47.エークエス王国 -アルジェンティ視点-
ジェンティー・ヴェフコフ。
それは仮の名前であるのと同時に、マギカーエ王国では確かに存在していることになっている、とある貴族の名前。
ヴェネフィコス公爵に仕え、彼に依頼されて諸国の文化を研究している学者。
ということに、なっています。
「全て、同一人物ですが」
紹介状をもらって、ようやくエークエス王国の王城へとたどり着いた、その日の夜。
ジェンティー・ヴェフコフとして、ヴェネフィコス公爵宛の手紙を書いている自分に、ふと冷静になって。小さな苦笑が零れてしまいました。
自分から自分宛てに手紙を出すという、なんともおかしな状況に。そしてそれが最終的に、兄上方に届けられるのだという事実に。
久々に、自分自身でおかしくなってしまったのです。
「昔からの、しきたりですからね」
王族が、公務以外の活動をする際に。王族としての貴族位以外に、もう一つ別の名前と貴族位を作り、それを通名とすること。
文献などに王族の名を残すことは、問題になる可能性があるからと。我が国では身分証まで作られ、存在する人物だと位置づけられています。
実際、存在していることに変わりはないので、私もその名前で各国を渡り歩き、研究を続けているのですから。
ただ、本当の名前と身分が別にある、というだけで。
「さて」
結びの一行を書き終えた私は、簡単な風の魔法でインクを乾かし。完全に乾いたことを確認してから、丁寧に折りたたんで、用意していた封筒に入れて、封をして。
ただ問題は、ここからなのです。
各国によって手紙の出し方はそれぞれで、場合によっては国家間の問題になりかねないので。毎回、事前にしっかりと調べておく必要があります。
「エークエス王国には、魔法の使用を禁止する条項はないようですね」
となれば、面倒な手続きを踏む必要も、一切ありません。
つまり。マギカーエ王国で広く使われている、魔法を使った手紙のやり取りが容易にできる、と。
大変、ありがたいですね。
「完璧な鳥の姿を模倣することは、私にはできませんが」
遠目から見れば鳥に見える、くらいにはなるでしょう。
魔法で国に貢献できないほど、王族としては魔力が低い私にとっては。その程度が、限界なのです。
「念のため、偽装はしていますし」
魔力を溶かした水で、兄上方への報告の文章を書いて。その上から黒のインクで、噓の報告書を作成しているので。
正確に言えば、完全なる嘘ではないのですが。
「お行きなさい」
書くのも読むのも同じ人物なのだから、本来は必要のない報告だというだけのこと。
ただ、第三王子である私は、すでにヴェネフィコス公爵としての執務も開始しているので。いずれ臣下に下る予定なのだから、問題ないでしょう。
そんなことを考えながら、手元では明らかに紙で出来ていると、ひと目でわかる鳥を。開け放った窓から、夜空へと放つのです。
黒い世界に、白はどうしても目立ちますが。それでも、やがて闇の中に溶けて消えて、姿は見えなくなりました。
「……どうして兄上方は、戻ってくる前にエークエス王国の様子を見てくるように、などという指示を出されたのでしょうか?」
問題が起こっているのか。それとも、その兆候があったのか。
いずれにせよ、詳細が書かれていなかった以上は、この目で確かめてみるしかないですね。
手紙の鳥が消えていった方向を眺めながら、そんなことを考えつつ。ふと、窓から身を乗り出して、真上の空を見上げてみますが。
「壁にも、問題はなさそうですね」
そこに見える、魔法によって作られた透明な壁は。魔物を寄せつけないための、大切な障壁。
もしかしたら、あれに問題が出ているのかもしれないと、入国する前から気をつけて観察していましたが。今のところ、特に問題は見当たらないですし。
「とりあえず、まずは学者らしく、資料集めから始めましょうか」
魔法以外でも、国のために貢献できる道があるのではないかと。様々な国の文化や歴史を調べているのは、本当のことなので。
まずはジェンティー・ヴェフコフとして、普段通りに行動することを最優先にすることにして。
私はそっと、開け放っていた窓を閉じたのです。
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