第1話 1545年(天文十四年) 1月 月山富田城
兄上が死んだ。流行り病だ。皆に好かれ、褒められていた兄は死んでしまった。
父上がつぶやく。
「我が一族の長男は、なぜ短命なのか。何か呪わておるのか」
父上も長男ではなく次男だ。兄が死んで嫡男になり家を継いだ。祖父は戦で若くして亡くなった。やはり長男だ。
「三郎、今日からお主が尼子の嫡男ぞ」
父上が俺を見る。身体が震える。しかし俺はこうなることを何となく知っていた。兄が早逝することを。
しばらく経っても体の震えが止まらない。回りを見るとすすり泣いている者が大半だ。母上は兄の亡骸に覆い被さっている。
寒い。頭もボンヤリしてきた。乳母を探す。しかし兄上の葬儀の準備にかり出されたか見当たらない。探す気が起きない。
あー。遂に吐いた。
「ま、三郎さま、三郎さま!!」
何処かから乳母が帰ってきて俺を見つけた。血相を変えてやって来る。
「とみ。気持ち悪い」
「三朗さま。こちらへ」
乳母に抱き抱えられて部屋を出て寝所に向かう。そのまま寝かされた。
「なに!三郎もか!」
父上の声が聞こえた。
高い熱が出ている。俺も兄上のように死んでしまうのか。目を開けると黒い天井が見える。吸い込まれそうだ。思わず目をつぶる。今度は頭がぐらぐらして目が回る。いや頭が回るか。
何だったんだ俺の人生は。こんな所で一人でくたばっていくのか。空しいな、泣けてくる。涙が出てる。リストラ、あれは効いたな。自分に降りかかるなんて思ってなかった。俺は大丈夫という変な自信。それがガコンッと砕かれた。あとはただ転げ落ちるだけ。何も残らない。ただ生きるだけ。目的も目標もなく。家族も失った。
目を開ける、白い天井が見える。あー…このまま死んでいくんだ…
ん?
この天井見たことがある。リストラってなんだ。俺は尼子三郎四郎。尼子晴久の次男。兄が死んだので嫡男になったばかり。
一瞬頭の中の映像が止まる。そして白い天井と黒い天井が混じり合う。
そうか、思い出した。俺が見た白い天井は彼方の世界。そこで俺は死んだ。だが、なぜか此処で生きていた。出雲の国で。