54.約束、したでしょう? -アルジェンティ視点-
恥ずかしそうに俯くヴァイオレット様の、真っ赤に染まった頬と耳に。私は一人、満足する。
私の言動に対して、この反応が返ってくるということは。おそらく今の段階で、すでに希望は見えているということ。
(ここからは、急がず焦らず)
慎重に慎重を重ねて、決して早急に事を進めようとはしないことが大切だと。兄上方にも、助言をいただきましたから。
常に余裕があるように見せなさい、と。女性が安心して身を任せられるように、と。
(確かに、その通りでしたね)
最初こそ、驚いたような顔をしていらしたヴァイオレット様も、徐々に落ち着きを取り戻していたので。
とはいえ私としては、この状況は当然の帰結ですから。
特にエークエス王国からの条件を引き出せた時点で、結果は見えていました。
父上や兄上方は、その条件内容に驚いていましたが。直前までエークエス王国に滞在していた身としては、むしろ十分すぎるほど納得してしまいましたし。
(それが双方にとって、利があるというのであれば)
マギカーエ王国としては、全く問題はありませんからね。
私としても、ヴァイオレット様を手に入れられるのであれば、それだけで十分すぎる結果なので。
まだまだ熱が引きそうにないその様子に、思わず愛しさから笑みがこぼれてしまいますが。おそらく彼女には、気づかれていなかったことでしょう。
(ヴァイオレット様。約束、したでしょう?)
また一緒に、庭園を歩きましょうと。
あの時から、この結果になるように考え、立ち回っていたのだと告げたら。あなたは、さらに驚いてくれますか?
あの日あなたが作ってくださった花冠は、枯れない魔法をかけて、大切に保管しています。
(そこにも、驚いてくれるかもしれませんね)
私の行動になのか、それとも魔法の存在についてなのか。
いずれにせよ、いつかはお伝えするつもりではいますが。
(国に帰ったら、しばらくは忙しいでしょうから)
正式な婚約者となった以上、婚姻の準備にマギカーエ王国の生活に慣れるのに、と。ヴァイオレット様がやらなければならないことは、山ほどありますから。
その中には、魔力について学ぶことも入ってくるでしょうし。
初めてのことに戸惑うのか、それとも――。
(博識な彼女のことですから、もしかしたら貪欲に学びを求めるかもしれませんね)
全く新しい知識を得ることに、喜びを感じる性格であるのならば。
想像すると、戸惑うよりも楽しんでいる姿のほうが似合う気がして。学びに関しては、心配する必要はないのかもしれないと考えているのですが。
問題は、そこではなく。
(エークエス王国と同じ、というわけにはいきませんから)
むしろ、この美貌ですからね。父上や兄上方ほど、仰々しいものである必要はないですが。それでも護衛は、多いに越したことはありません。
守りを強固にしておいて、損をすることもないでしょう。私の心配の種を減らすためにも、必要なことです。
ただ、一つ気がかりなのは。その分、普段の生活を不自由に感じさせてしまうのではないか、という点。
(この国では比較的自由に、少ない人数で動いていらっしゃる印象でしたからね)
それが、正しいとも思いませんが。
少なくとも、私がジェンティー・ヴェフコフとしてエークエス王国に滞在していた際には、ここまで多くの侍女や護衛を従えてはいらっしゃらなかったので。
もしかしたら、窮屈だと感じる日がいずれ、きてしまうかもしれませんが。
(その分、マギカーエ王国の中を色々と見て回りましょうか)
エークエス王国では、王城の中からは出られなかったようですから。せめて、嫁ぎ先ではもう少しだけ、自由に動ける範囲を増やして。
私と婚姻を結んでよかったと、心から思ってもらえるよう。努力を怠らないように、気をつけましょう。
ようやく手に入れることができた、白く細いその手を離す予定は。私には、ないのですから。