51.突然現れたのは
私の目の前に突然現れたのは、明らかにジェンティーのはずなのに。
彼は今、王子だと名乗った。しかも隣国マギカーエ王国の、魔法使いの国の第三王子だと。
(ど……どういうこと!?)
そっくりさん!? え!? そっくりさんってこと!?
いやでも、見た目も仕草も喋り方も、全部ジェンティーそのものだし……!
違うのは本当に、髪と瞳の色くらいで……!
(狐か狸にでも化かされてるの!?)
この世界に存在しているのかどうかは知らないけど、今の私はそんな気分!
そのくらい、そっくりで。むしろ本人としか思えないくらい、完璧にジェンティーで。
しかも名前だって、アルジェンティって言ってたし! 似てるし!
「条件を、忘れたわけではあるまいな?」
「もちろんです。現在我が国では、人員の手配を進めておりますので。近日中には到着する予定です」
混乱している私をよそに、国王であるお父様とアルジェンティと名乗ったマギカーエ王国の第三王子が、なにやら会話を始める。
よく分からないけれど、どうやらこの婚姻には条件があるらしい。
一方的に敵対心を抱いているような国に、いくら不必要とはいえ王女を嫁がせるなんて。確かに理由がなければ、認められるわけがないのは明らかだった。
「同時に国へ持ち帰るわけではないのか」
「解除及び解体のための調査中ですので、今しばらくお時間をいただくことになるかと。その間の滞在の許可もいただけますと、大変ありがたいのですが」
「ふんっ。アレがなくなるのであれば、構わん。好きにしろ」
「寛大なお心に、感謝いたします」
不愉快そうな態度を隠しもしない国王と、物腰柔らかな笑顔と態度で接する第三王子。
この構図だけだと、どうしても後者のほうが大人に見えてしまうのは、きっと致し方ないことだったと思う。
本来は国王であるお父様のほうが、ずっとずっと年上のはずなのに。
「だが、万が一にも約束を違えた場合には……覚悟しておけ」
「肝に銘じます」
騎士としても鍛えている、その大きな体から発せられる威圧感にも、第三王子は全く怯む様子がない。
それどころか、胸に手をあてて優雅にお辞儀してみせるのだから。肝の座り具合が、尋常じゃないのだろう。
「行くぞ」
「はっ!」
会話は終わりとばかりに、玉座から立ち上がったお父様は。私の前を通り過ぎる、その直前。
「……幸せになりなさい」
ひと言。本当に、ただそのひと言だけを残して。
相変わらず、こちらに視線を一切向けることなく、扉の向こうへと消えていった。
けれど。
「……っ!!」
その言葉の意味を、理解した瞬間。
複雑な思いを抱きながらも、親心が全くなかったわけではないのだと。ようやく、知ることができたし。
なによりその言葉は、私がプルプラに向けたものと、全く同じだった。
(……結局、やっぱりちゃんと親子だったってこと、よね)
もしかしたら、私が魔力持ちだから。今回のマギカーエ王国の王子との結婚も、お父様は承諾したのかもしれない。
最初で最後の、ヴァイオレットのためを思った決断として。
(不器用だっただけ、なのかもしれない)
魔力持ちの娘に、どう接すればいいのかも分からず。結局、目を向けることも向き合うこともできなかったくらいには。
私からアプローチしていれば、なにかが変わっていたのかもしれないし。変わらなかったかも、しれない。
今となっては、それを確かめる術もないけれど。
「ヴァイオレット王女殿下」
国王を見送るためにと、カーテシーでお見送りをしていた私に。正面から、声がかけられる。
頭を上げて、その人物を視界に映せば。見慣れた懐かしい笑顔が、そこにはあって。
「このあとのお時間を、どうか私にいただけないでしょうか?」
それは、お互いに知り合いましょうというお誘い。
私には、彼がジェンティーに見えるけれど。もしかしたら周りは、誰もそのことに気づいていないのかもしれないし。
婚約者になると決定しているのに、今から言葉を交わさないのは、そもそも不自然だから。
「はい」
私は平静を装って、彼の言葉に頷く。
返答を聞いて差し出された、マギカーエ王国の第三王子だという、アルジェンティ王子の手に。
そっと彼に歩み寄った私は、自分の手を重ねたのだった。