49.楽しい日々 -アルジェンティ視点-
私の研究結果を、楽しそうに聞いてくださるヴァイオレット様。
私が知らないエークエス王国の知識を、惜しげもなく与えてくださるヴァイオレット様。
毎日が楽しくて、充実していればいるほど。違和感は、増すばかりで。
そんな、ある日のこと。
自由に見学していいという許可をいただき、王城の中庭を見させていただいたあと。部屋へと戻る、その途中で。
エークエス王国においては見習いが身に着けるという、革の鎧を着た騎士たちの会話を、偶然耳にしてしまったのです。
「俺ももう少し早く、正式な騎士になっていればなぁ」
「バカ言うな。『銀の騎士』候補に選ばれてるのは、全員貴族出身だよ」
声色は明るかったので、彼らにしてみれば、ただの休憩中の雑談でしかなかったのでしょう。
「そうなんだよなぁ。あーぁ。俺も一度でいいから、プルプラ様のお隣に立ってみたかったなぁ」
「それには同意する。まさに女性の理想形だからな」
だからこそ、私はそのままその場を通り過ぎようとして。
けれど次の言葉に、思わず足を止めて、柱の陰に隠れてしまいました。
「ヴァイオレット王女殿下とは、大違いだもんな!」
「いくら『銀の騎士』という名誉を得られるからって、あの方を選ぶ騎士はいないだろ」
笑い合う二人は、誰かに会話を聞かれているなどとは考えてもいないのでしょう。
いかにプルプラ王女殿下が素晴らしいのかを語り合い、同時にその口でヴァイオレット様を貶す言葉を、容易に吐き出すのですから。
(彼らの個人的な好み、と切り捨てるには、少々……)
自国の王族に対して、失礼極まりない発言ですし。
それ以上に、ヴァイオレット様を選ぶ騎士がいないというその根拠が、全く明らかにされていないのに。まるで共通認識のように口にする彼らは、それを微塵も疑っていない。
そこがどうしても、引っかかってしまって。
(『銀の騎士』とは、エークエス王国において王女の伴侶となる人物を指す言葉のはず)
街での調査を進めていく中で、そろそろ選定が始まる時期なのではないかと予想している人物が、複数人いたことを思い出します。
ただ、目の前の彼らの会話から察するに。今回の『銀の騎士』候補は、すでに決まっているようでしたが。
(……つまり、私がヴァイオレット様のお時間をいただくわけにはいかないのでは?)
同時に湧き上がってきた、別の疑問の答えを得るには。もう少し、時間がかかりそうだと判断して。
先にヴァイオレット様ご本人に、そのことを確認するべきだと結論づける。
のですが。
(どうやって?)
直接あの場でお尋ねするのは、どう考えても違うでしょう。
そもそもヴァイオレット様の本心をお聞きしたいのに、どういった方法でならばそれが可能なのかすら、私には分からないのですから。
「困りました……」
部屋へと戻って、彼らの言葉を整理しながら。なにか、いい手掛かりはないかと、あたりを見回して。
ふと、目に留まったのは。
ヴァイオレット様から教えていただいた、書籍の数々。
「……なるほど。本、ですか」
確かヴァイオレット様は以前に、娯楽本が少ないとおっしゃっていたはず。
であれば、簡単な手紙を本に挟んでお渡しすれば、確実にあの方の手元に届くのでは?
幸いにも私の手持ちには、流行りの物語だからと頂いた本が、いくつかありますし。挟んだ手紙が落ちないように、簡単な魔法を本にかけてしまえば。
「ヴァイオレット様がお返事をくださった場合にも、安心ですね」
もしかしたら、ヴァイオレット様と過ごす楽しい日々が。この手紙一つで、終わってしまうかもしれませんが。
私があの方の負担や不利になってしまうのだけは、どうしても避けたいので。
「正直、寂しくはありますが」
この胸に去来する様々な感情を、ひと言で表すことはできませんが。こればかりは、致し方ないものと諦め。
ヴァイオレット様に宛てる手紙を、ただひたすらに書き進めていきます。
結論から言ってしまうと。
ヴァイオレット様からいただいたお返事には、候補者に選ばれた騎士たちは全員、プルプラ王女殿下にご執心なのだと書かれていて。
そのため妹君がどなたかをお選びになるまで、接触しないように気をつけていらっしゃるとのことでした。
その言葉を見た瞬間の、あの安堵感は。まだ、この楽しい日々を手放さなくてもいいのだという、純粋な喜びだと。
この時は、そう信じて疑わなかったのですが――。
「どういう、ことでしょうか?」
「気になるのなら、本人に聞いてみればいい。私の口からは、言いたくもない」
吐き捨てるように、そうおっしゃって去っていった、エークエス王国の王太子殿下の表情は。不快感を、露わにしていて。
全ての真実が明らかになった時に、私が抱いていた感情は。ただの怒り、だけではなく。
これまでの自分自身の言動の意味を、完全に覆してしまうような。全く新しい、未知のものであると同時に。
私に一つの大きな決断をさせるほど、大切でかけがえのないものでした。