝き兵たちを鼓舞する。
「儂に続けー!」
槍を引っ提げ大友の足軽に突入する元春。周りの兵達も続く。そして仁保隆慰、宍戸隆家、乃美宗勝、三吉隆亮らも次々と大友兵に切り込んでいった。
「良いかー遠くの大友兵を撃ち抜くんじゃ。玉は十分ある。止めるでない!弓も放て!」
小早川隆景が本郭の上で鉄砲兵を指揮する。弘中隆包と弘中隆助が周りをみて状況を確認する。冷泉元豊、児玉就方が兵を率いて手薄な箇所に向かう。
毛利の武将たちは混乱状態を収束させつつある。元春、隆景が率いる安芸の兵達は結束が固い。備後の三吉隆亮もそれを習いとしていた。普段の一つ一つの行いが、己に対する研鑽が最後には物を言う。
「冷泉殿、虎口を守ってくだされ」
「承知」
弘中隆包の指示を受け冷泉元豊は虎口に向かう。南から侵入されたがこれ以上侵入口を増やすのは不味い。
「皆のもの、後はない。やるかやられるかそれだけじゃ。眼の前の敵を打ち破れ!!死ぬ気で戦え!」
死兵となれと元春が命じる。兵達は無言で答えた。
「吉川殿に続けー」
他の武将達も兵を死地へと向かわせる。毛利軍は腹をくくった。
南郭が主戦場となり、日が暮れた。門司城はまだ落ちていなかった。毛利兵は死兵となり、大友を押し留めた。
しかし戦の流れを握っているのは大友だ。明日、どの様な城攻めを行うのだろうか。
毛利はいつまで持つのか。死兵になったとて今のままでは大友軍を退けることはできない。いずれ落城する。
七月二十二日の戦は終わった。