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偽典尼子軍記  作者: 卦位
101/115

第101話 1557年(弘治三年)4月 出雲

 牛尾幸清(うしおゆききよ)は毛利隆元から親書が届いた知らせを鳩に乗せて後瀬山城、坂本の日吉神社、将軍山城に送った。この三箇所に送れば何処かで義久に連絡がつく。次の日に義久から四月になって八雲に戻ると返信があった。

 四月二日。横道兵庫介と山中甚次郎を伴って八雲城に戻った義久は、その足で安国寺恵瓊と会合を始めた。

「では、毛利の対大友戦についてご説明させていただきます」

 こう切り出した恵瓊は毛利の戦略について説明を始める。


 ●目的:豊前、筑前、肥前、筑後の四カ国を毛利領にする。

 ・筑前の秋月氏、筑紫氏、宗像氏、豊前の長野氏を調略。

 ・第一の目標に門司城、次の目標を立花山城とする。

 ・肥前、勢福寺城の少弐冬尚を支援し肥前を抑える。少弐冬尚と対立する龍造寺氏は滅ぼす。


 大まかな説明をしたあと、恵瓊は会談の核心に触れる。

「つきましては出雲守殿に龍造寺氏の居城、村中城攻めにご協力を頂きたいと思います」

「な、なんと申された!肥前に兵を出すなど出来るわけがなかろう!!」

 あまりにも法外な要求に牛尾幸清は声を荒げる。横道兵庫介の表情はピクリとも動かない。山中甚次郎は笑いを抑えようと俯いたが笑っている。

「して、対価は」

 義久はふーんという顔をして恵瓊に尋ねる。

「出雲守さまが欲する所に尼子の領地を認めまする」

「ほーう。領地か。飛び地は面倒くさいんだが」

「海の国を目指す尼子にとってさしたる問題は無いと思います。むしろ拠点が増えるのは好都合でございましょう」

「博多をくれと言ったらどうする」

「お望みどおりに」

 恵瓊はまっすぐ義久の顔を見てにっこり笑って答えた。

 顔を斜め下にむけ軽く目をつむりふっと息を吐いて義久は答えた。

「冗談だ。博多は毛利殿に抑えてもらわねば困る。…そうだな長崎をいただこうか。平戸の大村純忠は龍造寺に屈したのだろ。ならば長崎を実際に支配する勢力は弱まっていると見ていいな」

「左様でございます。龍造寺を倒せば肥前は少弐氏の下で纏まりましょう」

「よし、その提案受けたと安芸守殿に伝えてくれ」

「はい、一旦安芸に戻ったあと軍監を連れて八雲にまいります。細かな事はその者と擦り合わせていただければよろしいかと」

「うむ。わかった」

 恵瓊が足早に部屋を出たあと牛尾幸清は義久に話しかける。

「御屋形様。本当に肥前に兵を出すのでございますか」

「当たり前だ。毛利が九州を取れば尼子にも大きな利がある。これは失敗が許されん戦いなのだ。天下静謐のため毛利は必要だ」

「天下のため…ですか。ならば致し方ありませんな」

「心配するな。必ず成し遂げてみせる。よろしく頼むぞ」

「はっ」

 牛尾幸清は義久を信頼し尊敬している。しかし歳を重ね老境に差し掛かり、この若き当主に対して老婆心から心配事も出てくるようになった。その一番の心配事がお世継ぎがいないことだ。お菊様、お通様との仲はとても良い。しかしまだ閨を共にしているようには見えない。戦と政で領内を飛び回っているのはわかるが、やることはやってもらわないと困るのだ。これは当主としても当たり前の義務である。特に最近老臣たちが集まると必ずこの問題が話題に登る。肥前出兵?お世継ぎはいつ作るのだ!牛尾幸清にしてみれば毛利よりそっちのほうがお家存亡に関わる重大事項であった。尼子の宿老は御屋形様の肥前出陣だけは必ず阻止してみせると固く決意した。


 三日後、安芸から恵瓊と共にやって来たのは毛利両川の一翼、小早川隆景。智を持って立つ毛利の屋台骨。そして隆景の腹心、猛将の呼び名も高い乃美宗勝。

 尼子方は尼子義久、尼子倫久、牛尾幸清、小笠原長雄、本城常光、湯原春綱。

「此度の九州征伐の総大将に任じられました。宜しくお願いします」

 小早川隆景だ。

「こちらこそ、安芸守殿におかれてはご配慮頂きありがとうございます」

 義久が返す。

「では早速始めたいと思います」

 五日に渡って続いた軍議は所定の目的を達成した。小早川隆景は安芸に帰る前日、妹に会うことにした。

 最近妹は月読様と呼ばれているらしい。お菊殿は天照様。いやなんとも、尼子は妹をとても大事にしているようだ。しかし月読とは持ち上げすぎではないか。毛利に対する配慮が深いと感じる。

