57.種明かし
「とっ、ところでっ!」
「はい、なんでしょうか?」
それはもう、とろけるような笑顔で見つめてくるアルジェンティ王子に。私はまだまだドキドキがおさまらないまま。
それでも今聞いておかないと、タイミングを逃しそうな気がしたから。
「ど、どうして出発までに、あんなに時間がかかっていたの……?」
どうやらそれが、私との婚姻を認めさせるための条件だったらしいけれど。
なんとなく、あの国にいる間はその話をしないほうがいいのかなと思ったので、これまで聞けずにいたのだ。
そしてマギカーエ王国に到着してからも、口に出していい話題なのかも分からなかったから。
今しかない、と。そう思ったのは、決してこの状況から抜け出したかったわけではない。えぇ、決して。断じて違う。
「あぁ、そうでしたね。まずは順を追って、それについてお話しするべきでした」
急に真面目な顔つきになって、そう告げるアルジェンティ王子が言うには。そのために今回、例外的に馬車の中で二人きりにしてもらっているのだとか。
理由があってのこの状況だったことにも、正直驚きだけれど。それで許される彼は、相当信頼されているのだろうなと。別の感想まで抱いてしまった。
「そもそも私がエークエス王国に立ち寄ったのは、兄上方の指示があったからなのです」
「お兄様方、の?」
第三王子であるアルジェンティ王子のお兄様ということは、つまり第一王子と第二王子。
マギカーエ王国の殿下方が全員関わっていたとなると、少しだけ背筋が伸びるような感覚になるのは。両国の間で問題があったのかもしれないと、捉えることもできるから。
「あぁ、いえ。そんなにも深刻になるような内容ではありませんから。そもそも私ですら、なにも知らされていなかったので」
理由も分からないまま、お兄様方の言葉に従うということは、つまり。兄弟間で、相当信頼し合っている証拠。
私とお兄様との関係とは、真逆に位置しているのだろう。
(王国内で兄弟仲がいいのは、すごく大切なことだから)
王位争いだとか、そういうことに発展しないのであれば。マギカーエ王国は、今後も安泰だ。
でもまぁ、今はそういうことではなく。
「ですが一度国へ帰った際に、全ての種明かしをされたのです。その上でエークエス王国に滞在していたことが、私にとって大変有利に働いたのは事実ですから」
何に対して有利だったのか、は。今は深く考えないようにする。
いや、だって。それってつまり、その。私との結婚とか、そういう……。
(ダメダメダメ! 今そんなこと真剣に考えたら、冷静じゃいられなくなっちゃうから!)
彼がエークエス王国に滞在していた間に、色々ありつつもようやく受け入れ始めていたのに。
現実味を帯び始めているどころじゃないこの状況で、そんなこと考え始めたら。感情がごっちゃになりすぎて、話に集中できなくなる。
「ただまさか、兄上方が壮大な計画を立てていたとは露ほども知らず」
「……ん?」
馬車が走る音にかき消されて、引っ掛かりを覚えた私の小さな声は、彼には届いていなかったらしい。
というか、壮大って、なに?
王族同士の結婚なんて、そこまで大袈裟なことではないし。そもそも、よくあることだし。
「確かに私が国に帰ることは、滅多にありませんでしたが。その間に優秀な魔法使いたちを集めて、次元すら超える大魔法を行使していたなんて。真実を聞いた時には、大変驚きました」
「え、っと……?」
ちょっと待って。次元?
お兄様たちは、そんな大掛かりな何を、していたの?
というか、魔法ってそんなことできるの? すごくない?
「ヴァイオレット、あなたは知っていたのですね」
「え?」
何を、だろうか。
全然理解できなくて、本気で首をかしげて困惑している私に。アルジェンティ王子は、苦笑しながら。
「私と初めて出会ったあの時には、すでにジェンティー・ヴェフコフという人物を。物語の中の、一人の登場人物として」
「っ!?」
どうしてそれを、彼が知っているのだろうか。
いや、それ以上に。この話の流れは、つまり。
(私が、ジェンティーを知っていたことと……)
彼のお兄様たちが計画し実行した、次元すら超える壮大な大魔法というのは。
まさか……。
「兄上方が用意した、幾重にも分岐するという物語風のゲームを。あなたは、知っていたのですよね。エークエス王国のヴァイオレット王女として生まれるよりも、ずっと前から」
「っ!!」
それは、確信を持って伝えられた言葉だった。
種明かしの内容は、私にとてつもない衝撃を与えながら。同時に、妙に納得すらしてしまったのは。
私が前世で覚えているのが、ゲームに関わる部分のみだった理由が、そこにあるのだと。なぜか理解できてしまったから、なのだろう。