55.それからの日々は
それからの日々は、幸せだけど少し大変で。
こちらの準備は終わっていたけれど、どうやら私との結婚の条件を満たすために、マギカーエ王国から来た人たちにはやることがあるらしく。
それが終わるまで、しばらくの間は賓客として彼らも王城に滞在することになったのだけれど……。
「ヴァイオレット王女殿下、お待ちしておりました」
せっかくの機会だから、親睦を深めようという話になったのは、まぁいいとしよう。
それで毎日のように、アフタヌーンティーを一緒に楽しむのも、いい。
推し……と言っていいのかどうか、正直もうよく分からなくなっているけれど。彼と一緒にいられるのは嬉しいので、そこは問題ないし、純粋に喜ぶべきところだろう。
そう。喜ぶべきこと、なのだけれど。
「あ、の……。少し、距離が近いのでは……?」
「そうでしょうか? 婚約者同士の距離感とは、このくらいが適切ではありませんか?」
違うよね!? 絶対違うよね!?
隣り合って、こんな密着しそうなくらい近い位置で座るって、普通あり得なくない!?
向かい合って座ればいいじゃん! 違うの!?
それとも、マギカーエ王国ではこれが普通なの!?
「て、適切ではないっ、ような気がっ、しますがっ……!」
というか、こんなに近い距離にいられたら心臓が……! 心臓がもたないって……!
心拍数上がりすぎて、体に悪い……!
「ですが、プルプラ王女殿下とご婚約者の距離感は、この程度だったと記憶しています」
「そ、それはっ……!」
確かにあそこは、妙に距離が近い。近すぎるくらいには、近い。
いや、いいんだよ? 仲良しアピール大事だから、婚約者同士の距離が近いのは、すごくいいことなんだけど。
なんたってあそこは、理想のお姫様と理想の騎士の組み合わせだからね。そりゃあもう、皆が注目してますよ。微笑ましそうに、見られてますよ。
私だって、二人をそういう目で見てるけど……!
(あれは……! 乙女ゲームのカップリング的な意味で、許されているのであって……!)
もっと言えば、他人事だから。
本人たちはそれで幸せそうだし、いいんじゃないかなーって。
でも!
自分がそれと同じことをできるかといえば、そういうわけでもなく……!
(私は、恥ずかしいんですけど……!)
そう。私はここ最近を、ずっと羞恥の中で過ごしているのだ。
だってこれ、二人きりなんかではなく。周りに大勢の護衛や、侍女や侍従やらがいる中で、当然のように行われていることだからね!?
しかもこれが、ジェンティー改めアルジェンティ王子と一緒にいる間は、ずっとなわけで。
羞恥と幸福の両方がせめぎ合う、この感覚……! 誰にだったら、理解してもらえるんだろうか……!
「あぁ、そういえば。ヴァイオレット王女殿下は、こういったものはお好きですか?」
「え?」
どう答えるべきかと考えていると、突然話題を変えられて。彼が連れてきた侍従が、銀のトレーを持って近づいてきた。
その上に、綺麗に並べられていたのは。
「一口で食べられる菓子類なのですが。いくつもの味を楽しめると、とある国であまり量を食べられない女性に、大変人気なのだそうです」
彼の言葉通り、チーズケーキっぽいものやチョコレートケーキっぽいものやマフィンっぽいものが、一口サイズになって乗っていた。
種類はたくさんあるけれど、本当に全部一口で食べられる大きさだから。確かにこれは、女性人気が高そうだ。
「どれか、気になるものはありますか?」
「え、っと……」
これは明らかに、私のために取り寄せてまで用意してくれていた、ということなのだろう。
どう見てもそうとしか思えないのに、心遣いを無下にできるわけがなくて。
そして実際、ちょっと気になったケーキがあったから。
「その、鮮やかな緑の……」
この世界に、抹茶があるのか。それとも、全く別のものなのか。
どうしても味が気になってしまった、緑色のケーキを指させば。
「分かりました」
なぜか、超絶ご機嫌笑顔のアルジェンティ王子が。侍従からフォークを受け取って、ケーキをすくい上げて。
「さぁ、どうぞ」
私に向けて、差し出してきたのだ。
ニッコニコの笑顔を、一切崩さないまま。
(こっ、これはっ……!)
俗に言う、あーんというやつ……!
というか、なぜそのフォークを渡してくれないのか……!
「どうしました?」
「っ……!」
近い近い近い!!
この至近距離で、覗き込んでこないで……!
「今はあまり、食べる気にはなれませんか?」
「そっ、そういうわけではっ……!」
「でしたら、ぜひ」
これは……私は、なにかを試されているのだろうか?
元最推し様の現婚約者様から、あーんされるって。それを、平常心で受け取れと? この、大勢に見守られている中で?
(できるかぁ!!)
とはいえ、目の前で超絶笑顔のその人は、フォークを持ったまま、私が口を開けるのを待っていて。
この状態を、いつまでも続けさせるのも忍びないし。
(~~~~っ!! えぇい! 女は度胸!!)
さすがに、王女だからね。自分からフォークに向かってかぶりつくなんて、できないから。
下品に見えないくらいに留められる、最大限の大きさで口を開けると。そっとその中に差し込まれる、フォークに乗った緑のケーキ。
「んっ……。……んん~~っ!!」
口の中に入れて、まず最初に感じたのは、濃厚な甘さと香り。
バターとは違う油分は、きっと木の実由来のものなんだろう。もしかしたら、この香りもそれなのかもしれない。
あまりの美味しさに、思わずアルジェンティ王子を凝視してしまったけれど。
口元に手は添えているとはいえ、よく考えたら、あまりよろしい行為ではなかったかもしれない。
でも。
「美味しいですか?」
嬉しそうな彼に、私は何度も小さく首を縦に振って答える。
アルジェンティ王子が嫌な顔をしないのであれば、私にとっては問題ないし。
なによりこれ、初めて食べた味だけど、すごく美味しい……!
「お気に召していただけたのなら、よかったです」
これは幸せだと、頬が緩みきっていた私は。この瞬間、すっかり忘れていた。
だって、この王子様は。
「では、お次はこちらなどいかがですか?」
どこか、距離感がおかしくて。
日に日に、色々な行動がエスカレートしているというか、大胆になっている気がするくらい。
「全て私が食べさせて差し上げますから。ヴァイオレット王女殿下は、ただ口を開けてくださるだけで構いませんよ」
でろんでろんに、私を甘やかそうとする。
それはもう、大勢の侍女や侍従や護衛がいても、お構いなしに。
(それがっ! 恥ずかしいんだって!)
どうして理解してくれないかなぁ……!!
こうして私は今日も、幸せだけれど少し大変なアフタヌーンティーの時間を過ごすのだ。
彼の、すぐ隣で。