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偽典尼子軍記  作者: 卦位


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105/123

第105話 1557年(弘治三年)8月 伊予。その前年の出雲から豊後

 時は少し遡る。



 イエズス会宣教師、コスメ・デ・トーレスは弘治二年十月、八雲にいた。フランシスコ・ザビエルが日の本を離れた後、日本布教の責任を託されたトーレスは九州で地道に布教を続け、多くの信者を獲得していった。そのうちトーレスは出雲国の大名、尼子に関心を持った。天文二十年(1551年)山口で大内義隆に再謁見し布教の許しを得たが、その後に起きた大寧寺の変により山口での布教は難しくなった。九州での布教は上手くいっていたが、京でもまだそこまで進んでいる訳では無い。京には帝と将軍という権力者がいたが彼らに会うことは出来ていない。日本の山口は毛利という大名が支配した。そして山陰と呼ばれる地方は尼子という大名が支配した。この大名の評判が高い。南蛮人を家臣とし南蛮船を所有して交易をするという。そこまで南蛮贔屓なら大友と同じように布教を認めてくれるだろうと、希望を持って出雲に来たのだ。

 奇しくも神在月に八雲にやって来たトーレスは杵築の神在祭に参加し二人の巫女を見る。太陽の巫女に煽られ踊り狂う民。月の巫女に導かれ静謐な時を過ごす民。両極端に揺れ動く民を見てトーレスは歓喜に震えた。この地の民は信仰心が熱い。この民を導きイエスの恩寵を与え大いなる神の国を造る。そしてこの地をバネに日の本の各地に神の威光を届けてゆく。そのような考えがトーレスの胸の中に浮かんだ。必ず尼子の王に会わなくてはならない。そしてもっとこの地を知らなければ…。トーレスは八雲城に赴き王に謁見を求めた。

 この時尼子義久は将軍足利義輝を奉じて京に戻った後であった。義久が年末年始を八雲で過ごすと聞いてその時まで八雲城下で待つことにした。八雲はトーレスに驚きと感動を与え続けた。民が勤勉であること、学校に置いて行われている教育がとても優れていること、既にアラビア数字を使って四則演算を行っていることには驚愕した。町に活気が満ち溢れ乞食や浮浪児がほぼいないこと。女子が綺麗なこと…同じジパングとは思えないほど生活レベルも知識レベルも高かった。

 そして目に付き出したのが朝起きて直ぐに、ある方角に礼拝を行う民の姿だ。(暫くして向いてる方向に杵築大社があると知った)。二礼(二回おじぎ)四拍手(四回手を打つ)、最後にもう一度おじぎという手順で 行われるのだが、これが杵築大社(キヅキシュライン)の礼拝の仕方だそうだ。その数は日に日に増え、年末にはほとんど全ての八雲の民が行うようになっていた。

 また色んな場所(出雲以外の他国から)多くの民が杵築に礼拝をしにやってくるのを見かけた。その様は…トーレスの胸中に一つの言葉が浮かんでくる。

【イスラム】。それと強力なイスラムの国であるオスマン帝国。

 出雲はオスマン帝国のようにキリスト教徒の前に立ちはだかるのか?それを確かめるためにも出雲の王、ヨシヒサに会わねばならない。

 弘治二年十二月二十日。トーレスは尼子義久に謁見することが出来た。

 身だしなみを整え、義久に対面したトーレスは若き王をみて感心した。義久の表情からは奢りも、恐れも、怒りもそして自分に対する興味も感じ取れなかった。あるのは冷徹な眼差し、トーレスを射すくめるような鋭い眼差しだった。纏う気配はまごうことなき王の威厳。

(古のマケドニア王?なのか)

 スーッと背中に汗が一筋。

「ホンジツハ、ヨシヒササマ二オメドオリガカナイ、トテモウレシイデス」

「うむ、要件を申してみよ」

 ズバリと目的を聞かれた。短気なのか。ならば。

「イズモニオケルフキョウヲ、ミトメテイタダキタイノデス」

 トーレスもズバリと答えた。

「いいぞ。ただし支援はしない。尼子領内において神は大国主命だ。他の神や仏を弾圧する気はないが便宜も図らん。ただし尼子にとって好ましくないと判断したときはその限りではない。全て自力で行ってくれ。もともと布教とはそんなもんだろう。それと知っていると思うが、ポルトガル商人の南蛮船は尼子の許可をもらってから湊に入るようにしろ。勝手に来ても入れることはないぞ。お抱え商人に伝えておけ」