 先に部屋に通され妹を待つ。衣擦れの音がして妹が現れた。

小兄様(ちいにいさま)。お久しゅうございます」

 妹を見た隆景は小声で「おぉ」と漏らした。絹の服を纏い、左腕に翡翠の輪をあしらった金の腕輪を付けているのがとても印象に残る。贔屓目だが元々大人しく賢い妹であった。それがただ大人しいだけではない、ある種の神がかった雰囲気を醸し出している。静かに隆景の前に座り、涼し気な笑みを浮かべる妹を見た隆景はしばし話しかけることが出来なかった。なんというか話しかけることが憚れたのだ。気を取り直し、お通に声を掛ける。

「元気そうでなによりだ。尼子には慣れたか」

「はい、嫁いだ当初は驚くことばかり。しかし御屋形様とお菊様のお陰で日を追って尼子の暮らしに慣れていきました。今では朱印船に乗って若狭まで行くほどでございます」

「なんと、城を出ていいのか!?」

「はい、八雲小町の【メンバー】にも成りましたし、櫓の上で民百姓にいろいろなことを伝える務めも果たしておりますのよ」

 噂には聞いているが八雲小町は出雲で圧倒的な人気を誇る女衆だ。最近新しい女衆を募集しているという。しかも家柄は問わないという。隆景には想像がつかない。

「…おお、そうだ。最近お通は月読様と呼ばれているそうだが、何があったのだ」

「それは…去年の神在月に……」

 お通は話しだした。去年の神在祭において出雲国造のたっての願いを受け、巫女の舞を奉納することになった。お菊とお通を巫女としそれぞれ一度づつ本殿前で舞を納めることになったのだ。二人は揃って杵築に出向き身を清め、巫女の舞を伝授された。

 神迎神事(かみむかえしんじ)の二日後、まずはお菊が昼過ぎに舞を奉納した。力強く、時に激しく踊り、皆も踊れと周りを誘うお菊に、見るもの全てが熱狂し誘われるがまま踊り狂ったのだ。

 そして神等去出祭(からさでさい)の夜。静寂が包む本殿の前でお通が舞う。その舞は見るものたちに安らぎと平穏を与える。月明かりに照らされたお通は伝説の天香桂花(てんこうけいか)が今世に現れたかの様。人々が、木々が、虫たちが、獣たちがただ静かにお通を見ていた。舞が終わっても誰一人動こうとする者はいない。北島、千家両国造が恭しく祭りの終わりを告げるまでは。

 この日を境にお菊は天照大神(あまてらすおおみかみ)、お通は月読尊(つきよみのみこと)と民百姓に呼ばれるようになったのだという。

「その様な事があったのか。お通は出雲の民百姓にも受け入れられたのだな。兄としてとても嬉しく、誇らしいぞ。これからも励めよ」

「はい、兄様もお体ご自愛くださいませ」

 小早川隆景は公私ともに満足し吉田郡山城に帰っていった。


 牛尾幸清は小早川隆景が帰った夜、主君に詰め寄っていた。

「御屋形様、龍造寺討伐の総大将はどなたになさるおつもりですか。この老臣はことと場合によっては声を上げて、身を持って反対いたしまする!」

 怒りを溜め込みながら義久に詰め寄る牛尾幸清を見ながら、義久は苦笑いを浮かべながら答える。

「牛尾、言いたいことは分かっている。そう心配するな」

「なんですと、その物言いではまた御屋形様が先頭きって出陣なされるおつもりですな。そんな事はこの牛尾幸清が許しませんぞ!!」

「分かっている。龍造寺討伐にはいかん。俺はせいぜい門司止まりだ。前線には立たんからな。約束する」

「何を馬鹿なことを仰っているのですか、門司止まりですと!九州に渡るつもりなのですか。断じて承諾できません。これは某個人の話ではなく亀井殿、佐世殿を始めとする尼子老臣たちの総意にございます。御屋形様、八雲を離れてはいけません。八雲で大事なお勤めがあるではありませんか!」

「はーっ?何をそんなに怒っているんだ。俺が老臣たちになにかしたか?確かに無茶振りはするが、年長者を蔑ろにした覚えはないぞ。むしろ気を使っているぐらいだ!」

「そうではありません」

「んじゃなんだ」

「お、よ、つ、ぎ。お世継ぎはいつお生まれになるのですか。何をなさっているのですか!()()()()!!!」

 義久は言葉を失った。

「あっ…」

「あっではありません。どうなされるおつもりですか!!!!!!」

 義久は襟をただし、ただただ座って尼子老臣代表、牛尾幸清の説教を四半刻ほど聞く羽目になった。







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