48.ヴァイオレット王女 -アルジェンティ視点-
それは、本当に偶然でした。まさか資料を求めて向かった先で、エークエス王国の第一王女である、ヴァイオレット王女殿下に出会うことができるなど。
エークエス王国に向かった各国の使者が、口をそろえて「大変お美しい王女殿下であらせられる」と発言しているというのは、有名な話。
騎士の国と呼ばれるエークエス王国は、徹底した実力主義国家。そのため王女方の婚約相手は、適齢期になるまで決定しないと言われていました。
事実、これまでどんなに様々な国が求婚の申し入れをしても、まだ早いと突き返されてしまっていたのだというのです。
(それでも、この目で確かめるまでは噂程度にしか思っていませんでしたが……)
確かに、あのお姿を目にしてしまえば。
ただそこに佇んでいるだけでも、十分すぎるほどの華やかさをお持ちの王女殿下は。その存在だけで、場の空気を明るく変えてしまえるような。
そんな錯覚に、陥ってしまいました。
(……いえ。錯覚では、ないのかもしれませんね)
事実、ヴァイオレット王女殿下がお帰りになってしまわれたあとの、その空間は。どこか光量が足りないようにも、感じてしまって。
さらには、あの明るく親しみやすいお人柄。まさか気安くお名前でお呼びすることを、初めて会ったその日にお許しいただけるとは。
ヴァイオレット王女殿下だけは、エークエスの国王が手放したがらないだろう。各国からの求婚を断っているのは、手元に置いておきたいからだ、と。
(そう噂されるのも、納得です)
王女殿下に対する表現として、適切なのかは分かりませんが。大変、気さくなお方のようですから。
実際に翌日から、お時間が合う場合にはお話しさせていただいておりますし。
少しでも気を抜いたり、目を離したりしてしまえば。たちまち他国の王族から、大量の求婚の申し込みが届くことでしょう。
ただその割に、若干護衛の数が少ないようにも見受けられました。
(国内の、しかも王城の中であれば、そういうものなのかもしれませんが)
特にここは、騎士の国。不届き者が入り込めるような、そんな簡単な場所ではありません。
だからきっと、少数で動いていても問題ないのでしょう。と、思うのと同時に。
(では、プルプラ王女殿下は?)
ヴァイオレット様の、妹殿下であらせられるあの方は。初めてお会いした際に、大勢の護衛と数名の侍女を引き連れていました。
あちらのほうがよほど、厳重に守られていると思うほどに。
果たしてあれが、特別な理由があったからなのか。それとも本当に、プルプラ王女殿下のほうが守りが固いのか。
(今のところ、まだ判断は下せませんが)
少なくとも、妙な違和感を覚えたのは確かですね。
こう言っては失礼ですが、美しさという点においてプルプラ王女殿下は、ヴァイオレット様の足元にも及びません。
純粋であどけないお姿は、確かに少女のようにお可愛らしいので。より庇護欲を抱きやすいのは、確かかもしれませんが。
だからといって、ヴァイオレット様以上に警備が厳重になる理由は、よく分かりませんし。正直、疑問が残る部分ではあります。
「……少々、調べてみましょうか」
私が感じた、それの正体は。いったい、なんなのか。
ちょうど明日から数日、王城を離れる予定でいたのも、好都合です。
「王城内では口にできないような話題も、街では比較的簡単に、世間話の体で話ができますから」
本業の調査と同時並行できるので、特別それだけに時間を割くということもないでしょうし。
そう結論づけて、私はかけていたメガネを外し、ランプの明かりを消しました。
まさかこのあと、街では『銀の騎士』という存在を知り。戻ってきた王城内では、すでに選定が始まっていたことを知るという、二重の衝撃に加え。
さらに深まった謎の真相に、これまでで一番の衝撃を受けることになるなど。
この時の私はまだ、想像すらしていませんでした。