 そう言って義久は立ち去っていった。

 八雲城を後にしながらトーレスは拍子抜けしたのと同時に良く分からない不安感を感じていた。その後年が明け、一月末まで布教活動を行ったトーレスは途方に暮れた。民は礼儀正しく優しいがイエスの話になると一様に話を聞かなくなるのだ。そして返ってくる言葉は決まっている。ミコとオオクニヌシサマがいるから十分だと。トーレスはまるで民が洗脳されているかのように見えた。あのミコの踊りはには恐ろしい魔力が込められているのか。ミコではなくbruxa(ブルーシャ、魔女)なのか…

 トーレスは借りていた小屋に戸締まりをし、一月末に豊後に向けて八雲を発った。出雲はとても魅力的な地であるが、布教活動は他の日の本の国の数倍困難な場所であった。

(尼子は山陰だけでなく京のショーグンとも懇意にしているという。このままでは日の本における布教全般に悪影響が出るかもしれない。なんとかしなければ)

 トーレスの中で尼子は準敵対勢力として位置づけられた。


 豊後に帰ったトーレスに大友義鎮から城に参内せよと知らせが入った。義鎮とはとても良好な関係を築いており、義鎮がキリスト教徒として洗礼を受けるのも時間の問題だとトーレスは思っている。

「トーレス殿おりいって頼みがある。南蛮船の力を貸してくれんか。今我が国に侵攻しようと安芸の毛利が準備を進めている。毛利は主家である大内を滅ぼし、その野望を隠すこともせず九州に向けておる。このままでは戦は必定じゃ。神の国を守る聖なる戦いに力を貸してほしい。儂はこの先の人生をイエス様に捧げる決心を固めた。神の先鋒として戦う儂に力を貸してくれんか!」

 大友義鎮の申し出にトーレスは心震えた。ここまで深くイエスの御心を感じることが出来るとは。この方は日の本における獅子心王だ。答えねばならない。

 日の本にやってきたイエズス会宣教師たちは、大名同士の戦争にできるだけ介入しない方針を立てていた。キリスト教の布教が宣教師の一番の目的であり、その宣教師たちと協力関係を結び交易で富を増やそうとしているのがポルトガル商人である。もちろんその裏に祖国であるポルトガルにアジアの情報を送るという使命も持っているし、プロテスタントがアジアに進出してくるのを防ぐという目的もある。ゆえに権力者である大名に交易の利をもって上手く取り入り、権力の後ろ盾を得て布教を行う戦略を立て実行していたのだ。

 しかし、尼子を知ったトーレスは少し考え方を修正していた。尼子に限っては今までの方法では布教は難しいと判断したのだ。

(毛利と尼子は強固な同盟関係を構築している。宗教についても両者が同じような政策を取る可能性はとても高い。ならば毛利の侵攻から大友を守らなくてはいけなくなる)

 しばしの黙考のあと目を開けたトーレスは答えた。

「神の国を守るため、力をお貸ししましょう」

 大砲を積んだポルトガルの南蛮船が大友の友軍に成ることが決まった。

 そして多くのポルトガル商船とジャンク船が豊後に訪れていく。



 弘治二年。京にて元服した一条兼定は領地の土佐に下向する。大友義鎮は一条兼定に娘を娶らせ盟約を結び、積極的に一条兼定を支援した。そして翌年、弘治三年三月一日。一条兼定は伊予宇都宮氏の当主、宇都宮豊綱と盟約を結び伊予河野氏の居城湯築城に攻め寄せた。

 身内同士の権力争い、家臣の反乱などで疲弊しきっていた河野氏に一条兼定と大友の連合軍に抵抗できる力はなく、当主の河野通宣(かわのみちのぶ)と後見の父河野通直(かわのみちなお)は毛利の元へ落ち延びていった。返す刀で伊予西園寺家を攻め滅ぼした一条家は、土佐の盟主から西四国の盟主へと変貌を遂げた。時を同じくして東からは三好が攻め込み伊予東部の宇摩郡、新居郡は三好の影響化に組み込まれた。時は弘治三年八月。四国の情勢が大きく動いたのである。

 京の一条宗家は朝廷で台頭著しい三条家の三条公頼に対抗するのに忙しく、土佐の分家が力を持つのを嫌っていたが、大名化する分家に有効な手段を取れなかった。

 河野家と友好関係を築いていた毛利は大友との戦の準備で河野家に助力する余裕がなかった。河野氏の家中で影響力を増していた来島村上家も一条、大友連合軍に敵うはずもなく、援軍を出すことは出来なかった。




 大友も着々と対毛利戦争の準備を整えていた。



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