52.本当の自己紹介
「先ほどもお伝えしましたが、改めて。マギカーエ王国の第三王子、アルジェンティと申します」
「初めまして、アルジェンティ様。ご存じかとは思いますが、エークエス王国の第一王女、ヴァイオレットと申します」
二人でゆっくり話をするために、私が選んだのは。ジェンティーと二人で歩いた、あの庭園。
あの時と同じように、侍女たちにはテーブルをセットしてもらいながら。私たちは護衛から見える範囲を、二人だけでゆっくりと歩いていた。
見えているからという理由で、二人だけで歩くことが許されているって……。これは私だからなのか、それとも婚約者同士だからなのか、判断がつきにくい。
それとも大穴で、この国が特殊だから?
「ちなみに自国では、ヴェネフィコス公爵の地位もいただいております」
一瞬、意識が別のところに向きかけたけれど。
聞こえてきた言葉に、これはまた新たな発見だと思いながら。湧いてきた疑問を、素直に言葉にしてみた。
「まぁ。それならば私は、将来は公爵夫人ということでしょうか?」
「まだ先の話ではありますが、いずれはそうなるかと」
そりゃあね、第三王子だからね。第一王子であるお兄様が王位に就かれるか、新しい世代の王子殿下がお生まれになったら、王弟として正式に臣下に下るんだと思う。
表面上はふふふと笑い合って、和やかに将来の話をしているように見えるだろうけれど。
どう考えてもこれが、本当の自己紹介のはず。
ただそうなると、今までの彼は偽りだったのかという謎が残るのだけれど。
「……ここまでくれば、会話の内容は聞こえないでしょうね」
それは本人に聞けばいい。
そう思って、わざと呟いた私に。
「さすがです。やはりヴァイオレット様には、ひと目で見破られてしまいましたね」
嬉しそうに、そう返してきた彼の話し方は。今度こそ完全に、ジェンティーそのものだった。
「むしろ私は、色々とあなたに聞きたいことがあるのだけれど?」
「ご安心ください。順を追ってお話ししますので」
そうして彼から聞いたのは、王族として国に貢献するには魔力が足りないこと、それを補うために諸国の文化を学んでいたこと、そして貴族に関連しない名前がジェンティー・ヴェフコフであるということだった。
「全くの偽りの名前というわけではないのね」
「王族ではない身分で活動する際の、もう一つの名前、ですね」
実際に身分も用意されているというのだから、本当に徹底しているとは思うけれど。
そう考えると、ある意味でもう一つの名前という言い方は、正しいのかもしれない。
あるいは、ペンネームのような。そういう位置づけなのだろう。
「ところで」
「はい」
「あなたの本当の身分が王族であるのなら、私と対等の関係のはずよね?」
「そうですね」
正直、今までどうやったって知ることができなかった推しの真実とか、正体とか。そんなことを知れて、叫び出したいほど興奮しているのは事実だけれど。
それ以上に、最初の衝撃が大きすぎて。逆に冷静になれていることに、自分でもちょっと驚く。
「それなら、その言葉遣いはどうかと思うわ」
「言葉遣い、ですか?」
「丁寧すぎるの。まるで今も私のほうが、身分が上のように聞こえるわ」
「なるほど……」
考えるように黙り込んでしまったその横顔を、目線だけ動かしてそっと見上げる。
この距離まで近づいたことで、ようやく確かめることができたその瞳は。緑と茶が混ざったような、まるでピスタチオを連想させるような色合いをしていた。
メガネをかけていないから、なおさらハッキリ見えるけれど。この感じ、おそらく本来はメガネが必要ない人なんだと思う。
(にしても、メガネの有無と色合いだけで、だいぶ印象が違うかも)
柔らかな物腰は変わらないけれど、地味な見た目から随分と派手になったなと。そんな感想を抱いてしまうくらいには、かなりの変貌を遂げている。
私は前世の頃からジェンティーが大好きで、最推しだったからこそ気づけたんだろうけど。これは確かに、知っていても結びつけるのは難しいのかもしれない。
本当に、私以外誰も気づいていない可能性のほうが高いんだから。そのことを、ちょっと面白いとも思ってしまう自分がいるのも、事実だけれど。
「大部分が癖ですので、治らない可能性もありますが。善処しましょう」
「……それ、癖だったのね」
まさかの、丁寧な喋り方がデフォルトだったなんて。
ある意味、美味しいキャラ設定すぎて。本当に、どうして彼が攻略対象じゃなかったのかが謎すぎる。
アドバイスをくれる地味なお助けキャラが、実は隣国の王子様でした! なんて。
明らかに設定盛りすぎだし、メイン張れるはずでしょ。
「一年後には、夫婦になっているはずですから。それまでに治らなかった部分は、諦めていただくことになるかもしれませんが」
「そうね。それなら仕方ない……」
ん? 夫婦?
「どうしました?」
その言葉に。私は壊れたおもちゃのように、ギギギと音が出そうなくらい不自然な動きで、彼の顔を見上げて。
「ふう、ふ……?」
まるで、理解できない言葉を聞いた時のように、そう聞き返してしまっていた。